*女装ネタがあります。苦手な方はご注意ください。



10月後半。台風の季節を過ぎて気温は一気に冷え込み、生徒たちの服装も白のカッターシャツから稲高のイメージカラーである狐色のブレザーや、それぞれセーターやカーディガンを羽織る装いへと変化していた。今月の半ばにあった中間考査も無事に終わり、そして何より稲荷崎男子バレー部は春の高校バレー、兵庫県代表決定戦を見事に勝ち抜いたのだ。年が開ければ今度は東京の地へ高校バレー界の頂点をもぎ取るため戦いに行く。夏のインハイの惜敗を引きずることなく、むしろ益々コンディションを上げていくチームメイトたちにナマエはワクワクとした気持ちを抑えきれなかった。

そして、そんな胸の高鳴りは決してバレーボールのことだけではなくて。


「宮」

「!!!」


「先輩にさあ、後夜祭の花火一緒に見ませんかって、誘ってみたいんやけど……」

「まじで!?がんばれ!!!めっちゃ応援してる!!!」

「………」


渡り廊下、担任教師に頼まれたプリントを抱えて歩くナマエとその吹奏楽部の友人の隣を一年生らしい女の子二人が通り過ぎてゆく。その会話に出された名前は誰のことか特定することは怪しいが、それでもこんな風に女の子に黄色い声を上げさせる有名人と言えば思い当たるのは某双子しかいなかった。そんなかわいらしい会話を耳にし、少し複雑そうに俯くナマエの横顔を友人は見やる。

職員室へ向かう道すがら、すれ違う生徒たちや通り過ぎる教室の前はどこも浮き足立った空気に満ちていた。

というのも来月の上旬に控えた文化祭、きつね祭を目前に昼休みや放課後はその準備のため校内は賑わっているのだ。稲荷崎高校は部活動が盛んなため、どの部も年中大会を控えていて他校に比べると文化祭の規模は小さい。通常前夜祭、本祭、後夜祭と約三日間かけて行われるものを一日に凝縮してしまっているあたり、青春を謳歌する学生たちには少し残念なところではあるが、それでもその一日を楽しみに準備に取り組む様はこれぞ高校生というものである。


「ミヤ」

「!!!」

「アツムと最近どうなん」

「……ど、どうって?」

「ちょっと前までめっちゃ喧嘩してたやん。……喧嘩っていうか、パワハラ?あんの人でなしセッター!!!言うてめっちゃ愚痴ってたやん。最近言わんなーー思て」


「………ああ、あの………うん。まあ………大団円というか」


「蒲田行進曲か」


賑わう廊下の角を曲がる。友人はいまいちこの平成の世を生きる若者には分かりづらいツッコミを入れつつ、相変わらず素直というか、嘘のつけないナマエの照れた横顔を見ながら目を細める。


「……ヘーーー。そういう関係なんや」

「!?そっ、そういうってどういう!?!?」

「どういうって、手繋いだりとか、キスしたりとか、やっ」

「てない!!!!」


「ふーーんキス止まりか」


「………」


一気に真っ赤になったナマエを見ながらわかりやす、と悪い笑顔を浮かべる友人。約4ヶ月前、万年帰宅部お気楽女のナマエが何をとち狂ったのか、県内でも有数の強豪である男子バレー部のマネージャーなんかをやると言い出した時はまあ一ヶ月も続かないだろうなと思っていた。それはナマエの鈍くささもあるが、闘争心とは無縁のマイペースな彼女の性格とあの曲者揃いのバレー部とでは相性が水と油だと思ったからだ。


そんなナマエが初めて負けたくない、と口に出し、一ヶ月過ぎた頃にはスコアブックを書けるようになった!!と花が咲いたような笑顔を見せ、この前侑と食べに行ったラーメン屋が美味しかってん、と楽しそうに口にし、今月の頭頃には部活後に買い物行きたいから付き合って、と熱心に誰かへのプレゼントだろうそれを吟味し、一枚のCDを手に取った時の優しい眼差しはああ、これはもうそういうことなんだろうなと、わかりやすいナマエの心の内を知ることは簡単だった。そして感慨深さと同時に、ずいぶんナマエのこといじめてくれた癖に手ぇ出すとかええ度胸やな、と話にしか聞いたことのないパワハラセッターへの怒りも友人は感じていた。


