▽ とあるカップルの初デート(達也side)
とある日曜日の午前11:30
「クルッポー」
「クルッポーじゃねぇよ。オレはどうしたらいいのかって聞いてんの。」
駅前で、一人の青年と鳩が向き合っていた。
いや…正確に言うと、一人の青年が鳩に囲まれている。そしてその鳩相手に青年はペラペラと話し掛けているのだが、そのシュールな光景を街行く人が訝しげに見ているのを彼はまだ気付いていない。
「クル…クルッポー」
「え? オレ? オレは…その、別に…お昼は何でも食べれるんだが…」
「クルルルッポー」
「いやいや、御前のことは食べねぇから!
安心しろよ、な?」
『別にそんなこと誰も心配してないわよ。むしろ心配なのはお前の脳味噌だ。』
「…鳩が喋った!!!」
『誰が鳩だ馬鹿野郎!』
「あうちっ!!」
こんにちは、どうも達也でございマッスル。
鯉菜と何やかんやで付き合い始めてから、今日はなんと初デートの日です!!
え? なりそめを聞きたいって?
まぁそれはまた今度ってことで、今日はオレがマイ彼女とのデート実況していくぜ!!
「てーか鯉菜さん…痛い、地味に痛い…」
『ねぇ、朝ご飯まだだよね? 私もうお腹ぺこぺこだから、先にお昼食べに行かない?』
「おっ、いいね。オレも腹減ったから先に食いに行こう! てことで、貴方様の美脚を退けてくださいませんか?」
『お昼どーゆーの食べたい?』
「無視!? この体勢で考えろとっ!?」
この体勢ってどんな体勢?
それは前屈です。さっき崩した感じの体育座りで鳩と話していた時、背中を鯉菜の膝が襲ってきてそのまま前屈になっているのです。
まだね…人通りの少ない所だから良いけどね。人通りがかなり多かったら「何あの人達、こんな所で私服でストレッチ?」って怪しまれていたよ。
まぁそれはさておき…
場所を移し、ショッピングモール。色々なお店を見て周り、どこで食べるかを悩んでいるなう。
「で、何食べたい?」
『…あそこのお店のデザート、美味しそう…』
「…じゃあ、そこにすっか。」
ブランチがいきなりデザートかよ!
そう思ったものの…確かに看板にあるワッフルアイスパフェは美味しそうだ。
結局、同じワッフルアイスパフェをそれぞれ抹茶味とチョコ味で注文し、席へと座った。
『ん、これ美味しいー!
達也の抹茶味も少しちょうだーい。』
「はいはい。お前のチョコも少し貰うぞ?」
『えー、どーしよっかなー?』
「おいコラ。」
人のこと言えねえけど…お前は何歳児だ。
自分のデザートを食べつつ、時々相手のものをこっそりと奪う。そして自分のが食べられそうになったら迎撃する。
こんな事を2人で繰り返していたからだろう…
隣の席に座っていた小さい男の子が「母ちゃん!この人達、大人なのに子供だよ!?」って大きい声で彼の母親に報告してた。母親は母親で「こ、こら!…すみませんねぇ〜お邪魔しちゃって!」って無駄に気を遣わせてしまったし、非常に申し訳ない。
だが、そんな少し恥ずかしかった食事も終わり時計を見るとー
『あっ、もう直ぐ始まっちゃうよ! 映画!』
「マジ? ポップコーン買ってねぇのに、やべーじゃん!」
予約していた映画の時間が近付いている。予約はしてるけどチケットはまだ発行していないため、まずは受付の方に行かなければならない。そのため、慌てて受付の方へと小走りで向かうが…
「ちょ…ちょっ!! 早い!! 早いよ鯉菜さぁん!? 年増のくせにっ!!」
『お黙りっ!!』
あいつ妖怪の血が入ってるから小走りが速いのなんの…普通は年を重ねると身体能力が落ちるのに、あいつは落ちる気配が全くない。
むしろ向上してね?
