この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 幸せの再確認〈下〉

『…ハァ……ハァッ…、何でっ…!』



何が真実なのか最早分からない。
これは夢なのか。
それとも今迄現実だと思っていたことが夢だったのか。
どれが本当なのか分からないまま、ただただ走って着いた先はさっきリクオと一緒に来た神社で…


『………おとうさん…』


どうすればいいのか分からなくて、自然と口から出たその言葉。だがその洩れた言葉に、返事を返す者が1人ー


「呼んだかい?」

『……お父、さん…?』


ふらっと姿を現したのは確かに鯉伴で…
前髪で顔はよく見えないけれど、いつもの優しげな笑みを浮かべているように感じた。
何処に行っていて何をしていたのか…
色んな疑問がいくつも頭に浮かんだが、鯉伴が先に口を開いた為に私は口を閉ざす。


「なぁ鯉菜…鯉菜は家族が好きか?
親父がいて、オレがいて、若菜がいて、リクオがいる…そんなお前の家族をどう思う?」

『そんなの…好きに決まってる、じゃん…』


何故そんな事を急に聞いてくるのか。
でも鯉伴のその顔が…その雰囲気が…優しいけれど真剣そのもので、質問するのがなんとなくはばかれた。


「ハハッ、そりゃあよかった。オレもお前や若菜、リクオがいる家族が好きだぜ。
…じゃあ奴良組はどうだ?」

『奴良組?』

「あぁ。牛鬼や狒々、首無や毛倡妓に氷麗ちゃん達がいる奴良組だ。」

『…もちろん、好きだけど…』

「そうか、それを聞いて安心したぜ。」


そう言ってニッと笑ったかと思いきや、こちらへ歩み寄る鯉伴。そして私と鯉伴の間の距離が縮まるにつれて感じる違和感。


『…お父さん…?』

「鯉菜、最初で最後のオレの頼み…聞いてくれるか?」

『ちょ、ちょっと待って…』

ー どうして

「まだ幼いお前さんにこんなこと頼むのもなんだが…オレの代わりに、リクオや若菜がいる家族、そして奴良組を守ってくれねぇかい?」

『なんで……どうしてっ……』


ー 身体が透けてるの?


「…オレはもう、お前たちを守ってやることができねぇんだ。だから、家族と奴良組が大好きなお前さんに頼もうと思ってな…。
鯉菜、お前さんはまだガキなのにしっかりしてる。そんなお前だから安心して皆のことを任せるが、でも一人で何でも抱え込むなよ?
困った時、苦しい時は遠慮なく皆に頼れ。
その為の仲間だ。」


分かったな?

そう言って…
私の頭を撫でようとする鯉伴だが、その手は私に当たることなく透けて通る。
その様子に鯉伴は悲しそうに苦笑し、
そしてー


「わりぃ…もう行かなきゃなんねぇ。」

『……行くって…どこに! 嫌だよ、置いていかないでよ!! アンタがいないとどれだけ多くの皆が悲しむと思ってんだよ!! リクオなんかずっとアンタのこと探してんだぞ!?』

「…………わりぃ…」

『っ…だ…嫌だよ! 謝るくらないなら行かないでよ!! 嫌だぁッ!!』


まるで本当の子供のように駄々をこねながら、徐々に消えゆく鯉伴の袖を掴む。
否…掴もうとするも、私の小さな手が掴むのは空気のみ。
そんな私に、鯉伴が苦笑しながら最期に遺した言葉は「幸せになれ」というもので…


『お父さんっ!!!』


そんな鯉伴に向かって思いきり手を伸ばせば、それは蛍の光の如く…淡い光になって消えた。














『………ーっ!!』

「…随分と魘されてたな。」


ハッと目を覚まして体を起こせば、視界に入ったのは夜のリクオ。グイッと私の目元を乱暴に拭うリクオに、自分が泣いていたことを知る。


『……お父さん、は…?』

「親父? 親父なら…」

「呼んだかい?」


声のする方を見ると、夢で見たのと全く同じ姿・台詞を言うお父さんがいた。そしてスタスタとこちらへ歩み寄ったかと思えば、私の額に手を当てる。


「…うん、まだ熱があるな。
ちょうどさっき鴆が来たところだし、今のうちに風邪薬でも飲んどくか。」

「お邪魔しマンモス〜…って、おお!
鯉菜先生やっと起きたのか! おそよう!
鴆さんに頼まれて薬貰ってきたぞ〜!」


…そうだ。
そういえば風邪を引いて寝てたんだった。
ようやく現実と夢の区別がついた…
お父さんも生きてるし、達也だっている。


『………よかった…っ』

「…鯉菜?」

「ど、どーしたんだ!? どこか具合悪いのか!?」


ホッとしたら次々に溢れでてくる涙。そんな私の様子にお父さんも達也も心配気な顔をする。
そんな彼らに『何でもない』と返せば、お互いに顔を見合わせ…そして、


「泣いてるくせに『何でもない』?」

「そんな顔色悪いくせに『何でもない』…」

「凄ぇ魘されてたくせに『何でもない』か。」


達也、お父さん、リクオの順にジト目でこちらを見ながら言う彼ら。終いには「オレらってそんな頼りねぇか…」「『何でもない』って意味知ってるか?」などと嫌味ったらしく言ってくるではないか。勿論、遠回しに「何があったか言え」と執拗に暗示してくるそんな3人に私が勝てる筈もなく…私は夢の内容を簡単に説明した。

そして、夢の内容を話し終えると…


「姉貴、安心しろ。親父ならここにちゃんと生きてるぜ。」

「いへーほ(痛えよ)」


お父さんの片頬をミョーンと引っ張るリクオ。
ついで、


「鯉菜、安心しろ。
オレもここにちゃんといるが、達也もここにちゃんといるぜ?」

「あいだだだだ!?」


リクオにやられた腹いせか…達也の両頬を引っ張るお父さん。不器用なのか恥ずかしいのか分からないが、それでも私を元気づけようとしているのは伝わってきて…


『…フフッ…うん、そうだね。
お父さんもリクオも達也も…皆、ここにいる。』


嬉しくて、ありがたくてー
とても嫌な夢だったけど、代わりに今はとても幸せな気分に浸ることが出来た。


『私の大好きな人…皆、ここにいる。』


この幸せを当り前だと思わないように。
この幸せを忘れかけてしまった時に。
この幸せを再確認できるように。
その為なら、この〈嫌な夢〉を見るのも悪くないかもしれない。
否…この幸せを失うくらいなら、何度だってこの夢を見させて欲しい。この幸せを守る為なら、きっとなんだってやり遂げてみせるからー。




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