「海ーーーー!!!」


「夏休みーーー」


「お前ら、学校はこっちやぞ」


「………」

「……ス、」


七月も後半に入り学生にとってはようやく待ちに待った夏休み。だけど、当然インハイを控えた私たちに休みはない。
恐怖の期末テストをみんな(人によってはギリギリ)乗り越えて、学校のバスを貸し切って約三時間半。関西圏、白い砂浜と青い海の見えるとある高校へと私たちはやって来た。そこでは毎夏、稲荷崎グループと呼ばれる古くから交流のある関西圏のバレー強豪四校が集まって一週間の強化合宿が行われるらしい。


麓のガレージに止めたバスから降りて、周囲に木々が生茂る緩やかな勾配の坂道を10分ほど登ったところ、山の中に切り開かれた土地に大きな校舎が佇んでいた。正門にたどり着くまでにまだ長い階段。ここへ毎日登校する生徒たちは大変だな、と思いながら旅行カバンや肩にかけた救急バッグを背負い直しつつ、ふと後ろを振り返ると見晴らしのいい景色の先に青い海が広がっていた。


「おお!!オーシャンビュー!!」

「海近いから学食で出る魚料理もうまいで」

「えっ!あ!そうなんでふか!(噛んだ……!!)」

「すぐ泳ぎに行けるのもええよなあ。潮のにおいしたらなんや夏や!!てテンション上がるし(噛んだな……)」


思わずテンションが上がってそう口に出すと、後ろにいた三年生二人に聞かれていたらしく声をかけられる。大耳先輩と、リベロの赤木先輩。大耳先輩は身長190センチを超えるチーム一の長身で、顔立ちも精悍だからちょっと怖かったけどかけられる言葉はいつも落ち着いていて優しい。赤木先輩はどちらかというと小柄だからそれだけで少し安心材料だし、気さくだから三年生では一番話しやすいかもしれない。というか、二年のアクが強すぎて三年生はみんな大人で優しく見える……主将はちょっと圧が強いけど………。


そんなことを考えながら階段を登っていると先を行っていた北主将がぐるりと急にこちらを振り返るものだから、まさかついに読心術まで使えるようになったのか……!?と恐怖する。
そんな怯える私に主将はいつも通りの無表情とよく通る声で淡々と訊ねた。


「ミョウジ!荷物重いんやったらその辺の奴らに手伝おてもらいや!」


「は、はいー!!大丈夫ですーー!!」


どうやら読心術はまだ使えないようで安心した。暑さと長い階段にバテ気味になりながら、声を張ってそう返事を返すと主将はそおか、と言ってまた前を歩き出した。
関西の強豪四校。一週間の強化合宿。果たしてどんな人たちなのだろうか、一体どんなことをするのか、期待と不安を抱きながら私たちの夏合宿がスタートした。








「今日から一週間、よろしくお願いシャーーーース!!!!」


「「「お願いシャーーーース!!!!」」」



兵庫、大阪、奈良、和歌山。関西四つの強豪校が集まっての合同練習はやはり迫力がある。各校の監督たちから軽い挨拶とミーティングを兼ねた合宿の流れについての説明があり、そして顔を合わせた生徒たちはハッキリした挨拶とともに大きく頭を下げた。
初日は30分の全体アップののち代わる代わるひたすら試合を繰り返すらしい。ちなみに負けたチームはペナルティとして体育館をフライング一周。シンプルだけど想像するだけでキツそうなメニューだ。


「ドリンク今のうちに作ってまおか!えっと、ミョウジさんやっけ?」

「ハイ!ミョウジナマエです!よろしくお願いします!」

「よろしく〜〜。稲荷崎にマネおんの初めて見たけど最近入ったん??」

「はい、まだ入部して一月も経ってないくらいです!」

「まじかあ、宮んズキッツイやろお」


「えっ…!!そ、何かご存知で!?」


「いや知らんけど。でもなんとなくわかるやん?顔はエエけど中身ポンコツやわ。特に金髪の方。」


「!!(鋭い……!!そして関西女子キッツイ!!)」



そこかしこでボールが床に叩きつけられる音、いつもより多いシューズのグリップ音。体育館の外ではミンミンゼミが鳴いていて、開け放たれた扉から入る風は潮のにおいを帯びて青い海を連想させる。
いつもと違う光景、人。それらに緊張と少しのワクワクが入り混じる。浮き足立ちそうな気持ちに喝を入れて、ドリンク用のタンクに水を入れる。大容量のウォータージャグはひとつで18リットルものドリンクを作ることができる。本体の重さも合わせたら20キロは超えるかもしれない。それらをバケツリレーのように水道から体育館の中へ何度も運び入れる。

最初の休憩は今から約二時間後。それまでに人数分のタオルを用意して、もちろん時間計測やコートチェンジの際のモップ掛け、球出し、球拾い。やることは止めどなく存在する。