「で、いつから付き合ってん。私そんなん聞いてないけど」

「えっ?やって付き合ってないし……」

「えっ?」

「えっ、」


「………ええと、ほな、流れでキスしたいうこと??」


「…………えっ…………う、うん………」



先ほどから手繋いだだのキスだのやっ……友人の口から飛び出す歯に衣着せぬ言葉たちに周囲の視線が集まっていないかと居心地の悪いナマエはキョロキョロと視線を動かしながら小さく答えた。それに友人はさらにショックを受ける。この子、抜けとんな思てたけど、ほんまアホやん。アホの子やん。そんなん、あんなチャラそうな男に言質もとらんと好き勝手やらしてたらこいつが泣くことになる。それだけは阻止せな。そんなポンコツを前にして守らな!!!という謎の使命感が友人の眉間の皺を深くする。


「ええかナマエ!!!ちゃんと好きとか!!!付き合うてとか!!!順序踏んでからやないと今後キスもハグもピーーーもさせたらあかん!!!」

「ちょっここ職員室の前やから!!!!」

「せやないと、やっぱり遊びでした〜〜とか、俺そんなん言うた??とか後でしらばっくれられても知らんで!!!」


「えっ………えええーーーー………」


ようやくたどり着いた職員室の前で声を荒げる友人に近くを通りかかった女性教師のあらあら、という微笑ましい笑みを投げかけられてナマエは顔から火が出そうな思いだった。
けれど、友人の言うことは尤もで、先ほどすれ違った後輩女子もそうだけど、有名人でモテる侑がもし他の女の子と歩いていたり、手を繋いでキス……してるところを想像すると胸が痛くなった。けれど自分にはそれを咎めることも、抑止する関係でもないのだ。あの誕生日の日、侑がどんな思いで自分にキスをしたのかはわからないが、自分以外の子とそういうことをして欲しくない、と思うならきちんと気持ちを伝えなくてはいけない。

失礼しますーー、とガラリと友人が開く職員室の扉。もうほんのりと効いた暖房のあたたかさを感じながらナマエも彼女の背中に続いて中へ入るのだった。







きつね祭当日。午前中の前夜祭ーーという名のオープニングセレモニーも終わり、ナマエは教室でぼんやり店番をしていた。店番と言ってもナマエのクラス、2年5組が展示しているのは石。何を言っているかわからないと思うが、ナマエたちのクラスの発表は河原や、道端や、はたまた校庭で拾ってきた芸術的な形の石の展示。よくこんな案が通ったな、とぼんやり考えながら一向に人の来ない教室で暇を持て余していたナマエの元へ、「あ。いたいた」と見知った長身がにゅっ、と入り口から顔を出す。


「ミョウジーー侑たちのクラス行こうよ」

「あ、スナやん。石見てく?」

「は?なにそれ」

「エキセントリックな石の展示」

「やる気なさすぎだろ」


入り口から顔を出した角名がぐるりと教室を見回すとなるほど、たしかに部屋にあるのは整然と置かれた石たちだけで、中にいる人も腑抜けた顔のナマエと、その友人らしき数人だけだった。


角名にそう誘われて、そして侑の名前が出たことにナマエはどきっとする。あの誕生日の日以来、当然部活では顔を合わせているけれど、中間考査や代表決定戦、そして文化祭の準備などで何かとゆっくり話す時間はなかった。こうして何の理由もなしに顔を合わせて、話ができるチャンスはもしかすると久しぶりかもしれない、とナマエは考える。でも店番あるし……とちらりと隣に座る吹奏楽部の友人に目を向ければしらっとした目を向けられつつ、大きく頷かれる。


