▽ 誰がお義父さんだ(鯉伴side)
「それじゃあ…あんたは産まれた時には記憶がなかったわけか」
「そーゆーことですよ、お義父さん」
「誰がお義父さんだクソガキ」
化猫屋なう。
小さい男の子のたつや君…もとい坂本先生が現れて早くも5年が経つ。オレと先生の前にあるのは飲みかけのアルコール…オレはいつもの度数が高めの日本酒で、先生はマタタビジュースだ。
…ジュースと言ってもアルコールが入っているが。
「もう、本当…何でオレは記憶が最初からなかったんだって話ですよ。」
そう憤慨する小さな男の子に、「鯉菜に会えたからいいじゃねぇか」と返すものの…
「違いますよ!
もし最初から記憶があったら…おっぱいをエンジョイできてたんですよ!? 赤子だから遠慮なく、何でもできてたんですよ!!?」
「…アンタがオレと若菜の子に産まれなくて良かったぜ」
下らない理由にオレの肩も下がる。
鯉菜は記憶があったから恥ずかしがって乳を飲まないようにしてたってのに…なんだこの差は。残念すぎる。コイツが産まれて、若菜がこんな下品な目で見られなくて良かった…!!
「そういえば…この間鯉菜さんに聞いたんですけど、オレのおふくろにビンタされたんですね」
「あぁ…そういえばそんなことあったな」
「泣いてませんでした?
おふくろのビンタめちゃめちゃ痛いんで…何か逆に申し訳ないなって。オレのおふくろがスンマセンでした。」
「アンタが謝ることじゃねぇだろ…
あいつなりのケジメだろうし、気にすんな。」
隣で俯いている男の子の前にさり気なく日本酒を置く。それを目にした先生は当たり前のようにお猪口を持ち…一気に口に入れる。
「…ぷはっ! にしても…お義父さんはどこからそんな色気が出るんですか」
「誰がお義父さんだ。…普通に名前で呼べよ、先生。ついでに敬語も気持ちわりぃからやめろ。」
「…じゃあオレのことも、先生でもたつや君でもなく、達也と呼んでくれ。」
そんなこんなでー
どこか〈娘の保護者〉と〈娘の担任教師〉というよそよそしかった関係が消え、普通に友人のように話すようになったオレ達は男らしい会話に花を咲かせる。
「女の子落とすテクの一つや二つ…教えてくれよ。今世こそオレは3次元の彼女つくりたいんだ!」
「テクって言われてもなぁ…そうだな。
取り敢えず、困ってたり哀しそうな顔をしてる女を見つけたら声をかけろ。」
「なるほど…
そこで優しい言葉をかける、と!?」
『女は優しい言葉には弱いもんねぇ?』
「おぅ、手っ取り早く女掴まえるなら…弱ってる娘を狙った方がいいだろうよ。」
『弱ってるところに付け入れば、もしかするとお持ち帰りできるかもね』
「っくぅ〜! これで今世は彼女ができる!!」
『そんな下種な男に引っ掛かるのはビッチな女だけじゃないかしら。』
「そんなこたァねー…だ、ろ……」
「………よ、よぉ…鯉菜先生…」
「…息災かい? 鯉菜」
いつからいたのか…気が付いたらオレと達也の間には鯉菜がニコニコと頬杖をついてる。
ただし、
口元は笑ってるが目は笑っていない。
『お父さん?
先生はまだ子供だけど…何を飲ませてるの?』
「ちょ、ちょっと待て奴良!! オレはもう精神的には立派な…」
『黙れエロ餓鬼』
「ごめんなさい」
鯉菜の刺々しい即答に…達也も即謝罪して押し黙る。そして若干据わった目を、達也からオレへと移す鯉菜。
『先生に変な事吹き込まないでくれるかしら…遊び人の鯉さん?』
「変な事じゃあねぇだろ? 男には必要な…」
『先生はまだ外見上子供です。アンタの女を落とすテクを習得して、女を泣かす男に成長したらどうすんだよ。
…テメェの腐れバナナもぎ取るぞ…』
「申し訳ございませんでした。」
最後のボソッと呟かれた言葉に、慌てて自分の息子を隠して頭を下げる。
鯉菜が言うと本当にやりそうで怖い…
つーかお前は達也の母ちゃんかよ。
そんなことを内心思いながらも、口に出したらオレの下の命が危ないため…大人しく叱られる。
「…お義父さん…
娘さん相変わらず手強いっすね…」
「誰がお義父さんだ。誰が。」
『ちょっと聞いてんの!?』
「「ごめんなさい」」
ガミガミと怒っている鯉菜を横目に、目を合わせて苦笑いするオレ達。あんなに恋したかったこういうやり取りが…今ではもう当たり前になりつつある。
『全くもう…帰るよ!』
「おぅ」
「オーッス」
『…お前ら全く反省してねーだろ』
今日はうちに泊まる先生を真ん中にして、家への帰路に付く。家に着いた矢先、ほぼ同じような理由で叱ってくるリクオに「やっぱコイツら姉弟ただなぁ」なんて感じたのは…また別の話だ。
(「ちょっと…二人共聞いてんの? 目ん玉抉るよ?」)
(「…やっぱお前ら姉弟だな」)
(「…バナナも目ん玉も嫌だなぁ」)
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