今日言おう。明日言おう。やっぱり明後日にしよう。そんなことを毎日繰り返していた。けど、なんでこのタイミングだったのかは私にもわからない。





「宮侑くん、きみが、好きです」





振り絞った私の言葉を聞いた彼は、僅かに目を丸くして、そして数十秒の沈黙ののち、静かに口を開いた。















高校二年生、冬。吹き抜ける一月の風は冷たく、三年生は受験の最前線、部活動が盛んなこの高校の盛り上がりもピークを過ぎ、校内は閑散としていた。
全国でも有名な稲荷崎高校バレー部がほぼ毎年出場する春の大会、いわゆる春高バレーも約一週間前に幕を閉じた。応援のために遠征する吹奏楽部の友人の付き添い兼観光という名目で大きな東京体育館で見た試合は、結果こそ二回戦敗退という悔しいものになってしまったが、広いコートの中を縦横無尽に燥ぐ彼の笑顔を見て高揚した。そして試合終了のホイッスルが鳴った後、誰よりも結果を真摯に受け止め、厳しく自分自身に向き合う彼の表情に瞳の奥が熱くなったのを覚えている。




「(あ、宮くん)」




そんな時ふと、視界の端を通り過ぎる背の高い黒髪の男子生徒に目を奪われた。底冷えする体育館、集められた生徒たちはみんなカーディガンの袖を指先まで伸ばしたり、ポケットカイロで暖をとったりと寒さに対抗しながら自分の番が来るのを待っている。


今日は月に一度の風紀検査の日で、学年ごとに体育館に集められては流れ作業的にチェックされる。
校則が多い割に普段の生活指導はゆるいうちの高校は、この定期的な検査さえ乗り切ってしまえば大抵のことは大目に見てもらえた。その最たるものが高校バレー最強ツインズこと宮兄弟で、それぞれ鈍い金色、アッシュグレーに脱色した髪はこの日だけは簡易スプレーで黒染めされている。



「……(髪の毛向かって左に分けてるから、侑くんの方や)」



私が彼、宮侑くんのことを知ったのは高校に入学して少しした初夏の頃。なんでも高校ナンバーワンセッターと謳われる有名人が同級生にいる、しかも双子。そんな噂を耳にして、友人に連れられるがままに覗いた練習試合。
熱気と大勢の女の子でごった返す体育館の外から、ほんの小さく切り取られたその隙間から、するり、と試合の白熱した空気を変えるような、息がとまるようなセットアップを見た。その人は派手な見た目とは裏腹に、献身的にスパイカーにトスを上げ、そして愛情に満ちた目で浮かぶボールを見ていた。


ミンミンゼミが鳴く中、顎を伝った汗を拭うことも忘れてしばらくその場に立ち尽くしたのを覚えている。














今日言おう。明日言おう。やっぱり明後日にしよう。そんな思いを拗らせた私は、風紀検査後、一人ふらりと体育館を後にする後ろ姿を、気づけば追っていた。
少し駆け足で、弾む心臓は段々と脈拍を速め、頭ではえ、私今言うの?という冷静な自分が顔を出す。体育館裏でぼんやりと窓の向こうを眺めていた後ろ姿を見つけ、考えるよりも先に声が飛び出していた。




「ーーーーあのッッッッ」




恥ずかしい、声が上擦ってる。しかも普段は出さないような大声。突然呼び止められて驚いた様子の侑くんがこちらを見る。それだけで心臓が爆発してしまいそうなほど大きく脈打つ。呼び止めたからには後には引けない。
告白なんて後にも先にもしたことはないし、ましてや学校の、いや高校バレー界の有名人相手に、良い返事をもらおうなんて思ってもいない。それでも口に出さずにはいられないほどこの人が好きだった。人伝や文字じゃなく、目を見て、自分の言葉でこの気持ちを伝えることが私の彼を好きだという気持ちに対する誠実さだと思った。



「宮、くん」

「はい」



侑くんは一瞬驚いたような顔をしていたけど、すぐに無表情へと変わった。唇が震える。握った手のひらは汗が滲んでいる。頬を撫でる風は冷たいのに、体はひどく熱い。
緊張でからからに乾いて張り付いた喉を、なんとか震わせた。怖いし恥ずかしい、けど目だけは逸らしたくない。そんな気持ちで振り絞った言葉は、約二年越しの私の思い。