「行ってこい」

「えっ、でも……ええの?」

「私は後半にがっつり時間もらってるから本祭はほぼここおるし、見た通り客だっれも来んし」


「俺らもええよー行く言うてもすぐそこのクラスやろ?」


「帰りに3組のたこ焼き買ってきてや!」


「……だってさ」

「わーー、ありがとうみんな」


吹奏楽部友人の生暖かい目を筆頭に、店番をしていたクラスメイトたちはうんうん、と頷いてくれる。そして教室の窓から覗き込んでいた角名にそう視線を向けられて、ナマエは笑顔でお礼を言う。そして小作のクラスである3組できちんとたこ焼きを買ってくる旨を伝えて手を振りながら角名と教室を後にする。そんな二人を見送った店番の面々は「………青春……」「青春やな……」とぽつりぽつりと呟いたのだった。







侑たちのクラス、2年2組が喫茶店をやるということは知っていた。けれども何度も言うが部活動が盛んな稲荷崎高校にとって、文化祭の準備を率先してできる生徒は少なく、かく言うナマエも代表決定戦、そして年明けに控えた春高のためほとんど準備を手伝うことができなかった(準備といっても石の展示だが)。それは侑や他の部員たちも一緒で、だから自分たちのクラスがどのような出し物をするのかいまいち知らない、という少し無責任でもあるそれが現状だった。


隣でやけに楽しそうな角名に連れられて教室の前へ行くとそこは予想外にごった返していて。整理券なんかをもらって少しの間二人で待っていると治も合流し、十分後くらいにはようやく中へ入れた。が、扉を開けた先の光景にナマエは絶句し、同時に角名と治は指を刺して爆笑する。



「おかえりなさいませ、ご主人………」


「ギャッハハハハ!!!!おま、やめろや!!!!腹いたい!!!!」

「腕パッツパツじゃんwwwゴリラメイドwww」


「!!!おっまえら来んな言うたやろがーーーー!!!あっスナお前何撮ってんねん訴えんぞ!!!」


教室に入るや否や爆笑の渦に飲まれたその光景は、ピンクのミニ丈のメイド服に身を包んだ宮侑がトレイ片手に接客しているというものだった。ご丁寧に頭にフリルのカチューシャまでつけられた侑は人を殺しそうな顔で注文された紅茶をガチャン!!とテーブルに置いたりと、素行の悪い接客をしていたがそれでも噂を聞きつけた女の子たちや、角名や治と同じで笑い者にするために訪れた男子生徒など、とにかく2年2組、女装喫茶の回転率はすこぶるよかった。


侑はと言えばやれ部活が忙しいとほとんど準備を手伝うことができなかったため、文化祭前日になって「明日はメイド服着て接客してな。準備ほぼ手伝わんかったんやから、お願いな?」とクラスメイトの女子たちの圧の強い笑顔により断ることもできず今に至ると言う訳だ。結果、メイドの宮侑に接客させて高売上、という女子たちの目論見は見事に当たったことになる。



「すんませーーんこのメイド態度悪いんすけど」

「くっ……!!!」

「俺メロンクリームソーダください」


「ほな俺アイスコーヒーとチーズケーキ。ミョウジさんなにする?」

「………」

「おーーいミョウジ生きてる?」


嫌々ながらテーブル席に案内され、メニューを開いた角名と治はそれぞれ注文する。しかしナマエだけは名前を呼ばれたにも関わらず未だ侑のメイド服姿から目を離せないでいる。目の前で注文を取る侑はと言えば、角名に今日自分がメイド服を着ることがバレた時点で覚悟はしていたが、まさか最も見られたくないナマエを連れて来られるとは思っていなかったので心底不機嫌そうな顔をしている。そんな侑に目を輝かせたナマエが言う。


「………アツコ……めっちゃかわいい………」

「誰がアツコやねん」


「ミョウジさんの美的感覚しんでるんか?」

「どう見てもただのゴリラでしょ」


「あのっチェキいいですか!!」


「チェキ言うな」


「ほ、ほな……あっ!!じゃあ、このメイドさんがあーーんしてくれるパンケーキお願いします!!!アツコ指名で!!」


「まじで言ってる?」


圧倒的に似合ってない。だが似合ってないのがかわいい。あの高圧的なパワハラセッターが無理やり似合わないメイド服を着せられているシチュエーションにテンションが上がるナマエ。それに引くバレー部の面々。そんなナマエが指さしたメニューは指名したメイドさんがあーーんしてくれるパンケーキ(1500円)というものだった。しかしパンケーキといっても市販の冷凍のものである。その内容と値段に「高っ」「ぼったくりやん」と声を上げた角名と治、そんな二人と、珍しくたじろいだ様子の侑をものともせずにナマエは嬉々とした顔で注文する。



