「「ギャアアアアアアアア!!!!!!!!」」



隣、2年1組の教室。店番に戻る前、角名と治に手渡されたパンフレットに記されたお化け屋敷のストーリーはこうだった。その昔、不運な列車事故により胴体を切断されてしまったこの高校の生徒が、自分の体を求めて死後も上半身だけで探し回っているのだと。いつかどこかで聞いたような怪談話、加えて「なんで学校に探しに来んねん」という侑の冷静なツッコミにナマエも笑っていた。そうして5分ほど並んだ後、侑、ナマエ、そして銀島の三人はほな一丁、冷やかしに行ったるか、と手渡された百均のものらしきチープな懐中電灯を片手に教室の扉を開いた途端。


余裕を浮かべていた侑とナマエの表情が曇る。というのも、その中は予想以上に徹底された暗闇が再現されており、「おお、結構本格的やな」と感心したように言う銀島に続いて中へ入り、扉を閉められれば目が慣れるまで少しの間動けないほどには徹底的に光が遮断されていた。

初めは「ほ、ほお〜〜けっこうやるやん。言うても所詮高校の文化祭……」などと内心出来の良さにビビリながらも軽口を叩いていた侑の足元に、警戒しながら通り過ぎたばかりのカット用マネキンの首がごろりと転がる。それにまんまと悲鳴を上げる侑。それにつられて状況を把握できないまま飛び上がったナマエもまた叫んで二人は前を歩く銀島の背中に抱きついた。


「銀………!!!銀………!!!!」


「アホか離せ銀は俺んや!!!」



「ちょっ、くっつくなやお前ら!!!」



一番死ななそうな人間の側にいたい心理が働き、左右から取り合うように腕に抱きつかれた銀島は動きにくいやら、むさ苦しいやら、幼なじみとは言え女子に抱きつかれては動揺してしまうと鬱陶しそうに二人を追い払う。
その後も「侑こそどっか行きぃや!!こちとら小学生からの付き合いやねん!!」とマウントを取るナマエに、「アホか男の友情ナメんな!!なァ銀!?」とギャアギャア喧嘩をしている二人を放置して先に進む銀島。


通路は教室の机をベースとして侑の背よりも高い位置まで段ボールが覆われており、それを継ぎ接ぎしただろうボンドの匂いが教室を満たしていて、さすが高校の文化祭らしい手作り感は満載だった。しかしいかんせんセンスがすごい。窮屈な通路は人二人がギリギリ並んで通れるか否かといった幅で、加えて先が見えずぐねぐねと入り組んでいるから迷路に迷ったような感覚に陥る。要所要所では微かに耳に届く程度のお経や、笑い声や、ナンバーナイン、という言葉を繰り返す奇妙な音楽などが流れていてこの空間の気味の悪さを増していた。


「………」

「!」


その後も背後から頭を狙った空気砲を食らったり、暗がりで見ると本物の死体に見えるような上半身だけの血濡れのマネキンが転がっていたりと、その度にナマエは寿命が十年ほど縮まる思いでぐっ、と悲鳴を飲み込んだ。
そうしてずいぶん順路を進んだ先、そろそろ出口か、と思われる頃にふとナマエの目に止まったのは曲がり角に座り込む一体の人形。それは剣道部の道着をつけていて、明らかに通り過ぎる時に動くだろう、と思わせた。ナマエは予想できる驚きほど心臓に悪い……と情けない顔をして、気づけば隣を歩く侑のブレザーの裾を握っていた。

そんな微かな引力に気づいた侑はナマエの方を見る。てか、こういう時は袖ちゃうんかい、と内心突っ込みを入れつつ、控えめに怯えるナマエを見下ろすとやはりかわいい、と思ってしまうのは仕方のないことで。それ以上に怖いんやったらもっと、腕とか、強ぉ抱きつけばいいのに。さっき銀にしとったやんけ、ともっと側に、ナマエに触れられたい気持ちと、そこまで踏み込めない彼女の態度にやきもきする。


「!!………あ、」

「………」


仕方ないので、暗闇に乗じて、そしてこのお化け屋敷が終わるほんの短い時間だけ、そんな誰にするでもない言い訳を浮かべながら侑は自分のブレザーの裾を掴むナマエの手を取った。驚きとともにまたお化けへの恐怖とは違った小さな声がナマエの唇から漏れる。するり、と彼女の小さく細い指の間、そこを割って入るようにして侑の節の張ったごつごつとした指が絡められる。すべての指に隙間なく、ぴったりと感じる侑の大きな手と、指と、少し高い体温にナマエは先ほどまでとは違う胸の高鳴りを感じる。