「宮侑くん、きみが、好きです」







「……………え」



はっきりと言い放った私の言葉に数秒おいて少し間の抜けた返事が返ってきた。けれど彼の無表情は崩れない。それもそうか、告白なんて慣れているに決まっている。
侑くんは少し視線を逸らしてあーー、と唸ったのち右手の人差し指で頬をかいた。どう断ろうか考えているんだろうか。まさか自分の気持ちを受け入れてもらえるなんて思っていないにしろ、拒絶の言葉を聞くのはやはり怖い。けれどこの片思いに決着をつけるためにはちゃんと聞かなきゃ。そう強い気持ちで次の言葉を待った。



「………それは、付き合うてってこと?」


「………えっ………?あ、いや、ええと………!!!」



悪いけど、興味ないねん。ごめん。おおきに。そんな言葉を予期していた私にとって、まさか疑問を返されるとは思いもよらず、さらに自分が肝心なイエス、ノーの質問を投げかけていなかったことに気づく。
自分の気持ちだけを押し付けるような身勝手さにかあ、と耳が熱くなるのを感じると同時、付き合って、なんてことを私は望んでいたのかと考える。だって、そんなことあり得ないから考えもしなかった。問われた言葉にしどろもどろになっていると、目の前の侑くんは少し笑って、けれどどこか冷たい目で私を射抜いた。



「ええで」


「……………え?」


「ええで、付き合おうや」


「……………………今、なんて」


「お付き合いしましょう、俺ら」




私の返事を待たずに聞こえた言葉に、一瞬、時間が止まったように感じた。え、今なんて………?そんな気持ちが素直に口から滑り落ちると、侑くんはなおも淡々と物覚えの悪い子に言い聞かせるように丁寧に、言葉を繰り返した。



けして“いい人”じゃないことは知っていた。入学早々髪を脱色しただとか、ファンの女の子に暴言を吐いて泣かせただとか、兄弟喧嘩でよく生徒指導室へ呼び出されているだとか、良くも悪くも色んな噂を耳にした。喜怒哀楽の目まぐるしい表情は彼の片割れや、部活仲間以外に発揮されることは少なく、言葉はストレートではっきり言って近寄りがたい存在。
けれどその強さが、何を犠牲にしても自分の欲しいものを全力で取りに行ける残酷さが、何の取り柄もなく自分に自信も持てない私には眩しくて仕方なかった。憧れた。何よりバレーボールに愛を捧げ、誰よりも楽しく燥ぐ彼の笑顔を見るのが好きだった。




そんな彼と、まさか、付き合う、だなんて。




「え……………な、なんで…………???」


「なんでて、俺のこと好きなんやろ?」


「……………ハイ、」


「ほな、付き合おうや」



「…………………え、ええっ………」


「よろしゅう」



困惑してもう何がなんだかわからない私に話は淡々と進められてゆく。そう言って早くも話を終わらせた侑くんが一歩、二歩と私たちの間にあった距離を詰めて、その言葉とともに右手を差し出してくる。彼をこんなにも間近で見たのは初めてだ。見上げると首が痛い。差し出された手は自分のそれより一回りは大きい。

この手を、握っても、いいの……?そう悩む私の手を侑くんは有無を言わさず掴んで、そして握った。ひやりとした大きな手は季節のせいか少し乾燥してかさついており、私は初めて触れるその人の肌に心臓が痛いほど大きく跳ねた。


と、そこで、はた、と私は何かに気づく。違和感。明確な判断基準がある訳じゃない。あるとすれば髪型で、それも簡単に変えられてしまうもの。話したこともないから声の違いもよくわからない。けれど、確実に、何かおかしい。そんな嫌な予感とともにぱっと頭上を見上げて、その崩れない無表情の彼に恐る恐る問う。





「………………きみ、宮、治くん……………?」





「あ、なんやバレてもうた」


「え、な、なんで」


「あ、あかんでもう条約締結してもうたから」


「!?!?!?」


「ええやん、俺ら見た目おんなしやねんから」



そう言って握る手に軽く力を加えられれば、彼の言葉通り逃げられないのだと知る。
風紀検査で黒染めしてたことは知っている。え、でもなんで分け目逆なの?なんでこのタイミングで告白したの私。そもそも、二年越しの片思いの相手を、いっつも見つめてた相手を双子とはいえ間違えるとか、なんで、なんで。

そんな疑問と、自責の念と、彼の片割れへの告白だと知っていて了承した宮治くんの、真意不明な言動に頭がパンクしそうだ。
ええやん、俺ら見た目おんなしやねんから。そう少し笑って言った彼の、瞳の奥が冷たい色をしていたのを覚えている。こうして私の間違えた告白のせいで、宮治くんとの奇妙な関係がスタートしてしまった一月の中頃。


24052021



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