ここ、主催地である和歌山高校の三年生マネージャーさんと挨拶を交わし、軽い雑談も交えながら初日の午前中を奔走した。





午後になって昼食を終えてなお練習試合はぐるぐると続いた(お昼ごはんは唐揚げ定食だった)。暑さとそれぞれタイプの違う強豪と繰り返しマッチングする疲労と、エンジンがかかってどんどんボルテージを上げるみんなのひりついた空気は見ていて息を飲むようだった。




「ミョウジ、どや、今の試合のアタック効果率」

「あ、ハイ!……ええと、尾白先輩が40.2%、銀島が36.6%、宮治くんが38.4%ですね」


「ぬううううん………」


「失点時の大半がブロックとのマッチアップの時ですね……」


「むうううううん!!!」


隣で監督が口を尖らせて唸る。2セット先取の3セット試合、今の試合は相手、大阪校が勝利した。
私は監督に言われ現在の試合のスパイカーの効果率、そして失点時の相手チームのローテを記録するように頼まれた。視線は試合と記録紙とを何度も行き来して、試合展開の速さと、得点したと思った攻撃が失点だったり、まだまだ自分の未熟さに目を回しながらもなんとかこなすことができた。


コートではネットを挟んで挨拶をし、爽やかな笑顔で相手選手と握手をする宮侑の姿。けどその目は全く笑っていない。


「ブロックが強いチームなんですね」

「せやで。特にミドルの主将はブロックの要や。監督に似てか知らんけどよお頭キレはるし」


その言葉と共にちらりと隣に顔を向けるとこちらもまたにっこりと爽やかな笑顔を向けた相手校の監督が会釈をしてきて、完全に監督同士の間で火花が散ってるのを見てひいい……と内心恐怖する。
そんな件のブロックの要、と言われた相手校の主将を見ると何やら左手を気にしている様子が見えた。そのまま自チームに戻り、救急ボックスのファスナーを開けてテーピングを取り出す。怪我か何かしたのだろうか。


「…左手、いけますか」

「えっ、ああ、ちょい爪浮いてもうて。血ィ出てまう前に固定しとこ思て」

「やりますよ」

「ああ、ほんまに。おおきに」


相手校にはマネージャーはいないようで、一人引っ張りだしたテープの端をくわえる主将を見て声をかけてみた。すると主将は笑っておおきに、と手を差し出してくれて、たしかにこの人も主将としての頼もしさは感じるけれどチームによってまた色が違うのだなと感じた(主に圧的な意味で)。


差し出された手はところどころテーピングが施されて、すべての爪は綺麗なラウンドを描いて手入れされている。爪が浮いた、という人差し指をすくって伸ばしたテープの端をあてがって、丁寧に巻いてゆく。自分よりも少し日焼けした肌。あのすさまじい威力のボールを何度も弾き返す手は大きいことはもちろん、とても屈強に見えた。



「稲荷崎のマネさん初めて見たけど、一年?」

「いえ。二年です。中途半端な時期なんですけど、監督が部内の身内がええて言いはって。一人幼なじみがおるんです」


「そうなんや。ほんなら入部したんも最近なん?」


「はい、まだ一ヶ月も経ってないくらいです」


「ええ!ほんまにい。せやけどよお動いとるし、監督とかチームとのコミュニケーションも取れとるし、よお気いつくし」


「………」


「頑張ってんの、エライなあ」


それになんやお宅のチーム圧強いしなあ、とケラケラ笑う主将に固まったまま動けない。

えっ、なんやこの人めっちゃええ人やん!!!なんなん、そんな大したことしてないのにめっちゃ褒めてくれるやん。人が恐怖しながら球拾いしてるとこに殺人サーブ打ち込んでくるパワハラもせんし、去り際に謎の突っ込みづらいボケで圧も掛けてけえへんし、フォローに見せかけたオーバーキルもしてけえへん………。


めっちゃええ人この主将!!!



「そんな……そんなこと言うてもらえたん初めてです!!!!アザッス!!!!」


「あははは稲荷崎キッツそうやもんなあ。特に双子。」


「(周知の事実………)」


「これありがとな。最終日までよろしく」


「ハイ!!!」


気のいい笑顔を残して再びコートの中へ戻っていった主将にべこり!と頭を下げて見送る。さて今度は奈良校と試合……と気を取り直したところ、少し手前に殺人サーブが叩きつけられて思わずひいっ!?と悲鳴がもれた。


「オイど素人ボサッとしとんちゃうぞおおお!!!次こっちコートじゃボケえええ!!!」


そんな威嚇攻撃をしてきたのは案の定宮侑で、すでに移動した向こうコートでこっちに向かって吠えている。そんな奴を後ろから尾白先輩がぺちん、と頭をはたき、私は飛ばされたボールを拾ってからちょっと睨みつけて「サーーセンシターーーッッ!!」と声を張り上げて次の試合へ臨むのだった。


18072021



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