Lets Study

「悔しいがインハイは予選決勝で敗れた。僕達にはまだまだ課題が山積みだ。水樹。」

「あぁ。選手権まで時間がない。1日もムダにはできない。そのために俺達は今日、全力で勉強する。」



【聖蹟ルール、その1:
期末テストで赤点とった者は強制的に夏休み勉強合宿に送られる。そのため聖蹟サッカー部では、毎年夏の恒例合宿に参加できるよう、勉強会が開かれる。】



「はい咲、コレ見ろ。
こんな感じだから覚悟しといてくれ。」

『えー…なになに。
"来須 ヤバイ。新戸部 わりとヤバイ。白鳥 少しヤバイ。大柴 論外。水樹 圏外。"
…何ですかこの役立たずなメモ。臼井先輩もヤバく…
ぐぬあぁぁっ!!?』

「オレが黒帯なの知ってるんだよな? ん?」



【聖蹟ルール、その2:
臼井先輩は王子様キャラで女子からは大人気。だが実際は王子様という皮を被った黒帯ドS人であり、怒らせると心身共に容赦ない攻撃を繰り出してくるので決して怒らせてはならない。】



…はい、皆様こんにちは。
現状をきちんと説明すると、今日は先日の期末テストで赤点をとった奴等の勉強会を行います。
場所は、大柴先輩のお家。
デッカイ水槽の中に綺麗なお魚が泳いでる…なんて豪邸だ。咲紫苑の家もリッチだと思ったけど、大柴先輩には及ばない。


「ったく、面倒くせぇ…!」

『…あれ、…どちら様…?』

「あ"ぁっ!? てめーふざけてんのか!」

『あれ…この短気具合…、君下先輩!?
眼鏡かけてるから誰かと思いましたよ!』

「何で眼鏡かけたくらいで分からなくなるんだよ、バカなのかお前は! バカなんだろ!」

『いいえ君下くん。私は学年トップ3の成績を持つスーパーガールです。』

「じゃあ何でここにきてんだよ!」

『勉強教えるためとご飯作るの手伝うためですよ。考えたら普通分かるでしょうがっ!』


そうそう、最近君下先輩の扱い方が上手になってきたよ。この間のお買い物の時からかな…アレから君下先輩がちょろく感じるぜ!!
ちなみにそのチョロい君下くんは、来須君に「眼鏡かけても賢くならないッスよ?」とか言われてる。来須君も君下くんに慣れたきたんだろうね、最初は怖い怖い言ってたし、今は首絞められてるけど。


『(それにしても…君下先輩が学年トップとは驚きだ。あんなに私服姿がダサいのに頭は良いのか。)』

「ににんがし、にさんがろく…」

『…えっ、そこから? 大柴先輩そこからなの?』

「ふっ 天才とは努力しないのだよ。」

『天才は高校生にもなって掛け算を覚えたりしませんよ。』


やべぇ…確かに大柴先輩は論外だ。
てゆうかこのレベルで論外なら、圏外の水樹キャプテンってどんだけヤバイんだろう。
…まぁ、私は1年だしね!
怪物水樹キャプテンはきっと臼井先輩が面倒見るだろう。それに大柴先輩は2年だからね、きっと臼井先輩か同学年の君下先輩が見てくれるだろう。だから私には害はないはず!

