「ーーほな、ええか、言うてる通りインハイに向けての課題はトータルディフェンスの強化や。サーブで崩してブロックで仕留める。ブロックは意地でも三枚揃えろ。もちろんレシーブ練も怠んな」


「「「ーーーハイ!!!!」」」


「あと、ウイングスパイカー諸君。」


「「「ウッス!!!!!」」」


「新しい飛び道具、期待しとるでえ」



「「「アッッッッス!!!!!」」」


「…………」



夏の強化合宿、全日程が終了した。
山の中で比較的涼しいとはいえ日中は三十度を軽く上回る暑さ、加えて多種多様なチームと連日練習試合を繰り返す過酷さ。私自身も初めての合宿ということもあり、日夜やる事に追われ気づけば最終日、というほどに目まぐるしい一週間だった。
しかしやはりこの合宿はどのチームにとっても実りあるものだったようで、かく言う稲荷崎も優勝候補含めインハイでぶつかるだろうチームの研究、それを踏まえた実践を繰り返し実験的な試合ができたことは確実に大きな力になっただろう。


それは私にとっても。またほんの少しだけチームメイトを身近に感じることができたし、また来年、ここで会おうねと約束するような友達もできた。そして同時にこの夏が最後の夏になる人たちもいる、ということを改めて実感した。
反省会の最中、ウイングスパイカーへの監督の激励が飛んだ時、返事はしたものの一人ふにおちない顔をする主将を横目で見やる。尾白先輩も、大耳先輩も、赤木先輩も。来年はここにいないんだなあと考えると当たり前のことなのになんとも言えない気持ちになった。



「ーーーほな、一週間お疲れ様でした!!!次はインハイと春高で会いましょう!!!!」



「「「アザッシターーー!!!オナシャーーーース!!!!」」」



チームごとの反省会が終わり、代表の監督が挨拶をする。関西四強たちがまた向かい合い気持ちよく頭を下げた。それに倣って私も深く一礼する。

ほんとうに色々あった一週間。けれど私の中で何より大きな出来事は、入部当初目標に掲げていたスコアブックを書けるようになる、を達成できたことだ。胸に抱えた2冊のノートを眺めて感慨深くなる。たったそれだけのことが。でも一ヶ月前の私にはできなかったこと。

思わずにやにやとした表情を浮かべていたらしい私に「キモ」と去り際に暴言を吐く宮侑。けれどもう一週間前の私ではない。奴を背後から睨みつけるくらいはできる……と威嚇しながら監督に日誌とノートを提出しに行くと「顔どおしてん」と突っ込まれた。




「っっっって終わってたまるかーーーい!!!青い海!!!白い砂浜!!!これを前にして大人しぃ地元帰る奴がおるか!?!?!?」



「「「おりませーーーん!!!!」」」


「毎年なんなんやろな、このテンションは」

「盛り上がってるのは単細胞組だけですよ」


そのまま監督と出発時間などを確認していると、何やら体育館の隅で演説のようなものが始まった。見ると声を上げたのは奈良校の監督で、燥ぐ監督に部員たちはまるで運動会でやる気を見せる父親と思春期の子供のように居た堪れない空気に包まれていた。
そしてそのテンションに当然のように乗る宮兄弟。


「言うてた毎年恒例のビーチバレー大会ですか?」

「おん。地元の人が主催してくれとるやつな。大会や言うても自由参加やし、泳ぎに行く奴もおれば日陰で寝とる奴もおるし。まあ息抜きみたいなもんやな。せっかく目の前海やねんしな」

「俺は早く帰りたいです」


「はは、角名去年は双子に無理やり参加させられとったもんな」



見慣れないハイテンションに一年生の理石くんが質問すると、それに答える赤木先輩、大耳先輩。私も事前に連絡網で聞いていたけど、ついにこの時間がきてしまったと憂鬱になる。なぜなら、だって、私は運動が苦手だ。もはや周知の事実だけど。



「ところでミョウジって泳げるの?」



先ほどから一言も喋らない私に気づいて隣のスナがそう訊ねる。しかし質問は建前で本当は私がノーの返事をするのを楽しそうに待っているのだ。案の定、見上げるとにやにやとした悪い顔と目が合う。


