初めはこれはまた、えらい鈍くさそーなんが入ってきよったな、思った。横を見れば案の定自分の片割れは鋭い視線でその子を射抜いたのち、打って変わってうさんくさい笑みを浮かべた。
差し出された手を握り返した時の、あの子の息が止まったような表情を覚えている。


「なん、スナいつの間にあのマネの子と仲良なったん」



テスト期間初日の放課後、お前テストどうすんねん、と訊ねれば勉強会行く、と返したスナの話をよくよく聞くと、銀とあの新人マネージャーの三人で勉強会をやるとのこと。いつの間にそんな仲良ぉなったんや、と純粋な疑問をぶつければスナはえー、といつもの抑揚のない声を上げてしれっと言い放った。


「べつに仲良くはないよ。悪くもないけど。けどイジるとけっこうおもろいよ」

「いじめっ子やんけ」

「それは北さんだから」

「?北さんが?」

「ミョウジに正論パンチする時妙に楽しそうだし」

「……フーン」

「なに、治。ミョウジのこと気になるの」

「いや、そんなんちゃうけど。鈍くさそうな子ぉやしすぐマネ辞めるやろに。付き合うてんの意外やな思て」


「逃げ足は速いらしいよ」

「なんやそれは」

「子供の頃近所の鉢植え割って逃げる姿がカールルイスみたいだったって」

「あほやん」



そう言ってオッホホ、と独特な笑い声を上げるスナもなんだかんだ楽しそうに見えた。しかもウサインボルトちゃうくてカールルイスなんや。そんなことを考えながらほな俺も勉強会入れてや、とスナに打診する。
あの鈍くさいマネージャー、案の定入ってすぐに侑に目をつけられた。あいつの性格上、自分のバレーの邪魔になる存在は何があっても許せんし排除したがる。そのものの言い方に是非はあれど、その意見には俺も賛成やった。監督が今のチームメンバーに期待しとるんはわかるけど、余計なモン入れてチームの調和が乱れんのは得策やない思た。けど、監督の意向やし、主将もなんやかんや面倒見とるし、なんも言えんやん?

俺ができんのは今まで通りのバレーをプレイすることと、不憫な新人マネージャーにひと匙の同情を配ることだけだった。ああいう人間は今まで腐るほど見てきた。あいつのスピードについてける人間なんか早々おらん。やから、早いとこ辞めた方が身の為やで。
まあもし困っとったら助けるくらいはできるけど。俺のミョウジナマエに対しての印象はそんな程度のもんやった。







ミンミンゼミが鳴いてる。体育館の外、日陰になったコンクリートの階段に腰掛けて空を仰げば腹立つほどの青。あっつ。海入りたい。磯のにおいにぼんやりそんなことを考える。
強化合宿一日目ももう半日が過ぎ、今は午後の合間の15分休憩。一向に弱まることのない日差しに地球温暖化の深刻さを思った。


「お疲れ様!タオルとドリンクどうぞ」

「ん……おおきに。ミョウジさん、ちょうどええとこ来たなあ」


ふと足元に影が落ちて、見上げるとドリンクボトルとタオルを抱えたマネージャーがそこにいた。それらを受け取って俺がそう呟くと、ミョウジさんは不思議そうな顔をしてその場に立ち止まった。そこにん、とひとつアルミ缶を差し出す。先ほど自販機で買ったばかりのものだ。

手のひらに伝わる中身の冷たさと外気との温度差に浮かぶ水滴の感触。ミョウジさんは差し出されたそれにきょとんとした顔をしてええと、とこぼすので淡々と告げる。


「礼。ミョウジさんのお陰で赤点免れたからな」

「!!ああ!そんなん全然ええのに」


ありがとう、と嬉しそうに笑って受け取れば、コンクリにぽつぽつ、と水滴が黒い染みを作った。それを片手にきょろりと体育館の中を振り返って、何か思い出したらしいミョウジさんは待ってて!と素早く中へ入りそして戻ってきた。スナの言う通り逃げ足は速そうや。


「これ、差し入れやねんけど。よかったら食べて。暑いし塩分補給にもなるかなって…」

「……レモンの蜂蜜漬け?」

「塩ハチミツレモンやねんけど」

「漫画とかでマネージャーが持ってくるやつやん」


「それ。その知識しかなくてこうなった」


真顔で言うミョウジさんに内心ちょっと笑う。タッパーを差し出して中へ戻ろうとするミョウジさんに座れば、と促すとちょっと迷ってから大人しく隣へ腰を下ろした。温なってまうで、と先ほど渡した缶ジュースを指させば頷いていただきます、とプルトップを開いた。爽やかな音が耳に気持ちいい。


「あ、うま。」

「ほんまに……安心した」

「どうやって作るんこれ。切って漬けるだけ?」

「うん。簡単やで。柚子とかにしてもおいしいし、冬場はショウガ入れてお湯で割ったり」

「あ、うまそう」


疲れた体にハチミツの糖分と、レモンの酸っぱさと、塩分が染み込んでく感じがする。たしかに、漫画で描かれるだけあるなこれ、と思った。ぽつぽつと続く会話とそれ以上の早さで減ってくタッパーの中身。それを見てえ、そんな食うの……と勉強会の日に二回目のバーガーセットを食うた俺へ向けたミョウジさんの若干引いた視線を感じる。


「ツムちゃんとお礼言いよった?勉強教えてもろて」


「あーー……、うん。ちゃんと言うてくれたよ。めっちゃ怖い顔でおおきに、て」

「双子の片割れとして申し訳ない思てる」


「や、ええよ。宮侑の気持ちもわかるし」


そう言ってひとつ空を仰いで缶を傾げると白い喉が小さく揺れる。その横顔をぼんやり眺めながらハチミツでべったりした指先を舐めた。


「……宮治くんは、」

「治でええよ。長いし」

「そ、そっか。ええと、じゃあ治くんは、ごはん好きやんな?」


「めっちゃすき」

「やんな……いっつもごっつ幸せそうな顔して食べてるからさ……バレーやってる時の宮侑とおんなし顔してる」

「うせやん。俺あんなだらしない面しとらんで」


「あははは、うーん、残念ながらしてる……他のみんなも。そんなバレー大好きな人たちが真剣になるのは当然やから。それ、わかってたようでわかってなかったこと、ほんま短い期間やけどちょっと理解したから」



やから、全然大丈夫。そう言って笑うマネージャーに、あれ、このタイプ初めてやな思う。今までの他の奴らと何が違うのかは明確にわからん。もしかしたらその競争社会では真っ先にしにそうなマイペースさとか、意外な打たれ強さとか、誰かの何かの言動が切っ掛けになってこの子のスイッチを入れてしまったとか、そんな些細なことかも知れん。


「ふは、物好きやなあ。せいぜい刺されんように気ィつけや」

「えっ……その時はせめて助けて……救急車くらいは呼んで……」


「苦しまんように介錯はしたるわ」


「安楽死!!」


ハハハ、と笑っていれば、そろそろ戻る!ジュースありがとう!と慌ただしく体育館の中へ戻るマネージャー。どうやら先ほど侑の殺人サーブで威嚇された恐怖が拭えないらしい。
走ってく後ろ姿、束ねられた髪が揺れる。ミンミンゼミの声と、海のにおいと、鬱陶しい日差しとレモン。なんや、暑いのに余計腹減ったなあ、と思う昼下がりだった。


18072021



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