この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ とあるカップルのファーストキス

別に隠してたわけじゃない。
ただ、彼がその存在に気が付かなくて、聞かれなかっただけ。
だから…やましい事なんて一切ない。
ないのだけれど…


「…そういえばさ、あそこって何かあんの?」

『…ん…、あぁ…あれね。
あそこには……』

「……? 
あそこには、なに?」

『……お墓がある…』

「お墓……?」


達也の視線の先には…坂本先生のお墓が。
あそこだけ、庭が異空間のように手入れされてるから気になったのだろう。
達也は達也で、「お墓」と聞いて少し戸惑いを見せている。お人好しな彼のことだから、おそらく、聞いちゃいけなかったかなぁとか思ってるんだろう。でもここで話を変えてもワザとらしいし…追及しようかどうか迷ってるに違いない。絶対そうだ。
…さて、どうくるか。
できたら後者であってほしい。


「あー……うん……
誰のお墓か聞いてもいい?」


残念、前者できたか。


『…………先生。』

「え、…何で急に懐かしき先生呼び?」

『そうじゃない。
坂本先生………の、お墓…なの』

「…………」

『…………』

「…………なぁ、鯉菜。」

『…………』

「……お前、顔真っ赤だぞ?」

『……知ってるし。』


こちらの顔を覗き込むその顔は、ニヤニヤとしていて非常に腹立たしい。殴っていいかな。お願いだから1発殴らせてくんないかな。


「へぇ〜、オレのためにお墓作ってくれたんだ。
ふう〜ん?? 鯉菜がねぇ…」

『別に…普通でしょ。』

「あのさあのさっ、オレが現れるまでさ!
一体どんなことしてたの!?」

『はぁ? どんなことって……』

「お墓の前でオレを想って泣いた!? 毎日合掌して話し掛けたりしてたのか!? なぁなぁなぁ!!」

『…こうなるって分かってた、うん。何で私正直に打ち明けたんだろう。1分前の自分殴りたい。』


本当…人がどれだけ泣いたと思ってんだよ馬鹿野郎。それなのにコイツはそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに聞いてくるし…しかも満面の笑みだし。犬みたい。尻尾ぶんぶん振って寄ってくる犬みたい。


『ハァ…お墓と言っても一部の骨を埋めて、虫除け代わりに彼岸花大量に植えただけだけどね。』

「え! 骨あんの!? リアル骨!!」

『うん。右手…のどっかの骨だった気がする。』

「記憶が曖昧!!」


つぅかリアル骨って…ナンダソレ。
前世の自分の骨がそこにあると知った途端、感慨深そうに彼はそれを眺めている。
辛そうな顔をしてるわけでもなく、ただただ興味深そうに見ているその横顔を見て…ふと疑問に思った。


『自分のお墓を見るって…どんな感じ?』


やっと、傍にいることが許された。
また、この人と話ができる。
もう二度と…あんな想いはしたくない。

押し寄せる感情の波に、本能の赴くまま、彼の背中に抱き着いた。

坂本先生…私、この人がどうしようもなく愛おしいんです。離れたくない、これからもずっと一緒にいたい。だから、彼を守ってください。


『(…なぁんて…、何馬鹿なこと言っちゃってんだか私は。坂本先生が達也だし、達也が坂本先生なのに。)』

「………当ててやろうか?
今難しいこと考えてるだろ。」

『んーん、変なこと、考えてた。』

「オレの下着の色?」

『違うし。紺色でしょ。』

「何で知ってんだよ。」


そう言って、達也は困ったように笑う。
女心に関しては鈍いくせに、こういうのにはイヤに鋭い彼だから…
「まだコイツ引き摺ってんのか、オレは気にしてないのに」
とか思ってるのかもしれない。


「…こんなこと言ったらお前は怒るかもしれねぇけど、実を言うとオレ、1回死んで良かったなって最近思うんだよ。」

『……あ"?』

「ちょ、声が怖いッス鯉菜さん。
でも考えてみ? オレが今こうやってお前と付き合ってるのって、転生できたおかげじゃん?
前世のオレだったら…そうだなぁ、教師と生徒っていう関係上、付き合うことはなかったろうよ。」