「………中学の時は25メートルギリ泳げたけど……今は自信ない……」


「ふーーん、そうなんだ。まあ、そうだよね」


「(そうだよねってなに)……」


運動音痴にとって水泳は鬼門だ。義務教育で水泳があることを何度恨んだかしれない。高校に入ったらそんな水泳地獄から逃れることができて、できればもうプライベートでも一生海やプールには入らなくてもいいかな……と思っていた矢先、まさかバレー部の合宿で海に来ることになるなんて……。

幸い強制参加じゃないみたいだし、主な目的はビーチバレーのようだ。だけど双子に絡まれたら去年のスナのように無理やり連行されるかもしれないし、日陰で大人しくしておこう……。


「なあ……スナはどこおるん?泳ぐ?」

「なワケないじゃん。あっついし。日陰で寝てるよ」

「そ、そっか。じゃあ私もそこおってええ……?」

「……べつにいいけど」


相変わらず感情の読めない切れ長の目を細めつつ、肯定の返事をくれたスナにほっとする。



「ほしたらそれぞれ部屋で着替えて、戸締りしたらマネージャーに鍵渡せーー。浜出たら今の時期観光客よおさんおるけどくれぐれも迷惑かけたり!!迷子にならんように!!!あんま沖まで行くなよ!!!」


「「「ウィッッッッス!!!!」」」


「(小学生………)」


練習中のぴりぴりした雰囲気とは打って変わって、夏のイベントに浮き足立ったざわめきが体育館を満たす。そこを一本締めるように和歌山校の監督が声を張り上げた。そうしてそのまま軽い注意事項の説明があり、私たちは流れるようにそれぞれの部屋へと着替えに向かったのだった。









「……あ、ミョウジさん」

「!」

「あれ、こっち来るか思たらパラソルの方行ってもうたな」

「………」


「ナマエは泳ぐん苦手やからな。ビーチバレーやったら誘ったら来るんちゃうか?あ、球技も苦手やったわ」


「何ができんねん」


「逃げ足は速いらしいで」


「何から逃げんねん」



照りつける太陽、白い砂浜、青い海。ビーサンを脱いで砂浜に足をつければ慣れない感触、先ほどまで遠く感じていた潮のにおいと波の音を目の前にすればああ、夏だ。と感じる。
一番乗りで着替えた宮兄弟、そして銀島は稲荷崎チームのパラソルから少し離れた場所にスペースを確保し早速ビーチボールに興じていた。そこからさらに少し離れたところでは本格的なビーチバレーのネットが張られていて、順次参加者を募っていた。優勝チームには近所の焼肉店の食べ放題チケットが贈られるらしい。今年もスナ引っ張ってきて優勝狙うでえ、と三人は顔を見合わせてにやりと笑う。


と、そんなことを考えていた治の視界の端にちらりとナマエの姿が映る。釣られるようにして視線を送ればナマエは白のパーカーを羽織りさっさとパラソルの方へ行ってしまった。ちぇ、と内心思う治に侑の最早恒例になりつつある天邪鬼が発揮される。



「なんや、パーカー羽織っとってよお見えへんかったし、水着。おもんなー」

「……あんなヒンソーなんの水着見て何がおもろいねん、趣味わる」


「そんなん言うてさっき着替えんどこかな言うとったミョウジさんに水着は水辺で着るもんじゃーー!!言うて無理やり着替えさしたんお前やん」


「侑、お前はもうちょい素直になった方がええと俺は思うで」


痛い核心を突かれて侑はうぐ、と反論の言葉を無くす。
周囲はシーズンだけあり多くの観光客や地元民でごった返していた。そこに大阪、奈良、和歌山校の面々もちらほらと集まってきて、それぞれ大会エントリーシートに名前を書く。そんな様子を遠巻きに見つめていた侑だったが、ふと視界の先を通りがかった大阪校の主将と目が合う。主将は相変わらず人好きのする爽やかな笑顔を浮かべてひとつ侑に会釈をするとそのまま参加申し込みへと歩いていった。当然、そのスカした態度が気に入らない侑は突如砂浜にビーチボールを叩きつける。




「……絶ッッッッ対優勝すんぞお前ら!!!!」




「またなんか言うとる」

「おお!!気合入っとんな侑!!」


ビーチの真ん中で突如雄叫びをあげる金髪のでかい男に周囲の視線が向く。そんな片割れを半目で見る治とテンションが上がる銀島。とりあえず順番来るまでアップすんで!!と息抜きのはずが結局本格的なバレーを始めてしまう三人はもう性としか言いようがなかった。










