試合開始まであと二組。今年はアランくん、赤木さんを捕まえたはいいが先ほどから周囲のビーチを探し回っているにも関わらずスナの姿が見当たらない。あいつ、逃げよったな。侑は眉間に皺を寄せながらも最後に確認に来たパラソルの下でナマエを見つける。
侑の姿を見とめたナマエはあっ、侑。と一言こぼした。その呼ばれ方はまだ慣れない、と侑は思う。もちろんチームメイトはみんな自分のことをそう呼ぶのだが、この女に関してはつい先日まで犬猿の仲だったこともありどこか気恥ずかしいのだ。そう考えつつ名前を呼ばれたものでナマエの方へ近寄る。

ナマエは肩にパーカーをかけて三角座りをしていた。


「なあ、スナ見んかった?」

「ああ……さっきまでおったんやけどちょっと遠いところに……たぶん当分帰って来おへんわ……」

「えっ、なに、あいつ死んだん?」

「精神的にはしんでるかも」


どこか遠い目をして言うナマエの答えは要領を得ないが、言うてもそろそろ試合始まる頃、おらんならしゃないか……と小作や北さんを誘うか、と考えていた侑だったが、ふいにナマエに声をかけられて再びそちらを向く。


「なあ……侑、ごめんやけどこれ結んでくれん……?」

「?なんやねん」

「さっきスナに日焼け止め塗ってもらってんけど、その時外した紐が結べんのよ」


そう言っておずおずとこちらに背中を向けたナマエは肩に掛けていたパーカーをぱさりと下ろす。するとそこには瑞々しい素肌の背中があり、侑は突然のことに何が起きたかわからなかった。
えっ、俺は何を試されてんの。日焼け止め?スナ?あんのムッツリスケベ。自分だけ何いい思いしてんねん。いや、そやなくてこれは誘われてんのか……えっ、ここで!?!?いや、そんなわけあるかい。落ち着け宮侑。紐結ぶくらいがナンボのもんじゃい。


動揺して数秒その場で固まっていた侑に、ナマエは「外やから一人で結ばれへんし……トイレ行こうか思ってたら侑来たから助かったわ」とあっけらかんと言う。
そんなナマエの背中を上から見下ろしてそして侑はビーチサンダルを脱ぐとシートの上に上がった。砂を踏み締める侑の体重がかけられてシートが少しよれてナマエの体の重心がそちらに傾く。無防備に晒された白い肌の前に屈み込むと、侑はその大きな手で脇に垂れた二本の紐をそっと掴んだ。



「……つか、日焼け止めぐらい着替える時に塗ってこいよ」

「そやねん。バタバタしててすっかり忘れてた」

「相変わらずどんくさ」

「ひどいなー」

「……ん、できたで」

「わー、ありがと侑」


さすがはセッターというものか、大きな手に似合わぬ繊細な作業もするりとこなす。再びきちんとナマエの首元を彩ったリボンにほっとした様子で侑へお礼を告げる彼女。そんな彼女に適当な返事を返しつつさっさとビーチサンダルを履き直す侑。そしてそのまま試合のもう一人の参加者を探しに行こうか、と思ったところ、せっかく紐を結んでやったのにその場から動く気配のないナマエに怪訝な顔を向ける。


「なん、泳がんのお前」

「えっ。うん……泳げるかわからんし……あ、でもかき氷とか買いに行こかな。さっき主将食べとったし」


「ふーーん……」


そう言って立ち上がるナマエは初めに見た時のようにパーカーは羽織っておらず、普段はジャージや制服に隠れているその部分が惜しげもなく晒されているのははやり目に眩しい。ちらり、と周囲に視線を移すと相変わらずの人の多さ。当然その中にはナンパ目的のチャラい奴もおんなあ、と侑はそのチャラい筆頭である自分を差し置いて考えた。そして合宿二日目の夜のことを思い出す。またあんなんに捕まったら腹立つ。