取り敢えず、
鯉菜のおかげでゲットしたチケット及びいつの間にやら買ったポップコーンやドリンクを手に、鯉菜と頭にたんこぶができたオレは劇場へと向かった。ちなみにタンコブができた理由は…想像にお任せしよう!
そして始まったホラー映画。
え? ホラー映画かよって?
当たり前だろ、まさかロマンティックな映画を見てオレ達がキュンキュンすると思うか? オレはキュンときても隣にいるコイツは『…ぁ"?』って怒りメーターが徐々にたまっていくことだろう。何て女だ!
「それにしても、ホラー映画ってオレかなり久しぶりだわ〜」
『…私は…うん、あんま見ないし初めてかも?
今まで見てきたホラー映画なんて怖さの欠片もないやつだし。』
「ハハッ、お前が言う怖さの欠片もない映画って、普通の人からしたらレベル高そうだな!」
『…そんなことない…』
ロマンティックは駄目。アニメ系はお互いノリノリで見るが…初デートなのに色気がないので却下。ファンタジー系は既に鯉菜が見終わっている。
…となれば、残ったのはホラー映画。
しかもリクオ君情報だと意外と鯉菜は怖いものが駄目らしい。妖怪屋敷に住んでるくせに。
「鯉菜、もし怖くなったらオレに泣きついてもいいからな☆」
『…なんか凄く屈辱的で嫌だわ。』
バシッと頼れる男を演じるオレだが…実を言うとオレも怖いものが駄目です、はい。むしろ妖怪屋敷に住んでて怖いものに慣れてそうな鯉菜にしがみつきたい!!
でも男としてそれはアカン…!
だから…何とかして…乗り越えたい、けど…っ!!
<キシャアアアアアアアアア!!!!!>
<きゃああああああああああ!!!??>
「…っ!!(び、ビビったー!!怖ぇー!!)」
突如バンッと出てくる髪の長いボサボサ頭の女幽霊に、館内にいた他のお客さんも何人か悲鳴をあげてた。オレは何とか声は抑えたけど…ビクッて体が跳ねてしまったぜ、畜生。
…そういえば、鯉菜は平気なのか?
「(チラッ…)」
『……………(瞑目)』
「…えっ、おい、お前…寝てんの?(コソッ)」
『! お、起きてるよ、勿論。』
「いや、今完全に目ぇ閉じてたよな。」
『気のせいよ、ほら、前見て。』
…いや、絶対に気のせいじゃねぇ。コイツ完全に目を閉じていた!
寝てたのか、それとも怖くて目を閉じてたのか。恐らく前者だろうけど…ふむ、様子を見よう。
「………」
『………』
「……………」
『…………(スッ)』
「やっぱ目を閉じてんじゃん。(ボソッ)」
『み、見るな、映画を見ろ!(コソッ)』
「眠いのか?(ボソッ)」
『…眠くない、ただ…突然バンってお化けが現れるのが心臓に悪いだけ。(コソッ)』
「……怖いのか?(ボソッ)」
『こ、怖くない! ただ心臓に悪いから嫌いなだけ。大丈夫、ちゃんとお話は耳で聞いてるから! 見なくても話についていけてるし!』
コレは……もしや、リクオ君の話は本当だったのではないか!? 鯉菜が怖いものが苦手なんて信じられないが、もしかすると本当に駄目なのかもしれない…!
となると、オレの出番だっ!!
「鯉菜、怖ぇならオレの手を掴んでいいから。折角なんだし目を瞑ってないでちゃんと見ようぜ?」
…………フッ、決まった……!
『……分かった。
じゃあ……手、…貸して?』
も、ももも萌えぇぇぇぇぇ!!!!
な、何だこの生き物!! 暗闇でハッキリとは見えないが、恥ずかしいのを耐えて言っているのが伝わってくる!!
それに何より…恥ずかしさからか、オレの手を握るのではなくオレの中指を遠慮がちに掴む弱々しさがオレのハートを鷲掴みしてるぜっ!!
「当たり前だろ? ほら、好きなだけ手ぇ握っとけよ。(ひゃっほおおおうホラー映画なんかもうどうでもいいぜぇぇぇぇ!!!)」
『あ、ありがと…。』
「(……なっ、何ぃっ!!?