「うわっ、お前ら来とったん」

「うは、銀も似合ってんじゃん」

「俺ギンコちゃん指名しよかなーー」


「お前らほんま後で覚えとけよ」


そうして注文されたメニューを渋々厨房へ伝えに行った侑と入れ替わりでやって来たのは銀島。銀島は黒の膝下丈のクラシックなメイド服に身を包んでいて、そう囃立てるバレー部の面々に珍しく攻撃的な顔をする。そんな中ナマエは注文したパンケーキが来るのをソワソワと待っていた。







「………ほな、おいしぃなる魔法のシロップをかけさしてもらいます………」

「やる気なっ」

「人殺しそうな顔で接客してるんやけどこのメイド」

「わーー、おいしそう………」


「…………ほな………ご主人様………あーーんさしてもらうんで口開けて………」


「………」

「………」


何を見せられてんの俺らは???

賑わう教室の片隅。少しして角名の前にメロンクリームソーダ、治の前にアイスコーヒーとチーズケーキ、そしてナマエの前にはほかほかとした二枚のパンケーキが置かれ、そこにどこか顔の陰影を深くした侑が呪いのようにシロップをかけていく。そんな様子をワクワクと見守っていたナマエが、そうメイドに言われるがままに口を開くと切り分けたパンケーキの欠片を侑が食べさせる。少し照れながらも嬉しそうに頬張るナマエと、なんか……なんかちゃう……と思う侑と、その光景を見せられている角名と治は自分たちが煽ったことのはずなのにこのカオスっぷりに葬式のような空気でそれぞれメロンソーダと、アイスコーヒーを啜った。

と、そこに空気を変える助け舟のような人物が一人。


「おっ、なんやギンコもう仕事終わりか?」

「誰がギンコやねん。おう、俺と侑もう交代の時間やでーー」

「あれっ、もうそんな時間か」


「俺らもそろそろ店番戻らないとなんじゃない?」

「せやな」


厨房の裏で着替えた銀島が葬式のようなバレー部テーブルにやって来た。交代の時間だ、というみんなにつられてナマエもスマホの時計を見ると約束の時間をあと15分ほど残したところだった。それにあともう一件くらい回れるな、と思う。


「治くんたちのクラスはお化け屋敷やっけ……」

「おん。来る?おもろいで」

「うーーん……」

「どうせミョウジお化け怖いとかだろ」


「いや……お化けは見たことないから怖くないけど……びっくりさせられんのは苦手……」

「フーーン……ほな、ええやん。行こうや。着替えるから待っとけ」


「メイドのままでいいじゃん」

「アホかざけんな」


「えっっ、行くん侑??」


「お前もな」


お化け屋敷に行こうかどうか、と迷うナマエを横目に見て侑はふと考える。正直、侑はバレー部や、仲間内で盛り上がるのは好きだがやれ文化祭だの、クラスで一致団結だの、いわゆる青春と呼ばれるような行事は嫌いだった。その上こんなメイドの格好までさせられて、何が悲しいかナマエに食べさせてもらうならまだしも、なぜか自分が奉仕するようなことになり傷ついたプライドに人を殺しそうな顔をしていた。そんな中、これはチャンスじゃないか、と。ビビリのナマエを小馬鹿にしつつ堂々とお化け屋敷を攻略することでまたセッターの威厳も復活するのではないか、と短絡的なことを考える侑。

そんなん、言うて高校の文化祭のお化け屋敷やし。高笑いしながらゴールしたるわ。そう思いバレー部の面々に待っているように伝え、この忌々しいメイド服を脱いでお化け屋敷冷やかしに行ったる、と侑は嬉々とするのだった。


15082021



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