この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ たつや君

「こんにちわんわん!
今日のおやつは何じゃらホイ♪」

『おやつなんかありませんから。
それより20分も遅刻してますよ、先生。』


扉から少しだけ顔を覗かせてやってきたのは小さな男の子。目が大きくクルッとしており、これが坂本先生じゃなかったらあまりの可愛さに抱き着いていただろう。


「あれれのれ? そんなにボクちんに会いたかったの?? 鯉菜ちぇんちぇ☆」

『子供の姿になって先生のウザさは倍増ですね。それより…ほら、始めますよ。英語の勉強。』


先生が転生して奴良組に現れた以来、私は先生に英語や日本史など…先生の苦手強化科目を教えている。無料で先生専属の家庭教師……あれ、これって所謂タダ働きじゃね?


「つぅかお前まだオレの事先生って呼ぶのかよ。先生はもうお前だろ?」


そう、坂本先生の言う通り…私は未だこの人の事を先生と呼んでいるのだ。他に何と呼べば良いのか分からないし、呼び方や話し方を変えたら…なんだか〈坂本先生〉じゃなくなるような気がする。
そんなあやふやなことを理由に…私はこの小さな男の子を先生と呼び、敬語で話しかけるのだ。


「まぁ…別にどんな呼び方をされようが構わねぇんだがな。それよりコレ合ってんのか?」

『どれどれ…
I will go to the park at where I met the man yesterday.
違いますね。』

「即答!?」
 

関係代名詞とか意味分かんね〜!
そう頭を抱える先生を横目に、紙と鉛筆を取り出す。そして分かり易いように説明をする。


『この一文を二つに分けてみてください。
一つはI will go to the park. になり、もう一つはI met the man at the park yesterday になりますね?
これを一つにくっつける時…前置詞を文に残すか残さないかでwhichなのかwhereなのかが変わります。』

「ふぅん…
前置詞が残ったら?」

『残ったらwhichです。
なので、
I will go to the park at which I met the man yesterday.
ちなみに、atはwhichの前にあることも文末に残ってる時もあるので…見落とさないよう気を付けて下さい。』

「へー…じゃあ前置詞がなかったらwhereでいいんだな?」

『そうですね…関係副詞は関係代名詞だけでなく前置詞の役割も持っている、と覚えてくれたら大丈夫です。』

「なーる」


…多分、合ってるはず。
嘘教えたらスマンと心の中で謝罪をしながら、次々と残りの問題を解いてゆく先生を見守る。シャーペンを握り、スラスラと文字を書いていくその手は私より小さいのではないだろうか。


『…あれ…先生ってこないだ小3になったばかりですよね? 英語習うの早過ぎません?』

「んー…まぁ、早いうちに習っておいた方が力もつくかなって思って。」

『…本当にあなた坂本先生なんですか? 先生とは思えないような考えですね』

「…相変わらず失礼なやつだな、お前は。
オレは至って真面目だぞ。まだ小3にも関わらず英語ができたらカッコイイだろ? そして中学・高校になる頃には英語がペラペラになってたら…女子からモテモテだろ!?」

『本当だ。そんな下らない理由で頑張るなんて本物の坂本先生だ。』


ちょっと内心見直したのに…ガッカリだよ。「オレ今世こそ女子からキャーキャー言われる男になるんだぜ☆」って…そんな残念な発言をそんな可愛らしい外見で言わないで欲しいわ。


『至極残念です。』

「おっ、オレが女子にモテるのが嫌なのか? お前嫉妬してんのか!? オレはお前だけの生徒だから、安心し…」

『違います。
〈バカは死んでも直らない〉って本当なんだなってガッカリしただけです。』

「…奴良…そう気を落とすなよ。
オレはお前がバカだなんて思ったことあんまりねぇぞ?」

『違います。
バカは先生の事です。つぅか「一度もない」のではなく「あんまりない」んですね。』

「ひてててててっ!!」


坂本先生の頬を抓れば、涙目になって痛いと叫ぶ先生。「痛てぇよ年増!!」と言う彼の頭には大きなタンコブができたのは言うまでもない。


「…つぅか先生ってやっぱ止めろよ。」

『何でです? 別にいいじゃないですか…私にとってあなたはまだ〈坂本先生〉でしかないんですから。』

「…う〜ん…そう言ってくれるのは嬉しいんだがなぁー…」


口を濁す先生に先の言葉を促す。
するとー


「…なんつぅか…
オレは確かに〈坂本先生〉だが、〈坂本先生〉は一度死んだんだ。そしてオレは今小学生なんだよ。」

『…それは分かってます、けど…』

「つまりな、
オレは今〈坂本先生〉じゃなく、小学3年生の〈たつや〉なんだ。お前がオレのことを〈坂本先生〉として今まで通り接してくれるのはとても嬉しい。
だが…それじゃあ何だか今世のオレが拒絶されてるような感じがするんだよ…」

『そんなことっ…! 私は拒絶なんか…!!』

「分かってる。
お前にその気がねぇのは充分分かっている。それでもオレはお前に今の名前で呼んで欲しい。
…安心しろ。
オレはもう消えたりしねぇし、呼び名を変えただけで〈坂本先生〉が死ぬわけでもねぇ。
〈坂本先生〉はお前の思い出ん中で…ちゃんと生きてるだろ?」


そう言って…ニッと笑みを浮かべる坂本先生。
ーいや、 


『………たつや…』

「…おう」


きっと先生はずっと我慢していたのだろう…私の気持ちを見越して。でもこれは所詮私の単なるわがままであって、むしろ今まで『坂本先生』と呼ばせて貰ってたことに感謝しなくちゃならないのだ。


『…改めて…これからもよろしく。』

「…あぁ! こちらこそよろしくな、鯉菜先生!」

『………悪かったわね、今迄私のわがままに付き合わせて。』

「ハハッ、本当だぜ。手のかかる先生でボク困っちゃうぅ〜☆」

『図に乗るなよクソガキ』


そんなこんなで…この小さな男の子を先生と呼ぶことは本日にて終わり、今日からはたつや君と呼ぶようになったのである。





(「あ、そうだ、オレも呼び方変えようかな」)
(『? 何の?』)
(「お前のだよ。
奴良っていつも呼んでたけど…これからは鯉菜先生って呼ぼうかな!」)
(『鯉菜様とお呼び、はなたれ小僧!』)
(「んだとこの年増ババア…イッテェ!!」)




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