そんなわけで勉強会が始まったのだが…


「このπっていうのは、円周率のことで…」

「パイ? なに、おっぱい?」

『小学生かよ。…あ、来須君、そこxの数字を代入しなくちゃ。間違えてyを代入してるよ。』

「挿入? なにそれ、下ネタか?」

『お前さっきから何なの?』


私と柄本君が何故か来須君たちの勉強を見てるんだけど、来須は小学生男子なみのアホだ。さっきからなんでも下ネタに繋げようとしてるし。

しかし、時間は無情にも過ぎていく。

来須達や大柴先輩の勉強はまだ大して進んでないのに、お腹空いたと物申す彼らによって、少し早めの夕食の準備。9人分のカレーか…結構大変そうだな。


「咲と…柄本、お前もこれ手伝ってくれるか?」

『(柄本君も…?)』

「は、はいっ!」


台所を借りて野菜をトントン手際よく切る臼井先輩。あまりに手際いいしお母さんみたいだなぁって思いながらも私は唐揚げの準備。
カレー×唐揚げ。
つまり、美味しいもの×美味しいもの=超美味しいもの! …なんて、ね。
くだらないことを1人考えつつ私も鶏肉を切っていれば、臼井先輩と柄本君が話し始めた。

…空気、私は空気。I am air...!!


『(…なんて念じても、いやでも耳に入ってくるんだけどね。2人の会話。)』

「臼井先輩は部の皆のことをちゃんと把握してるし、チームのこと1番考えてるし、僕もそうなりたいなーって…。僕は皆に迷惑をかけてばかりで、サッカーも下手なので、気を遣ってチームのためになることをしなくちゃって…」

「なにか思いあがってないか、お前は。
チームのため? そんなこと考えられる立場なのか?」

『(ヒィィィィィっ! ここから消え去りたい!)』


意地悪い顔でそう言う臼井先輩が恐ろしく、聞こえないフリをするも…それは敵わない。
柄本君ファイト! 負けるな!
そう念じていたけれど、それは杞憂なようで…


「水樹ってさ、ホントに下手くそだったんだ。
けどいつの間にか誰よりも強くなって評価は逆転した。当時はそれを認められなくて…"怪我しろ" "車にひかれろ"、そう思ってた。」

『(臼井先輩がいうと本当にそうなりそうだな)』

「自分のことしか考えてなくて、チームなんてどうでもよかった。でも副キャプテンに任命された時、初めて後ろを振り返った。皆前だけ向いていて、1年前のオレがいるって思ったら…こいつらを勝たせたいって、初めてチームのことを考えたんだ。同時に、前だけ見てやってきた日々が正しかったことを知れた。
聖蹟サッカー部の50年の歴史はそうやって走ってきた先人達の遺産なんだ。」

『…………』

「1年のお前にはとても背負えないよ、柄本。
だからさ、柄本…お前は前だけ見てればいい。自分のことだけ考えて、とにかくレギュラーを目指せ。チームのことは俺達に任せろ。」

「…!!
はいっ! 僕…、少し走ってきます!!」


エプロンを取ってササッとキッチンから抜けていった柄本君。その時、チラッとだけど、リビングで殴られてる1年バカトリオを見つけた。どうやら君下先輩がトイレに行ってる間に遊んでたらしい。

…それにしても、


『…臼井先輩は本当に高校生なんですかねぇ。まるで営業でいい成績をおさめるバリバリのセールスマンの持論のようだ。』

「咲は時々変なことを言うよな。オレはいたって何処にでもいるサッカーが上手な高校生だよ。」

『自分で上手とか…でも事実なのがまた憎たらしい。』


チキン、スタンバイオッケー。
味を染み込ませた鶏肉を、熱した油に投入。パチパチと時折飛んでくる油を気にしてか…臼井先輩は「オレがそれやるから、咲はカレーを見てて」とこれまた王子発言。高校生でこれだと大学生、社会人になったらヤバイな…この人いつか調子のって浮気とかするんじゃね? 知らんけど。