そうしてやっぱり、自分は侑に触られるのが好きだ、とナマエはぼんやりと思った。きゅ、と控えめに握ればそれ以上の力を込めて返される。斜め少し前を歩く男は何も言わないけれど、その位置から見上げる侑の背中や、逞しい首回りの筋肉など、好きだなあ、という本人を前にしては絶対に言えないような感情に捉われる。そう考えてナマエが一人羞恥に赤くなっていた頃、ふいにとんとん、と誰かに肩を指先で叩かれた。


「?」

「ん?」

「え?」



慎重に慎重に、座り込む剣道着の隣を通り過ぎた時、仕掛けられていたギミックはその手がぎこちなく何度か動くというだけのものだった。それを見てなんや、それだけか、とホッと息をついたのも束の間。肩を叩かれたナマエが振り返り、それに気づいた侑が声を上げ、そうして銀島も声を上げて振り返る。そんな数珠つなぎに視線を背後に向けた先には、やり過ごしたはずの剣道着の人間ーーそれも180センチを優に超えるような男が息のかかる位置に立っており、それを見た三人はヒュッ、とひとつ息を呑んだのちに悲鳴を上げて残りの通路を走り抜ける。



「「「アーーーーーー!!!!!」」」



そのまま息も切れ切れに出口から飛び出した三人を見て、「え、あそこのお化け屋敷めっちゃ怖いんちゃん」と噂が噂を呼び三人はまんまと2年1組の売り上げに貢献した。そうして三人を驚かせた剣道着の男ーーもとい宮治は「そないビビらんでも」と淡々と言い、その一部始終を裏方から見ていた角名もいつものあの独特な笑い声を上げるのだった。









なんだか色々あり、ずいぶん疲れたように感じるきつね祭もいよいよ終盤。あの後きちんと3組でたこ焼きを買って帰り、二度目にもらった休憩では三年棟へ出向き、北と大耳のクラスの展示を見た。そんな秋がテーマだという絵画の作品の中で、一際異彩を放っていたのが北の作品だったということはナマエやその教室を訪れた他バレー部員の度肝を抜いた。

何を描かれたんですか?と恐る恐る訊ねたナマエに、「見てわからんか?」と返した北の圧……もはやパワハラとも言えるあの視線の鋭さはバレー部の後世まで語り継がれるだろう。そんな答えを濁すナマエに隣からこっそり耳打ちしてくれたのは大耳で、その答えは『芒と月見』だった。その言葉だけ聞くと風情があるが、実際の絵は魔界への誘いである。ただしそんなことはまかり間違っても口に出せないので、「アバンギャルドな……いい絵ですね」と言うとそおか、と頷いた北はどこか納得しているようだった。いや、なんでやねん。



秋の夕暮れは一気に暗くなる。本祭が終わった17時過ぎ、後夜祭のためグラウンドに集められた生徒たちは校長や先生たちの閉会式の言葉をめんどくさそうに聞いていた。かくいうナマエもその一人で、ぼんやりと辺りを見回せば大勢の生徒たちの中でも一際目立つ、みんなより頭ひとつ抜けた鈍い金髪の男を発見する。侑はくあ、と大きなあくびを隠すことなく噛み殺していて、その様子を見てナマエは小さく笑う。


閉会式の後は後夜祭ーーつまり打ち上げ的なお祭りなのだが、どこの高校でもなんだかんだ一番盛り上がるタイミングである。それは恋愛イベント的な意味で。ナマエはそんな色めき立った雰囲気とは無縁の人間だったが、今年はほんの少し、意識してしまう。そしてきちんと確かめなければ、と思う。

握った手の感触がまだ残っているように感じる、侑の少しかさついた、大きな手のひらを思い出して、ナマエは自分の頼りない手を見て思う。この後夜祭が始まったら、勇気を出して侑に聞こう、と。侑が自分のことをどう思っているのか、そして自分の今の素直な気持ちを。伝えなければ、と決意する。


「ミョウジさん、どないしたんボーッとして。もうバンド演奏始まるで」


「えっ、あ、うん!!」


そう自分の世界に入り込んでいたナマエは、気づけば閉会式の挨拶も終わり、グラウンドに作られた特設ステージでのライブが始まることをクラスメイトから聞いた。毎年きつね祭の後夜祭は数組の有志団体によるバンド演奏があり、その音楽をバックに15分間に渡って打ちあがる花火の最中に告白すれば成功する、なんていうかわいらしいジンクスがあった。
花火と言っても個人で打ち上げられるレベルのものだが、近隣住民の理解もあり、一応伝統行事となっているこのイベントを楽しみにしている生徒たちは数知れず。実際、いつだったか職員室へプリントを届けに行く最中、後輩の女の子が宮先輩を誘いたい、ようなことを言っていたのをナマエは思い出した。