「ほんならお前俺と来い。ビーチバレー出ろ」

「え"っっっっ!?!?」


「もう言うてる間に試合始まってまうしさっさとしろ。スナもおらんししゃあないわ」


「ちょっ……そんなん!!私スパイクとか打たれへんよ!!サーブすらまともに打てたことないのに!!」


「ああ?」


慌てて首を横に振るナマエになにうじうじしとんねん、と苛立った侑の威嚇が飛ぶ。それにヒイッッッ!?!?と出会った当初のような反応を見せるナマエ。侑はそういえば以前、スナのラインのアイコンで盛大に空振るナマエの写真を見たな、と考える。いや、そもそもナマエの運動神経にひとつも期待なんてしていないのだが。



「そんなんどーでもええねん。俺が打たしたる」




わあったらさっさと来いや、と強引に腕を引っ張られてナマエは日差しの下に出る。途端に照りつける太陽の日差しに溶けそうになる。あんなに怖かった侑の言葉が、背中を押してくれるとこんなにも心強いものに変わるのだ、と思ったナマエは少し心臓がどきりと音を立てた。それを夏の暑さのせいにして侑に連れられるがまま砂浜を歩く。



「あ、せやけど目指してんのは優勝一択な。」



そう振り向いてにっこりした笑顔で言う侑にナマエは冷たい方の汗が一筋、こめかみ流れるのを感じた。さすが肉の威力はすごい。それ以上にこの男の中に一位、以外の文字はないのだ。それ以外は全て同じ。そんな無茶な……と先ほどまでの感動は忘れて、まるで死刑台へ向かうような心境のナマエだった。









「アホんだらアアアアアア!!!!味方の顔面にスパイク決めてどーーっすんねんこんのド下手くそ!!!見てみいアランくん涙目やんけ!!!」


「スンマセンスンマセンスンマセン!!!!!」


「え、ええよええよ!!気にすんな!!そんな痛ないしそういうこともある!!」


「アランくんこいつに甘ない!?!?」


俺がやったら絶対もっと怒るやつやん!!と抗議の声を上げる侑にそらそやろ、と突っ込む赤木。ミョウジナマエという悪夢のような運動神経の持ち主をチームメンバーに持ちつつ、それを凌駕する他のメンバーの活躍によりなんとか二位まで浮上した稲荷崎ビーチバレーチーム。しかし決勝で戦った大阪校に一点差という形で惜敗を喫したのだった。


「お前帰ったらサーブ練100本!!!!」


「マネージャーやのに!?!?」


「まあまあ……ほら、スイカもろたで。お前ら好きやろスイカ割んの」


「アランくん俺らのこと未だに小学生や思てない?」


「おっしゃスイカ割ったろ!!!銀!!どっかから棒持ってこいや!!」


「おう!任せとけ侑!!!」


「あながち間違ってもないみたいやな」


「…………」



二位の賞品としてもらったスイカを掲げて言うアランに突っ込む治。それに先ほどまでの怒り心頭はどこへやら、スイカ割りと聞いて急にハイテンションになった侑と銀にやれやれ、という顔を向ける赤木。
何度も浜に突っ込んで砂塗れになった体や水着をぱっぱと手で払うナマエ。そこでふと思い立ったようにそろそろと近場の波打ち際まで歩み寄り、ナマエの気持ちなど知る由もなく、容赦なく打ち付ける波に恐る恐る爪先をつけた。ナマエの足首を飲み込んでは引いて行く波。冷たい。気持ちいい。長年抱いていた恐怖心は少しずつ薄れ、砂塗れの体を洗うために徐々に先へと進んでゆく。



「もうそろそろ帰るって。ウチは焼肉食べてくけど」



と、そこに聞き覚えのある声が背後からかけられて少しびくりとして振り向く。そこにはやはり爽やかな、けれどどこか意地悪そうな、笑顔を浮かべた大阪校の主将が立っていてナマエはひとつ会釈をする。そうして海から上がった。


