あれから数日。あの後ほな、そーゆーことで、と淡々と片手を上げた宮治くんは私を放ってその場から去った。特に連絡先を交換することもなく、ひょっとすると私の名前すら知ることもなく。

この数日間、やっぱり廊下や体育館で彼らの姿を見かけることはあったけど、すれ違っても話しかけられることもなく、クラスも離れているから接点もない。これは完全に揶揄われているな、と少ししょっぱい気持ちになったある日の昼休みのこと。


「なあ、あの子おらん?背ぇこんくらいで、髪の毛こんくらいで、大人しそーな感じの女子」

「そんなん山ほどおるわ。誰やねん」


「……あ、そういや図書委員言うとったな」

「図書委員?言うたら」

「あっ」


教室の入り口、少し背伸びをしたら頭をぶつけてしまいそうな大きさ。体育会系だからだろうか、元来大きな声も相まって一瞬で教室の視線を集めたその男子。私は思わず音を立てて席から立ち上がってしまい、その音に視線を寄越した彼と目が合う。
訊ねられていたクラスメイトの男子もああ、と合点がいったように声を漏らす。



「おったおった。なあ、一緒に昼飯食わん?」



そう言って掲げられたものは弁当箱と言うよりは重箱だった。え、あれ一人用なのかな?と思う間もないまま、教室中の視線が一気に私へ集まった。背後では女の子たちが黄色い声を上げ、男子は面白そうな顔でこちらを見てくる。いや、目立ち過ぎやろ……。


「み、宮くんちょっとこっちへ」

「ん?あ、弁当忘れなや」


動揺しながら宮くんを教室の外へ追い出そうとすると、本人はそんな私の心情などつゆ知らずといったマイペースさでそう助言をくれた。私は少し離れた自分の席へ戻ってランチバッグを引っ掴み、彼の背中を押すようにして教室を後にするのだった。









「……急に、びっくりするよ。宮くん有名人なんだからこっそり話しかけてね」

「なんで?別にええやん、付き合うとんのやから」


「…………」



屋上へ向かう階段の最中、あっけらかんとそう言うものだから、すれ違った女子にちらりと視線を向けられた。
付き合ってるだなんて、お互いのラインも知らない私たちがそんな筈はない。宮くんだって、まさか本気で私の告白を受けた訳もない。そもそも、間違いだったことも知っているのに。



「……あの、間違えたことはすみません。侑くんへ私の気持ちを黙っててくれたこともありがとうございます。でも私、」


「おーー。気持ちえーーなーーー」



長い階段を上った先、重厚な扉を押し開けたなら、目の前に広がるのは爽やかな冬晴れの空。風はまだ冷たいけれど、優しい日差しがあたたかい。だからだろうか、週二回、解放される屋上はここ最近めっきり利用者がいなかったのに今日はちらほらと生徒たちが其々の昼食を囲んで談笑している。


そう言って本当に気持ちよさそうに伸びをする宮くんを見て、言葉の続きは引っ込んでしまった。
昼食を摂るグループの隣をすたすたと歩いてゆく宮くんの後ろを慌ててついて行く。するとあ、双子の片割れや。治くんの方かな?などとちらほらと声が聞こえた。ほんとにどこへ行っても有名人。


「ここでええ?」

「う、うん。どこでも……」


まだ空いていた日の当たる屋上の隅っこ、特等席へ腰を下ろした宮くんに続いて私もスカートの裾を気にしながら座った。ブルーグリーンの高いフェンス越しにはグラウンドでサッカーをする男子たちが見える。元気だなあ。


「おっ。今日の弁当当たりやん。デミグラスハンバーグ入っとる」


「………好きなんだ?」


「おん。うまいやん」


私がグラウンドを見下ろしている間に、宮くんは早速包みを解いて大きなお弁当……もといお重を広げていた。白ごはん一段、おかず二段、計三段が積み重なったそれは隙間なくびっしり食材が詰められていた。え、これほんとに一人で食べるの?てか、お母さん毎朝大変だろうな……。ともしかするとこのお重を二人分用意しているかもしれない彼らのまだ見ぬ母親を思ってちょっと同情した。


私も彼に倣って彼のお重に比べるとずいぶん小さく感じるお弁当を、ほうじ茶のポットとともにランチバッグから取り出して蓋を開けた。すると目の前に自分の豪華なごはんがあるにも関わらず、私のちまいそれを興味津々に見てくる。