「……あーー、えっと、ミョウジさんは……この後誰かと約束あるん?」

「え?あ……ううん……約束はないけど……」

「……ほんなら、俺と花火観ん?」


「えっ…?」


ごった返す人の群れ。みんなジュースやお菓子を片手に思い思いの時間を過ごしている。とある場所では早速大声での告白があり、さらに成功したらしくわっとした歓声と拍手が巻き起こる。それに呆気にとられている内にナマエの隣には先ほど話しかけてきたクラスメイトが少し視線を逸らしながらナマエにそう打診してきた。ざわめきの中、たしかに自分を誘ったらしい目の前の男子生徒の言葉に、ナマエは目を丸くすると同時に一気に恥ずかしくなる。そして不安が押し寄せてきた。

ちらりと辺りを見回した先、変わらず同じ場所にいた金髪の男にほっとするも、その隣にはいつの間にか、あの宮先輩と花火が見たい、と言っていた後輩の女の子が佇んでいて、ナマエはちくりと胸が苦しくなる。


日はすっかり暮れて、まだ地平線の向こうに少しだけオレンジを残して、夜の帳が下りてゆく。侑のところへ言ってきちんと言わなきゃ、という気持ちはあるのに不安と、自信のなさに足がすくむ。そうこうしている内に、人混みの向こうで女の子が侑の肩にそっと触れるところを目撃した。



「ーーーー!!」



ナマエが息の詰まるような思いになった時、ざわめきを一瞬でかき消すような、夜の始まりを告げるような、鮮烈なギターとドラム、そしてベースの音がアンプを介して聞こえた。ステージの上で堂々と音楽を奏でるそのテレキャスターを抱えた女子生徒はあの、ナマエの吹奏楽部の友人で、それを見たナマエは忘れていた呼吸を思い出すようにはっとした。そしてナマエの返事を待つ隣の男子生徒に告げる。



「ごめん。私一緒に観たい人がいる」



イントロが終わり友人がマイクを引っ掴んで歌い始める中、はっきりとそう告げたナマエは立ちすくんでいた足をなんとか動かして人混みを縫うようにあの背中を目指した。いつもベンチで見つめていた、コートの上、ライトに照らされて、汗と、逆光になったその大きな背中が眩しかったこと。それに追いつきたいとがむしゃらに走ってきたこの数ヶ月間。


「ーー侑!!」

「、え、なん、なにしてんナマエ」


「きて」


ぐい、とその大きな腕を無理やり引っ張って、まだ話の途中だったかもしれないだとか、相手の返事も聞かずに強引だったかなだとか、どうしてもそんな弱気な考えが頭を巡るもそれを振り払うように侑の腕を引いて人混みから連れ出した。

一方の侑はナマエの予想通り今夜一緒に花火を見たい、と後輩女子に声をかけられて、正直かわいいし俺やっぱモテんなあ、と得意げになっていたところ、それでもその誘いに乗る気持ちはやっぱりなかった。何をしていても、どんな時も、侑の頭の中には常にバレーボールのことがあって、それが彼の中の絶対的なものであり、それは今後も変わらないと言い切れる。ただ、そんな最中にもふと、ほんのふとした時に思い出すのはこの女の顔で、もしここで自分がこの後輩女子の誘いを受ければ、ナマエはもしかすると悲しんだり、辛い顔を見せるのではないかと考えるとそんな下心は一切消えた。そしてそんな顔をしてほしい、とも思った。



「オイ、」



目の前でナマエの髪が揺れる。自分の腕を掴んで、引っ張った時のナマエの顔は真っ赤で、視線を逸らしながらそれでもその腕を離そうとしない。力強くその先へ走ってゆく。侑は生まれて初めて、バレーボール以外の何かが自分の中の一部を占めることに気づいた。それは時に煩わしくて、腹が立って、でもそれ以上にこの女がもたらすものに、言葉に、くるくるとめぐる表情に、夢中になっている自分がいる。そしてそれは案外悪い心地ではない。


ステージから流れる華やかで力強いサウンド、喧騒と熱狂。それらを背中にナマエと侑は後夜祭を二人抜け出した。










「………オイ、なんしとんねんお前……」


「いや、ちょっと……」


ずいぶん走ってたどり着いたのはグラウンドの裏手にある校舎の昇降口。勢い余ってダッシュしたナマエは息を切らし呼吸を整えている。対して侑は余裕の表情でそんなナマエを見下ろしていた。さすが体育会系である。