「あ、スナ、やっと見つけた」


「遅かったね」


「似たようなパラソルいっぱいあるから迷ってもうて」



みんなの鍵を回収したのち着替えているとすっかり遅くなってしまった。加えてこうも人が多いと自分たちのパラソルを見つけるのも一苦労である。ナマエは少し先まで一緒に来ていたマネージャー二人と分かれてようやく発見したスナの元へ駆け寄った。
スナは先ほど自販機で買った缶ジュースを飲みながらだるそうにスマホをいじっていた。しかしこの気温だと端末自体も熱を持ち、加えて周囲の喧騒も煩わしくスナははあ、と本日何度目かわからないため息を吐いた。そして画面から視線を外し現れたマネージャーを見上げる。


ナマエは胸より少し下まで隠れた白のホルターネックのトップスと薄い生地のボタニカル柄のショートパンツを履いていた。ちなみにその上にはしっかりパーカーが羽織られている。それにスナは隠してんじゃねえよ、と思いつつも短いパンツの裾から伸びる素足や普段はTシャツの下に隠れているお腹などいつもより露出が多いのは確かで、その部分に自然と目がいく。

スナはそんなナマエに何も言わずひとつ缶ジュースを口にした。そんなスナの隣へナマエも腰を下ろす。


「ビーチバレー大会ってどこでやってるん?」

「右側少し行ったところ」


「そうなんや。誰が参加すんの?」

「双子と銀と……去年は尾白さんと小作と俺」


「うわっ、尾白先輩入れるとか最早不正やない?」


「いいんだよみんなスタメン普通に入れてくるし。大阪校の主将とか。一般客にしたら迷惑極まりないけど」


「ふーーん…」


大阪校の主将、という思わぬ名前が飛び出してナマエは少し素っ気ない返事を返した。そんなナマエをスナは特別気にすることはなかったようで、会話が一区切りついたと思いそれとなくまたスマホの画面に視線を落とす。そんなスナを横目にナマエはいそいそと羽織っていたパーカーを脱いで小さな防水ポーチから日焼け止めを取り出した。それを手のひらに出して首元や腕に塗っていく。


「……あづい……」

「それな」

「ていうかスナ、一人だけジュースなんか飲んで……」

「ミョウジも買ってくればいいじゃん」

「買っといてやろうという優しさは……」

「温くなるだろ」

「………」


しれっと言うスナにたしかに……と思いつつもなんだかふにおちない。私も塗り終わったら買いに行こ、とひとりごちながら脚へするするとクリームを滑らせていたナマエだったが、ふいにあっ、とひとつ声を漏らす。そんなナマエにスナの視線が向く。
パラソルの下、日差しは遮られるものの地面からの熱気が上がってきて反対に蒸されるようだ、とも感じる。周囲を慌ただしく行き交う人々のビーチサンダルが砂を踏み締める音がする。不思議なもので、こんなに開放感に満ちているというのにどこか周囲から切り取られたような気がする、とスナは思った。べたついた潮風だけが吹き付ける空気にスナの肌にじっとりとした汗が浮かんだ。


「背中?塗ってやろうか」

「えっ…」


意図を察したスナが淡々と言う。急いでいたこともあり、とりあえず着替えて日焼け止めは向こうで塗ろう、という安易な考えが仇となった。スナにそう言われてナマエは周囲に視線を送りマネージャー二人はいないか……と探したがこの人混みの中ですぐに見つけられるものでもなかった。かと言ってわざわざ探しに行くのも感じ悪いし……と考えつつ、とりあえず純粋な確認をスナにするナマエ。



「えっと、なんか下心とか」

「は?お前にそんなんあるわけないじゃん寝言は寝て言ってくれる?」

「えっめっちゃ辛辣やん泣きそう」


いらないなら別にいいけど。と言うスナにまあ、それもそうだよな……と納得したナマエはじゃあ頼むわ、とスナに日焼け止めを手渡しくるりと後ろを向いた。スナの眼前には首の後ろで結ばれたリボンと控えめなフレアレース越しに透けて見える背中が広がっていた。ひとまず手にクリームを広げ露出している腰より上の位置に塗り広げてゆく。スナの指先が触れたところ、ナマエの体はほんの小さく揺れた。ナマエは自分が意識していた以上にこの状況に緊張しているのだと自覚して堪らなく羞恥心が襲ってきた。そんなナマエの反応に特に何も言わずにスナは日焼け止めを塗り進めていく。