「焼肉おめでとうございます」

「そこは優勝おめでとうやないねや」

「ええんです、ウチにはスイカがあるし……」

「ミョウジさんかてええスパイク打ってたやん」

「一本だけですが……でも、初めて打てました」


地獄のような運動神経の無さを露呈したナマエだったが、一本だけ、ほんとに一本だけだが侑のセットアップによりスパイクを決めることができた。その時の爽快感たるや。飛び跳ねて喜んだナマエに次々とチームメンバーのハイタッチがやってくる。そして最後に「当然やあほ」と勝気な笑顔を浮かべる侑と力強く手のひらを打ちつけたのはつい先ほどのこと。
その光景を思い浮かべてナマエは小さく笑う。


「はは、めっちゃ盛り上がっとんなあ」


そう言われて燥ぎ声の方を見ると、目隠しをした治がじりじりと侑の方へ詰め寄るのを必死に声を荒げて止める侑と爆笑する稲荷崎の面々が見られた。それにつられてはは、とナマエも笑う。
波の音がすぐ側に聞こえる。押しては引いて、何度も何度も。先ほどまでは届かなかったこの場所も、波はあっという間に二人の足先を濡らしてそしてまた戻ってゆく。見ると水平線の向こうへ日が徐々に沈もうとしていた。今度こそ長かったようで、あっという間だった夏の合宿は終わる。


「あー、結局連絡先教えてくれんかったなあ、ミョウジさん」

「……すみません」

「教えてくれたら焼肉連れてくのに」


「どっ、……………教えません」


「今までで一番迷てたやんけ」


ははは、と笑う主将に、ほんまに一瞬焼肉につられかけた……肉こわ……と思うナマエ。西陽に照らされて、ああこの人も来年はここに来ることないんやな、と思うと連絡先云々はさておき物悲しい気持ちになるのは違いなかった。


「主将さんは、ええ人や思いますけど、今はそういうこと考えれんし、その気ないのにオーケーするんも失礼や思うんで」

「ええ人や言うなら何であかんの?」

「………」

「て、言われんで。押しの強い奴やったら」

「(主将さんも十分押し強いと思う………)」

「せやけど、そういう嘘つけんとこもええなあ思てたんやけどなあ」


残念やわ、と笑う主将に「ありがとうございます」と手を差し出すナマエ。主将は少し迷う素振りを見せたのち、観念したようにその手を握り返した。


そんな握手を交わす二人を目ざとく発見した侑が割れたスイカの破片を片手にものすごい勢いで迫ってくる。いや、食うか走るかどっちかにしいや、と爆笑するナマエとそんな二人の関係をさっさと付き合えよ、と思いながらもムカツクので笑顔で侑を煽ってみる主将と。日が暮れて、夜の帳が下りる。







「……スナ、なに撮ってん。つかお前今日どこおったん」

「ちょっとね。ムシャクシャするから当分この写真で侑ゆすってやろうかと思って」


「なにさらっと腹黒いこと言うとんねん」

「ははっ、おんなし顔して寝とるやん。仲ええなあ〜〜〜」


「俺にもその写真ちょうだいやスナ」


「べつにいいけど…」


帰りのバスの中、予め決められていた座席は侑とナマエが隣というもので、出発した直後はあれやこれやとギャアギャア騒いでいた二人だったが、次第にその喧騒も薄れていった。そうして練習に加え、たっぷり海で燥いだ選手たちは気づけばみんな夢の中へ落ちていた。次に目覚めた時は途中休憩のサービスエリア。
バスを降りてトイレや買い物に向かう選手たちの中で、一部の……もといスタメンの二年生たちが何やらある席を囲んで盛り上がっている。そこにはお互いの肩にもたれ掛かりながらよだれを垂らして眠るセッターとマネージャーの姿。


それをムシャクシャするから、という理由で侑を脅すネタにしようと連写するスナ。その写真を強請る治と、なんやかんや仲ええやんけ、と微笑ましく見守る銀島。そんな侑が目を覚まし、自分の状況に気付いて吠えると同時、その喧しさにナマエもまた目覚めるまであと少し。


22072021



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