遠く聞こえるバンド演奏は良いBGMとして落ち着いた秋の夜風に馴染んでいた。そしてなんとか落ち着いたらしいナマエがまだ頬を上気させたままふう、と一息つく。いや、ふう、やあらへんねん。どういう了見やねんコラ。そう問いたい気持ちをぐっと堪えて、侑はナマエが紡ぐ言葉を待った。いや、正確には待ちたかった。

けれど、あの鈍くさくてビビリでどこかいつも自信無さげだったナマエが、初めて自分の腕を力強く掴んであの場から引っ張り出したのだ。つまり、あの後輩女子とこの後夜祭の時間を過ごして欲しくなかっただろうことは侑にも伝わった。そして文化祭だとか、青春だとか、ジンクスだとか、そんなものはクソ食らえと思っている侑もこんなことをナマエにされれば、つまりあんな一生懸命な様子で連れ出されればそれはもう、かわいくて仕方がなかった。


「………」

「!!……(あ……)」


俯くナマエの肩をぐ、と掴んだ侑にナマエは小さく震えて頼りげなく彼の方を見上げる。そしてその眼差しに、普段とは打って変わって言葉を紡ぐことをしない唇に、キスされる、とナマエは察した。そうしてきたる刺激を予測して反射的にぎゅっ、と目を閉じるも、ふいに脳裏に浮かんだ友人のあの言葉に、思い出したように目を開いて思わず侑の体をぐい、と押し返してしまった。

もちろん据え膳だと思っていたごはんを呆気なく取り上げられた侑はまた普段の調子で「……アア!?」と眉間に皺を刻む。いつもよりどこか迫力のあるそれにナマエもまた「ヒッ!?!?」と悲鳴を上げる。


「っっっんやねん!!そういうことちゃうんかい!!!」

「え、えっと……その……こういうことは順序を踏んでからの方がいい(と言われた)から……」

「順序ぉ?」


そう言いづらそうに紡ぐナマエの言葉に侑は考える。順序と言うならば、手を繋ぎ、キスをして、そしていずれは……と考えると何の問題もないように思えた。むしろあの誕生日の日、仕方ないとは言え生殺し状態で止まった自分は褒められて然るべきだ、とすら侑は思う。

一体何が不服なのか、とうじうじするナマエの様子を口を尖らせて見下ろす侑はそんな様子にさえもなんだかムラムラしてしまって、かわいい、今すぐチューしたりたい、と女子が聞けばそればっかか、と罵倒されそうではあるが、健全な男子高校生としては当然の思考を何度も頭に浮かべる。

加えてナマエの髪を撫でた、秋の肌寒い夜風が侑に彼女のシャンプーのにおいを届ける。あ、このにおいいっつも好き。と侑はどこか嗅ぎ慣れた香りにくらりとする。自信無さなげにまぶたを伏せる表情はいつものことなのに、なんだか今日は特別かわいく見えてしまうのは文化祭マジックというやつか。何かを迷うように、何度もそのやわらかい、感触をすでに知っている唇が言葉を紡ごうと開いてまた閉じられる。焦ったい。ムカツク。でもそんな様子もしぬほどかわいい。なんて思ってしまう自分もまた、この浮かれた夜の雰囲気に飲まれているのだ、と侑は思う。


「あ、あの」

「……おう」

「………えっと……」

「………」


「わ、私は侑のことごっつ好きなんやけど侑はどうですか!!!」



そう、言われた言葉に侑は大きく目を見開いたのち「なッ……!!!」とひとつ驚愕の声を口にする。散々言い淀んだ末に心底恥ずかしい台詞を早口で、それも大声で言い放ったナマエの顔はそれはもう真っ赤で、そんなナマエと、自分に向けられたこのなんとも言い様のない小っ恥ずかしい言葉と気持ちに侑までつられて赤くなる。


「おっ………まえ勘弁しろよ………!!!!」

「ご、ごめん!!!自分でもしぬほど恥ずかしい!!!でも、ちゃんと言いたくて。自分の気持ち、素直に侑に伝えたくて……」


予想外の攻撃に侑は力なくその場に崩れ落ちる。そんな元凶の本人はやっぱり真っ赤な顔で、どこか頼りげなく、けれどはっきりと真っ直ぐな気持ちを侑に投げかける姿はとても堂々としていた。
そんなナマエを見て彼女が言う順序、の意味を侑はようやく理解する。そんなん、言わんでもわかるやん、と思ってしまうのは男のエゴなのか。そもそもそんなこと口にすれば即座に人の気持ちも慮れんお前が察しろとか何抜かしとんねん、と彼の片割れの突っ込みが飛んでくるだろう。