「………」

「………」


「ここ、塗れないから外すよ。押さえてて」

「えっ。ちょ、」


先ほどまでの冗談まじりの空気とは打って変わって、口数の少ないスナになんか喋ってや、と思うナマエ。いや、普段から特別よく喋る方ではないけれど、今の空気は明らかに居心地の悪いもの。かと思えば突拍子もなく首元のリボンをこつこつ、と指先で叩いてそう言うものだからナマエは慌てて前を押さえる。あっさりと解かれたリボンに紐ははらりと簡単に首から落ちて、肩甲骨のあたり、今まで布が覆っていたそこに外気が触れる感触。そうして滑る細いスナの指先。


この状況はなんなんだろう。いや、ただ日焼け止めを塗ってもらってるだけなんだけど、もしこんなところをチームメイトに見られたらと思うと何かいけないことをしているような気分になった。体を小さく丸めて胸元を手で押さえるナマエを、スナは肩越しに覗き見て少し意地悪な気持ちが芽生える。先ほど触れて一番反応を見せた箇所、脇腹に再びそっと手を滑らせると不意打ちからか、面白いくらいに肩が跳ねた。それににやりと悪い笑みを湛えたスナは、ナマエの真っ赤になった耳元に唇を寄せてそっと囁く。



「ふーん。ここ、弱いんだ」



「〜〜〜〜!?!?!?」


ずっと羞恥に耐えていたところ、そんなことを囁かれてナマエは混乱する。そしてばっ!!と振り返り距離を取るとナマエは慌てて大声を出して自分の思い当たる中で最も心強い人物の名前を口にする。


「セッ…………!!!!!セクハラです!!!!主将!!!こいつに制裁を!!!!もがっ」


「北さんは呼んじゃダメだろ馬鹿なの」


急に大声でおそろしい人物の名前を叫びだすナマエにスナは慌てて彼女の口を押さえる。一応彼にも悪いことをしているという自覚はあるらしく、珍しく焦った様子のスナに体重をかけられて勢いで二人レジャーシートの上に倒れ込んだ。うげっ、という色気の欠片もない悲鳴をナマエがあげた頃、ひとつ白いビーチサンダルが近くの砂を踏み締めた。足音はほぼなかったものの、その並々ならぬ威圧感は覚えがある、とスナは背筋が冷たくなるのを感じながらゆっくりと後ろを振り返った。

そこにはブルーハワイのかき氷を片手に持った我らが稲荷崎バレー部の主将が相変わらずの無表情で立ち尽くしていた。




「………呼ばれた思て来たけど、何してん自分ら?」




淡々と訊ねる主将は右手のかき氷のファンシーさをもってしてもその威圧感を中和することはできない。むしろ逆にこわい。スナは暑さ以上にだらだらと流れ出る汗を止められず無言になった。

北はちらりとスナの下敷きとなったマネージャーに視線を移すと、よく見ると彼女の水着のトップスの紐は解かれていてそれを必死に押さえているように見える。そこに覆い被さるように馬乗りになり、口を塞ぐ男。完全にアウトである。



「………スナ?早よそっから退けや」


「…………………ス、」


「ミョウジいけるか、これ羽織っとき」


「え、あ、はい………ありがとうございます…………でもあのちょっと主将、誤解が生じてるかも…………」



「ええから黙っとけ。」


「はい。了解です。」


「スナちょっと面貸せや」


「…………………………ハイ」



淡々と告げられた言葉にスナは瞬時にナマエの上から退く。そうしてようやく解放されたナマエに自分が羽織っていたパーカーを掛けると、北は鋭い視線でスナを射抜く。あかん、これはスナが死ぬやつや。精神的に。そう思い焦ったナマエが誤解を解こうと北に声をかけるもそれは鶴の一声のように一蹴されてしまった。その威圧感にはこれ以上なす術はない。けれどまあ、悪ノリしたスナも悪い。


かき氷を片手に持った主将に連行されるスナを見て心の中で合掌するナマエ。しかし、この外れた紐どうしようか、と今度は新たな問題にため息をつくのだった。


22072021



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