手を握るんじゃなかったのかああぁっ!!?)」
きっとギュッと手を握ってくるのだろう…
そう悶々と妄想してお花畑の頭だったオレだが、鯉菜はあろう事かオレの手を持ち上げて顔の前に持ってきた。何してんだと一瞬思ったけど、その疑問は直ぐに解消される。
『……っ』
「(お、オレの手で……目隠しだとおぉっ!?
しかも完璧に目を隠してるのではなく、オレの指の隙間から恐る恐る映画見てるしっ!!
バンって何か来そうな時にはチラッチラッオレの手に隠れて様子窺ってるし…!?)」
お前はどこの小動物だ!
あれか、大きい物音にビクビクする兎様ですかコノヤロー可愛いなあオイっ!!
『っ!!!(ビクッ)』
「(嗚呼…もう映画なんてどうでもいいや…)」
リクオ君…ありがとう…!!
オレの手にしがみつき、時にはオレの手を盾にしながらも映画を頑張って見続ける鯉菜。いつもは虚勢をはって怖いものなしのように見えるけど、意外にも女の子のような弱々しい一面を見れたから非常に嬉しい。もう映画の内容なんて入ってこないくらいオレは浮かれてるなう。
「(そうだ…今のうちに目に焼き付けとこう。)」
きっと鯉菜のことだから、こんな姿はそうそう見ることができないだろう。そう思ったオレは…残りわずか1時間の間、映画には目もくれず、ビクビクしている鯉菜をいやらs…ゲフンゲフン…温かい目で見守っていた。
本当、ホラー映画にして正解だったぜ!
そして何やかんやで終わったホラー映画。
終わった瞬間『何でホラー映画ってヌッて出てくんの!?しかも外見キモ怖だしっ!!』と言ってきた鯉菜に、「お前もヌッと出てくるじゃん」って言い返したらアッパーされたのは今でも解せない。
さっきまでの弱々しさは何処へ行った。
『今日はありがとうね! もう遅いけど、うちに泊まってく?』
「いや、今日はいいや。明日朝早くから忙しいし。」
『そっか、じゃあまたね。気を付けて帰りなよ!』
「オレよりも自分の心配しろっての。じゃあな!」
駅前で別れ、それぞれの家へと帰る。
本当は送っていきたいところだけど、明日はオレも朝早くから用があるためここでお別れだ。
それにオレにもだが、アイツにも見廻りようの鴉が付いてるらしい。だからピンチの時には直ぐに助けてくれる安心安全、ピンチに早いアルソ○クの鴉天狗がやってくるのだ!!
『あ、忘れてた!』
「ん? どうし…うおっ!?」
去って行くあいつの後ろ姿を見ていれば、突如振り返ってこちらに踵を返す鯉菜。
そして目の前に来たと思いきや…オレの胸倉が何故か掴まれー
「…んむっ!?」
『……っ、お、お礼!
その…映画の時…手、ありがとう。
……またね! おやすみ!!』
「……………」
何故か殴られるのかと思いきや、降ってきたのは拳ではなくまさかのキス。
いや…まぁね?
今回が初めてのキスってわけじゃないし、今日の初デートではまだ1度もキスしてなかったし…
だからぶっちゃけ「そういや今日キスしてないなぁ」なんて別れ際に思ったけれども!!
「……今のは……ずりぃだろ…」
向こうからキスしてくれたのは初めてで、しかもキスした後のあの顔は……ハッキリ言ってズルイ。
「……電車…乗れねぇじゃん。」
これから自宅に帰るのに電車に乗らなくてはならないのに、こんな真っ赤な顔で乗れるはずがない。汗もヤバい。しかもニヤケがおさまらなくて手が口から離れない。これ完璧に痴漢に間違えられて捕まるパターン。
「くっそ〜…さっき別れたのにもう会いたくなってきたわ…」
結局…
顔のほてりとニヤケをおさめるため、オレはしばらく駅のベンチで一人たたずむのであった。
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