「ど、どうしたの。何も面白いもの入ってないよ……?」


「なん、その白いの。カリフォルニアロールみたいなん」


「(カリフォルニア……?)これ?湯葉巻き。夕飯の残り物だけど……」


「めっちゃうまそう」


「………食べる?」



大きな体で小さい弁当の中身を目を輝かせて覗くものだから、そのギャップにちょっとびっくりというか、笑ってしまいそうになる。思わずそう訊ねると、宮くんは「ええのん!?」と予想以上に嬉しそうに湯葉巻きへ箸を伸ばした。と、そこで思い出したように一旦、箸を置いて手を合わせる。



「いただきます。」



そう言ってから丁寧な動作で湯葉巻きを掴むと、大きな口で半分ほどかじった。一口で食べるかと思ったけどすごく味わって食べてる。この一連の出来事にああ、この人ごはんが好きなんだなあ、と思わされた。


数日前、私の告白を聞いた時の宮くんはひどく冷めた目をしていて、声が震えても、体が震えても、目だけはしっかり逸らさないようにと見据えた彼の瞳の奥には、そんな私を嘲笑うような色が見えた。それなのに。



「……口に合う?」

「おん。めっっっっちゃうまい。」

「それはよかった……」

「俺のも一個やるわ。好きなん取り。あ、ハンバーグ以外な」


「……ふ、ハンバーグめっちゃ好きやん」



喜怒哀楽はそんなに豊かじゃないのに、その無表情の奥に思いの外様々な感情を垣間見ることができる。宮くんのお言葉に甘えて、少し考えたのち無難な卵焼きに箸を伸ばした。私も彼に倣っていただきます、と呟いたのちそれを食してみればうちのより少し甘いんだ、と思った。


「おいしい。甘いのもいいね」

「やろ?」


恐らくお母さんが作っただろうに、得意げに言う宮くんが面白くてちょっと笑った。
ふと向こうの方を見るとカップルがお弁当を食べさせあったりしている。食べさせあってはいないが、こうしてお互いのごはんを交換している私たちは側から見るとどういう関係に思われるだろうか。


「なあ、宮くん」

「ん?てか、その宮て呼び方ややこしわ。治でええよ」

「………じゃあ、治くん」


「おん。そんで、自分の名前なんて言うん?」



言われて、思わず目を丸くする。そうだ、私たちはお互いの連絡先どころか、名前すらまともに呼び合ったこともなければ知らないんだ。そう改めて考えると少し彼を身近に感じていた距離はまた広がり、同時に何考えてるんだろこの人、という疑惑が頭をもたげる。


「ミョウジナマエです。好きに呼んでください」

「ほんならミョウジさん」

「(自分は名字呼びなんだ……)」


なんだかペースを崩される。初めてこの人と喋った、私の間違い告白のあの日からずっと。
私が悶々としている間にも治くんは一定のペースで、けれど着実にお重の中身を平らげてゆく。それに釣られるように私も自分のお弁当を食べ進めていたけど、あんなに量が違ったにも関わらず先に食べ終わってしまったのは治くんで。なんだろうその胃袋。吸引力ダイソン。無尽蔵。


そんなことを考えているときちんと御馳走様でした、をして空のお重を片付けた治くんはごろりとその場で横になる。その大きな体を投げ出して、腕も、脚も、仰向けになるとこんなにも長いのかと思わせるそれらを大きく開いて、澄んだ冬晴れの空を仰いでいた。


私はまだ少しだけ残った自分のお弁当の中身を、あったかいほうじ茶を飲みながらゆっくりと食べる。
遠い空を見上げる治くんの目は先ほどまでの、ごはんを前にしていた時とは違いどこかぼんやりとしていた。その目を見てあ、私の告白を了承した時と同じだと感じる。



「予鈴鳴ったら起こして、ミョウジさん」


「(鳴ったらなんだ……)いいよ」



ようやく私のお弁当の中身が空になる頃、治くんはそう言って静かに目を閉じた。あまり無遠慮に見るのはどうかな、と思いつつも、盗み見たその寝顔はやっぱり自分の思い人そっくりでそっと胸が高鳴る。けれど当然ながら、中身は全く似てない。おんなじ顔なのに、双子って不思議だ。


そう考えて何も不思議なことはあるものか、とセルフツッコミする。顔はおんなじでも、私の目に映ったのは、脳裏に焼きついて離れなかったのはこの人じゃない。目に見えるものじゃないんだ、人を好きになるって。


健やかな寝息を立てる思い人の片割れの隣で、静かにお弁当箱を片付けて、結局この人が何考えてるか聞けなかったなあ、とぼんやり思うのだった。



24052021



prev | index | next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -