▽ 捕まえれるもんなら、捕まえてごらんよ。
「…であるからして、コイツは鯉菜様にくびったけなのですよ。」
「そ〜かそ〜か、そりゃあそんなこと言われちゃぁアイツも喜ぶじゃろうよ、なぁカラス!」
「えぇ! 間違いなく!!」
「あ、あの…それで鯉菜様はどちらに…?」
「「それは……」」
夕暮れで日が沈まんとする今、奴良組の屋敷中はソワソワ&ザワザワしている。
理由は3つ。
1つ目は、今日は私の縁談の日だから。
2つ目は、私がなかなか身を固めないうえに、これが何回目か分からない程の縁談だから。
そして3つ目は…
「おい! お嬢は見つかったのか!?」
「いや、まだだ!! 探せ!!」
「ったく、あの人はいつもいつも…縁談の大事な日に行方をくらまして!!」
「だから縁談当日までは内密にしとけって言ってたのに、誰だバラしたのは!?」
縁談の要である私が、明鏡止水で隠れてるから。ただいま屋根の上でドタバタしている皆を上から心身共に見下ろしています。フハハハハ。
「そんで、今日の相手は誰なんだい?」
『さぁね〜それすら私知らされてないから。』
「椿組の2代目当主、フタツバキさんだとよ。」
『あらヨルオ君、今日は早いお出ましだね。』
「椿組、か。確か奴良組の傘下に入るのを引き替えに縁談の話を持ち掛けてきたんだよな。何の妖怪だっけ。」
「古山茶の霊っていう妖怪らしいぜ。」
『「ふぅ〜ん」』
やっぱり、同じぬらりひょんだからかな。お父さんとリクオには直ぐにバレちゃう。きっとお爺ちゃんが探しに来ても直ぐにバレるんだろうな、うん。
「行かなくていいのか、姉貴。」
『いいの、縁談なんかするつもりないし。』
「ふぅん。親父は…て、親父は言うまでもなく姉貴の縁談には反対だよな。親馬鹿だし。」
「……別に。オレは反対でも賛成でもねぇよ。」
「本当かよ…怪しいな。」
お父さんの答えにリクオは訝しげな顔をしてるけど、アレはお父さんの本音だと思う。親馬鹿で私のことを愛してくれてるからこそ、父親としては複雑な想いなんだろう…
結婚して欲しい、でも、ちゃんと私の意に適った結婚をして欲しい。無理に誰かと結婚して不幸せになって欲しくない。
…きっとそんな考えをして、だからこそ、お見合いには賛成も反対もしてる。どっちが良いか分からないから私の好きなようにさせてるんだろうなぁ、申し訳ない。
「好きな奴もいねぇなら、お見合いぐらいしてみればいいじゃねぇか。今日の男は顔も良かったぞ。」
『マジで? 顔だけこっそり拝もうかしら。』
「待て、それならパパだってイケメンだろ。オレの顔で胸いっぱいになるだろ。」
『そうね、お父さんの顔は毎日見てるから胸やけで胸いっぱい。』
何回目だろう、縁談は。
最初の方は、お爺ちゃん、鴉天狗、達磨などがちゃんと私の意見を聞いてきた。
『嫌だ』『縁談? しない』『断って』
相手の写真を見る前からそう言って、頼んで…
そして皆はそれを「何でですか」とブツブツ言いながらも言うとおりにしてくれた。
「誰か気になる男でもいるのかぃ?」
『あらやだ、自分が氷麗と結婚してるからって上から目線? 弟のくせに。』
「ハッ、先輩にはちげーねぇだろ?」
「ふふん、だったらオレは大先輩だな!」
『…バツイチの大先輩。』
「ドヤ顔バツイチだな…」
「るせっ。」
「『痛っ』」
いつからだろう、お爺ちゃん達が強引になってきたのは。私の意見なんか無視し始め、縁談の段取りを勝手に進めて、私がばっくれて…。
最初の方はいつの間にか決められてた縁談にいやいや出てたけど、途中から縁談が仕組まれてる日を察することができるようになって、今日みたいに顔すら出さないようになった。
「「あ。」」
『ん、どうし………げっ、お爺ちゃん。』
「ったく、毎回毎回何をしてくれるんじゃこの馬鹿孫が!! 相手の男はお前が来るまで帰らんと言うとるぞ、早く行け!!」
『嫌だねーっだ。私はちゃんと断った筈よ。』
「断るなら断るで、テメーの口で断ってこいっつってんだ! 首無、頼んだぞ。」
「はっ、鯉菜様失礼します!!」
『ちょっ!』
お爺ちゃんの後ろから現れたのは首無で、あっという間に紐で縛られてしまった。お父さんとリクオは「頑張れ」だなんて言って徹底的な傍観者ぶり。そこからズルズル引き摺られて、聞こえてきたのはガラッという扉の開く音。部屋の中を見ると、鴉天狗と知らないオッサン、知らない男性がいた。
うん、確かにイケメンだ。なんていうの。あの、花が似合う儚げなイケメン男性みたいな。
「鯉菜、さま…?」
『…どうも。』
「お、おぉ!! 良かったなぁフタツバキ!! 鯉菜様が来てくれたぞ!!」
「総大将〜ッ!!
…首無、良くやった!! そして鯉菜様、待ちくたびれましたぞ!?」
涙を流しながら喜んだり怒ったり、大変ですね鴉天狗は。それにしてもどうしようか。向こうの親御さんはホッとしたような様子だし、このフタツバキさんは…ポケッとしてる。頬が赤い気がするけど、なに、興奮してんの? 首無に縛られてる私を見て興奮でもしてらっしゃるのかこのイケメン野郎!
『あの…』
「私、フタツバキと申します。古山茶の霊の妖怪でして…その、鯉菜様はご存知ないでしょうが、私は貴女様のご活躍を度々拝見していました。凜として先立ち、皆を率いるそのお姿に…私はいつの間にやら心を奪われていたのです。
どうか、私とお付き合いしていただけないでしょうか。」
…惚れてまうやろ!!
なんて、冗談で言える雰囲気でもないし、私もそこまで空気読めない人間じゃない。
真面目に、断ろう。
傷付けないように、優しい言葉で、丁寧に……
『あの、フタツバキさん……』
「は、はい…!」
『私………、その、……』
何て言えばいいのか、どういう風に言ったら傷付けないか。そう考えたところで、ピタッと私以外の全ての時が止まったように感じた。
傷付けないように?
馬鹿言うな、相手をフルその時点で、傷付けないようにするということは不可能だ。
優しい言葉で?
優しい言葉で補おうとも、相手が傷付くには間違いない。むしろ、ここで私が馬鹿丁寧に気を遣って答えるのも…相手には逆に辛いんじゃないか? 丁寧に私が謝罪するのも、相手に失礼な気がする。せっかく自分の想いをぶつけてくれてるのに。
それだったら……
『ありがとう、フタツバキさん。あなたの気持ち、とても嬉しい。
でも、あなたとは付き合えません。』
「!!、そう…ですか…」
『私、政略結婚とかお見合いではお付き合いしないと決めてるから。』
「……えっ……?」
俯いていた顔を上げて、困惑したように彼はこちらを見る。その後ろでは、彼の父親も驚いたようにしてて、鴉天狗は「何を言ってんだ」と言わんばかりに口をぱくぱくさせている。
『私は、奴良組3代目補佐、奴良鯉菜。
…自分よりもずっと、強い殿方が好きなの。戦いが強いってわけではなく、自分に自信のある、心強い人。だから、こういう決められた形式的付き合いはイヤ。男なら、真っ向勝負で堂々と来て欲しい。』
「……堂々、と……」
『あと、』
「……?」
『私、<ぬらりひょん>の血を持つ者ですので…
ぬらりくらりとする私を捕まえてくれる殿方じゃないと嫌なんです。』
ニヤッとして彼に笑いかければ、彼のキョトンとした顔が目に入った。お爺ちゃんは後ろで笑ってるのか、ククッという声が聞こえてくる。他の皆はポカンと口を開けている。
あぁ…そうだ。
『鴉天狗。』
「えっ、あ、はい!?」
『回状、まわしてくれるかしら。』
「へっ? どういった内容で…」
『お見合い・政略結婚などの縁談は受け付けません。私が欲しいやつは、直接奪いに来なさいって!』
「な、はあぁっ!? そんな回状…!!」
いつの間にやら解けていた紐を除け、踵を返す。
未だ戸のところにいるお爺ちゃんに、『いいよね』って聞いたら「勝手にしろ」とニヤニヤ顔でOKを貰った。これで決まり。自意識過剰なイタい回状になっちゃいそうだけど、これで縁談話は一気に減るだろう。
『あっ、そうだ。これも付け足しといて。
…私はぬらりひょん、捕まえてみれるもんなら捕まえてごらんなさいってね♪』
じゃあねと手を軽く振り、部屋を退室する。
しばらく廊下を歩いてたら、呆れた顔をしたリクオとニヤニヤ顔のお父さんと遭遇。聞いてたでしょと睨みつけながら2人の元へ行けば、「捕まえた」「一杯いこうぜ」なんて両側から肩を叩かれる。『捕まっちゃった』と私が返事を言い終えるや否や、ニョロくんがやって来て、3人でそれに乗った。
この後……
1、2杯だけ食前酒としてお酒を飲んで帰るつもりが結局深夜まで飲んでしまった私達。帰宅後、せっかく作ってくれてた晩飯を勿論食べられず、お母さんと氷麗に3人で仲良く怒られたのはまた別の話。
おまけ
「……悪いのぅ、フタツバキさんや。わしの孫娘が我が儘言いおって。」
「……いえ、むしろ、何だか惚れ直しちゃいました。鯉菜様は私なんか眼中にないかもしれませんが、これから頑張ってみます。」
「ホッホッ、罪深きお嬢様ですなぁ。」
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