▽ NO SPEAKING
2月3日、それは節分の日。
「鬼は外、福は内」と言いながら鬼に全力で豆を投げつけることが正当化され、日頃のストレスを発散できる良きイベントだ。
だが、節分の大イベントはその豆まきだけでない。それは皆も知っているはずだ。
もう1つの大イベント…それは、
「皆の衆! 今年もやってきたぞ、恵方巻きを黙って食べる大試練が! 今年の方角は北北西だ、準備はよいか!?」
「「「おお〜〜!!!」」」
烏天狗は左手に恵方巻きを、右手で北北西を指差す。そして奴良組の皆も各自恵方巻きを持ち、北北西を向く。
そう…今年も"この時"がやってきたのだ。
「一斉に! よいか、一斉に!!
恵方巻きを食べるのだぞ!? そして食べ始めたら喋ってはならぬ!! それでは…いくぞ、構え!!」
「「「ごくっ……」」」
「よーい……始め!!」
「「「…………」」」
「…コラッ!! 食わんか!!!」
これも、毎年恒例。
奴良組のTHE☆恵方巻き試練は、難しく厳しいのだ。
何故かって? 勿体ぶってないで教えろって?
どーしよっかなー、あ、うそうそ!!
教えますって!!
「今度こそ、じゃあ……せーの!!!」
「「「パクリ」」」
「あ! アイツ食べたぞ!?」
「笑わせよーぜ!!」
「ッ! 〜ッ!!」
「〜〜ブフォっ!! げほっごほっ…」
「その変顔はなしだろ!!」
お分かりいただけたでしょーか?
黙って恵方巻きを食べなくちゃいけないルール…それすら奴良組は遊び道具にしちゃうのだ。 食べ始めた人を笑わして、もしくは喋らせて、失格にさせるという遊び。
遊びに貪欲だろ〜それが私達だ!!
ちなみに、最後まで黙って恵方巻きを食べられだからといって、賞品があるわけではない。強いて言うならその一年元気に過ごせられるかもね、的な。
…ふむ、それにしてもだいぶ騒がしくなってきたな。コレはチャンス、今のうちに私も恵方巻きを食べてしまおう。
『いただきまーす。 …モグモグ…』
明鏡止水は使わない、それは反則だから。
だから、できるだけ気配を消して食べるしかない。
ちなみに、今まで私は成功したことがないから今年こそ制覇してやりたい。
…つぅかコレ、クリアできた人いるのか?
『…モグモグ…(あともう少しだ…今年こそ!!)』
「鯉菜せんせっ♪」
『…っ!?(何でコイツがここに!?)』
「見て見て〜…ふんっ!!」
『ブハッ!! げほっ…汚ぇっ!!』
突如目の前に現れた達也の鼻から、豆が2つ、ヒュンと飛び出てきた。これズルいよね? これやられて喋らない人いないよね?
『達也のせいで今年も成し遂げられなかったじゃん。てか何でここにいるんだよ。』
「ハッハ! 鯉伴に誘われたんだ、面白いことするから来ねぇかって。」
『あんの野郎…』
「それよりほら、アソコ見てみ?」
『! …ほぅほぅほぅ…』
達也が指差した先にはせっせと恵方巻きを食べるリクオがいた。二人で顔を見合わせてニヤリ。ターゲットが決まった。
「よぅリクオ君。」
「! (げっ…達也と姉貴)」
「見てろよ〜 …ふんっ!」
『アハハッ!!』
「ハハハっ…あれ?」
「………(モグモグ)」
「『何で笑わないの!?』」
「(それ親父が昨年やったしな…)」
作戦失敗。我が弟ながら、こいつ…手強いぞ!!
だが急がねば!!
もうすぐ恵方巻きを食べ終わってしまう!!
…あ、ひらめいた。
『リクオ』
「?」
『見て見て、乳首。』
「っ」
「ブハッ!!」
豆を2つ、乳首のところにセット。
…んー、それでも笑わないか。達也は笑ってるけど。
じゃあコレはどうだ!!
『ポロ乳首』
「ブッ!! ゲホッゴホッ!!
…な、何やってんだテメーは!!」
『何って…乳首が落ちちゃったんだから仕方ない。』
重力だもの、手を離したらそりゃ乳首(豆)は落ちるよ。ちなみに隣にいる達也は大爆笑。コイツ笑いの沸点低いな。リクオはリクオで顔に手をやって呆れ果てている。
「おいおい…年頃の娘が何やってんだい。」
『あ、お父さん。』
「…親父からも何とか言ってやってくれ。」
「任せろ。
お嬢さん、可愛い乳首落としたぜ。
つけてやろうか?」
『ァ… そんなっ…優しく、してね…?』
「親父もノッてんじゃねーよ!! つぅか姉貴はいい加減恥じらいを持て! 頼むから!!」
『「痛いっ!!」』
ビシビシと投げつけられる豆。
達也は「お前ら本当バカだよな」なんて言って笑い転げてるし、リクオは豆を全力投球してくるし、お父さんは私を盾にするし…ってオイ。
『なに人を盾にしてんだよ! アンタ父親だろ! 私の盾になって娘を守れ!!』
「オレもう歳だから!! 愛しのパパを労って!!」
『ざけんな!! ピンピンしてんじゃねーか!!』
お互いを盾にしようとする醜い姿…
気が付けば、リクオだけでなく皆私とお父さんに「鬼は外」と豆を投げつけてきていた。
勿論、黙ってやられるほど私達は大人しいたまじゃないので…
『必殺、豆返し!!』
「痛ぇっ!!」
「オレたち父娘の絆、見せてやるぜっ!!」
何処からともなく用意したラケットで、飛んでくる豆を打ち返す。家中…というか最早屋敷中に豆が散らばっており、その損害は酷いもの。
障子なんて豆で穴が空きまくりだ。
そんなわけでー、
「あなたたち…いい加減になさーい!!」
「あなた、鯉菜、リクオ?
そろそろ空気読まないと…どうなるか分かるわね?」
「勿論、皆これから片付けるわよねぇ? オホホッ」
吹雪を起こし、氷柱を降らせてくる怒った雪女…氷麗。ついで、氷麗が作ったと思われる氷の薙刀を持つ…母、若菜。そして、綺麗な髪で既に妖怪何匹かを絞めている毛倡妓。
そんな3人を見て、私達は直ぐ様悟った。
鬼を外に追いやるどころか、私達は鬼を怒らせて内に入らせてしまったとー。
そして鬼を鎮めて帰らせるには、大人しく片付けを始めなければならないことをー。
『…よぉし、皆! これから片付けるぞー!?』
「お、おぅ! 今年もこれで家内安全だなぁ!?」
「そ、そうですね! これだけ豆をまけば大丈夫でしょう!!」
「オ、オイラ、箒持ってくるー!!」
ドキドキと嫌に高鳴る心臓を押さえつつ…皆で散らばった豆を片付けたり、障子を張り替える。
だから、私達は知らないのだ。
皆がテキパキと掃除をする間に…
「よし、じゃあ今のうちに恵方巻き食べましょうか」
「今年は北北西ですって!!」
「じゃあコッチを向いて食べればいいんですね!」
北北西を向いて黙々と恵方巻きを食べる3人の鬼がいることを、私達は誰一人、知らないのだ。
(『…恵方巻きイベントさ、廃止した方がよくね?』)
(「そうだなぁ、来年から真面目にやるか。」)
(「毎年それ言ってるけど、実現しねーよな。」)
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