仕方ない。焦ったい。苛々する。そんな負の感情を抱きつつも、何故か仁王立ちをするナマエをちらりと見上げた侑は再び立ち上がる。背後では未だ軽快なバンドサウンドが流れている。その喧騒も、風に揺れる周囲の木々の音もどこか遠く、侑の目には自分より頭ひとつ分以上小さい、マイペースで、ポンコツで、けれど自分が自分であることを曲げず、それでいて立ち向かってくる自分とは違う強さを持った彼女だけが映っていた。正反対の二人は化学反応を起こすか。たぶん、自分が見る景色とこいつが見る景色は全く違う、と侑は思う。そんなもの、今までの彼ならば興味はなかったが、今初めて強烈に彼女の望む世界を見てみたいと思う。



「……んなん、好きに決まっとるやろ。めっちゃ好きじゃボケ!!!」



侑の言葉を聞いたナマエの瞳に背後で上がった花火の閃光が映る。言われたナマエは唇をつぐんで、心底恥ずかしそうに夜闇に紛れてさらにその顔を赤く染めた。こんなやり取り、誰かに聞かれたら憤死するほどの恥ずかしさで、たぶんこの先の人生思い出すだに羞恥に転がり回ってしまいたくなるのだろうが、それ以上にようやくお互いの気持ちを確認した二人に花火の打ち上げ音では隠せない胸の高鳴りが訪れる。


「……め、めっちゃ嬉しい……」


「……そうかいな」


「……私も侑のことめっちゃ好き。ごっつ好き。……大好き」


「〜〜〜〜!!!おっまえなあ!!!!」



頬を染め、侑の好きな、あの花が咲いたような笑顔でそう何度も告げるナマエに侑は恥ずかしさと、それ以上のかわいさに心臓がどうにかなってしまいそうだった。クソ、かわいい、かわいすぎるやろ。頭の中を何度もぐるぐると同じ言葉が巡って、そうしてやわらかい髪に触れれば上気した頬に触れたくなって、またあの唇のやわらかさを何度でも知りたいと思う。

ええか?と合図をするように一応目配せをすれば強請るようにそっと目を閉じるものだから思考が焼き切れそうにになる。我慢できない、と言わんばかりに唇を貪れば、苦しそうにしながらもやめて欲しくない、と言うように自分の口づけや差し込んだ舌を受け入れるナマエに侑はどんどん呼吸が荒くなる。

つ、と銀色の糸を引いて離れた唇はお互いの唾液で艶やかに濡れていて、熱に浮かされたようなナマエの表情も相まってひどく扇情的で侑は頭を抱えたくなる。そしてそのまま階段の上へ座り込んだ。


「〜〜〜勃った……どう責任取ってくれんねんお前………」

「!?!?そ、それはごめん……!!!でもさすがに今心の準備はない!!!」


真っ赤な顔でそんなどこかズレた返事を返すナマエを侑はちらりと見やる。まさか出会った当初、あんなにも毛嫌いしていたこの女をこんなに愛おしく思うだなんて、数ヶ月前の自分は思いもしなかっただろうと侑は思う。そしてきっとその気持ちはナマエも同じだ。ほんま、人生何があるかわからんな、なんて侑は俯瞰で考えた。
そうして侑は未だ踊り場でオロオロと立ち尽くすナマエの腕を引っ張り隣に座らせる。「わっ、」とひとつ声を上げたのち、おずおずと侑の隣に寄り添うように座ったナマエにまた何度もキスを落とす。今はただ、好きすぎんねん。と思う。上手くいかんことがムカツいて、焦ったくて、でも一緒におったら楽しくて、自然と笑顔になってしまう。バレーボールみたいに。


「でも春高優勝できたらやらせてな」

「侑このタイミングでそれは最悪やで……」


そんな好きな男のデリカシーのなさにげんなりしつつ、それでもそんなとこも好きやけど……と現金に思ってしまうナマエもまた文化祭マジックにかかってしまっている。遠く聞こえる友人たちのバンドのメロディと、打ちあがる花火の音を聞きながら、ナマエは今夜何度めかになる降ってくるキスにもう一度目を閉じるのだった。


15082021


img ヒラヒラヒラク秘密ノ扉/チャットモンチー




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