そんなことを考えていれば、キッチンに水樹キャプテンが登場。何やら難しそうな本を持ってるけど、絶対それ内容理解してないと思う。


「…臼井。」

「これで良かったんだろ? 水樹。」

「悪いな、いつもこういう仕事柄ばかりさせて。」

「いや、割とこういう役割が性にあってるらしい。それにお前がやると話がややこしくなりそうだしな。」

「かたじけない。」


グッと親指を立てたキャプテンは、最後に唐揚げとカレーの大盛り予約することを忘れずに、キッチンを出ていった。どんだけ食い意地はってんだ。


「全く…。咲、レモン切って。唐揚げ用に。」

『ラジャー』

「それにしても意外だな…お前が料理できるなんて。」

『失敬な。確かに久しぶりに包丁握りましたが、これでも前はよく自炊してたんですよ。』

「自炊…?」

『あ…(しまった、それは前の世界でだ。)
ノーコメントでお願いします。謎のある女の方が魅力的でしょう?』


ニコッと笑って誤魔化せば、「計算高い女だな」とこれまた意地悪く笑われた。そんなんじゃないんだけどなぁ。それに臼井先輩に比べたら私の脳ミソなんて皺の少ないトゥルントゥルンだよ。


『…それにしても、男子高校生の青春ってのは甘酸っぱくていいですねぇ。まるでレモンのようだ。
…ガジッ…、…ぅぇっ! 酸っぱ!?』

「バカなのか? レモンは酸っぱいに決まってるだろ。蜂蜜か砂糖に漬けたものならともかく…そのままのレモンを丸かじりするバカ初めて見たよ。」

『いやいや、世の中には甘酸っぱくて美味しいレモンもあるんですよ?』

「怪しいな。食べたことあるのか?」

『ありますよ。
ガブッと一口でも食べれば、もう魔法にかかるんです。甘くて酸っぱい、夢の世界へと。それは誘うんです。』


信じてない。ただの、暇つぶし。
唐揚げが全部揚がるまで…
それと、レモンが全部切り終わるまでの…
これは私達2人だけの戯言だ。


「それじゃ、咲は今夢を見ているのか?」

『…そうですね。そうなります。』

「フッ…今見てる夢は楽しいか?」

『…楽しいですね、不本意ながら。』

「何で不本意なんだ?」

『あら、ご存じないですか?
魔法にはいつも縛りがあるんですよ。例えば、白雪姫に出てくる毒リンゴには…愛しの人とのキスで目が覚める。シンデレラなら…』

「12時になったら魔法がとける、とか?」

『分かってるじゃないですか。』

「流石に童話くらいは知ってるよ。
…それで? お前にはどんな縛りがあるんだ?」


最後の唐揚げをひょいとお皿に移した臼井先輩が、長箸を置いてこちらを見た。
ニヤニヤと、楽しそうに。
そうだ。
これはただの、暇つぶしのための余興話だ。


『…さぁ? 例えばナニカが目覚めたり、3年の時が経てば…私にかけられた魔法は消えるかもしれませんね。』

「なんだよ…肝心の最後は未設定か?」

『ただの戯言じゃないですか。
それに、仮に本当に私が魔法をかけられてるとして…それがとけるのは必然的でしょ?
だったらその時が来るまで今を満喫するのみです。』


切ったレモンを唐揚げの皿に盛り付け。それをテーブルに置いて…「できたぞ」とリビングにいる人達に言えば、お腹を空かした彼等は獣のようにやって来た。こわい。バッファローみたい。


「…咲、さっきの話だが…今を生きるのは良いことだが未来もちゃんと考えろよ。」

『…ありゃ、御忠告アザッス。』


各自カレーを注いで、"いただきます"。
美味しい美味しいと食べてくれる皆を見つつ、私は帰り支度をする。彼等のうち何人かはここに泊まるようだけど、私はお家へ帰りましたとさ。



…ちなみに、大柴先輩、来須君、新戸部君、白鳥君は何とか欠点を免れた。
一方、水樹キャプテンは…


「全部欠点だった。」

『やるじゃないですか。』

「咲、誉めるな。」

「でも夏の勉強合宿は行かなくていいらしい。進路が決まってるから。」

『サッカーのプロですもんね。てゆうか、それなら勉強会に参加しなくても良かったんじゃ?』

「一応後輩にしめさなくちゃいけないだろ?」

「そうだ。それにオレは臼井のカレーが好きだ。」

「ありがとう、水樹。」

『アンタら結婚すれば?』





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