『それは……』

「それにな、」

『……?』


腰にまわしていた腕が、やんわりと外される。
そして私の目の前にあったはずの背中は、達也が体の向きを変えたことでもう見えない。
顔を見上げると、真っ直ぐにこちらを見る眼差しと視線がぶつかって…その綺麗な瞳につい見とれてしまった。
それはもう、気が付けば抱きしめられていた、と言うほどに見とれていたのだ。


「前世の姿だとこういうこともできないじゃん。仮にオレがこんなことしてたら……オレ捕まるか教員免許剥奪されそう。」


達也の腕の中にいるからか、彼の心地よい胸の音が聞こえる。少し速めのテンポで奏でるそれは、少なからず彼が緊張している証拠。案外こうゆうのでも緊張するんだなって思ったらクスッと笑いがこぼれてしまった。


「おい……今鼻で笑ったろ。」

『そんなことないよ、フフッ』

「ほら! やっぱ笑ってんじゃん!
……何かオレばっかり意識してんのって不公平だな。…仕返し。」

『…はぁっ!? ちょ、待っ…ここ家だし!!』


ブスッと仏頂面になったかと思いきや、いじけたような顔が…段々と近づいてきた。
困る。非常に困る!
勿論嫌なわけじゃない、でもここは私の家で…つまり誰に見られててもおかしくない場所なんだ。ハグはいいけど、キスするの見られるのは嫌なんですけど!!


『誰かに見られ……!』

「いいじゃん、別に。見せつけてやれば。
……オレとキスするのが嫌なら……殴れよ。」


真っ直ぐなその目が、達也が本気なことを物語る。
珍しくも強引な手口を使われ、あっという間に奪われてしまった唇。
誰も見てませんようにっていう恥ずかしい悪足掻きと、達也との初めてのキスによる喜びで胸が一杯だ。


『……ずるい』

「でもお前も嫌がらなかったってことは…
つまりそういうこったろう?」


ニッといたずらっ子のような笑みを見せた達也が、再び私の顔に影を落とした。さっきは完全なる受け身だったけど、今度は自分からも…
と思ったところでー


「何じゃ、最近の若いモンは初心じゃのぅ。
わしの時はもっと………のぅ、牛鬼?」

「…総大将、あまりこうゆうのを覗き見するのはいかがなものかと…。」

「『ッッ!!???』」


本能的に、どちらからともなく、距離を取る。
そして声の聞こえる方を見れば、そこにいたのはおじいちゃんと牛鬼。
おじいちゃんは煙管を手にニヤニヤしてるし、牛鬼はそんなおじいちゃんを咎めながらもムズムズしてる感じ。

いつからそこにいたのか分からないし、恥ずかしいし、見てたことに腹が立つし……
あぁ、もう!! クソ腹立ってきた!!


『こんな家出てってやる!!』

「えっ!? 鯉菜!?」

『ごめん、達也。私今から家出するから3日くらい会えないかも。』

「えっ、たったの3日? 短っ!」


ハッハッと笑ってるおじいちゃんはもう知らない。アレに怒るのは時間と労力の無駄だもの。
だからこういう時は、八つ当たりに近いけど、あの人の家に赴こう。

こんな形で、私と達也のファーストキスの思い出は幕を閉じた。





おまけ

「鯉菜様…? 何故ここに……」

『フンッ、別に〜。』

「…? 牛頭、馬頭、状況を説め……」

「牛鬼様…その、人の恋路を邪魔するのは…」

「……は、…牛頭、それはどういう…」

「そうですよ牛鬼様。鯉菜様だって女の子なんだから、イチャイチャしてるのを覗き…」

「!? 牛頭、馬頭、それは…誤解なのだ!!
鯉菜様も、アレは……」

『……フンッ』

「鯉菜……!!(ガーン)」




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