▽ それぞれの想い<中>
大学受験が終わり、入学式まで残り2週間程度。
独り暮らしをすることになり、そのための準備を着々と進める日々。
今日もその買い出しのつもりで外へと出かけたつもりだったのだが…
「達也殿、少しお時間を頂戴したいのですが。」
後ろからかかった声に振り向けば、着物姿に長髪のオッサンがいた。
いや、オッサンは語弊があるかもしれない…おじさまとお呼びした方がいい気がする。オレの命のことを考えても。
「どど…どちら様でございますでしょうか?」
やっべ!
噛みまくったし、怖くて敬語もおかしくなった。何この人…取締役みたいな雰囲気!! オレまだ働いてないけどもうクビにされるの!? どうしよう!!
「…失礼。私は奴良組傘下牛鬼組の牛鬼です。
本日は鯉菜様について、2人だけでお話ししたいことがございます。」
「…………あぁ! 牛鬼さんか、知ってる知ってる!
よくリクオ君と鯉菜から聞いてるよ。」
奴良組ラブな暴走オジサマだよな!
……なんてそんなことは恐ろしくて口には出さないけど。
取りあえず、話って何スか?と聞けば場所を変えようと言われたので移動なう。世間話をしながら牛鬼さんへ着いていくと、辿り着いたのは静かな和菓子のお店。若い娘がたくさん集まるような喫茶店に比べ、京都のような落ち着きある喫茶店だ。
「へー、こんな所にこんな穴場があったとは。」
「……すまない。若い衆が集まるような洒落たお店が苦手でな。ここしか思いつかなかった。」
「いや全然問題ないっす、こういうのもオレ好きなんで。あっ、オレ甘いもん頼んでもいい?」
「フッ……あぁ、私も何か頼もう。」
なんだこの人。一見恐いけどめっちゃ良い人じゃん! ここは私が奢らせて貰おう、好きなのを選べとか…もうオレのハートを射止めてどうするつもりなんだよこのオジサマは!!
そんなオレの心境を露知らず、牛鬼さんはオレに急な爆弾を仕掛けてきた。
「単刀直入に聞くが…
達也殿は鯉菜様のことをどうお思いで?」
「………………取りあえず、オレのことは達也って呼び捨てで呼んでください。」
「……分かった。では達也、改めて聞くが、鯉菜様とはどういうご関係にあるのですか。」
なーんで牛鬼さんがこんなことオレに問うんだ?
まさか牛鬼さんはあいつのこと好きなのか?
…いや、それはない気がする。むしろこのオレを見る目…第二のお父さんかっ!?
「鯉菜はオレにとって…友達というか、最早家族のような存在です。それ以下でもそれ以上でもない…ただただ、大切な人だ。」
「それはつまり…恋愛感情は一切ないということか。」
「……それはどうでしょうね。」
見抜こうとしてくる目…これは怯んだら負けだ。
その目から逃げるようにしてオレは言葉を濁すが、牛鬼さんは諦める様子もない。
根負けしそうになったところで運ばれてきた抹茶パフェときなこアイスに、オレはホッとしながら抹茶パフェに手をつけた。
「そんなこと聞いてどーするつもりなんですか。まさか…鯉伴に頼まれたとかじゃないですよね。」
「…2代目は関係ない。これは私個人の考えのもと動いてるだけだ。」
「ふぅーん…じゃあその牛鬼さん個人の考えを聞かせてくれませんか。何を考えて…誰にも邪魔されないような場所でオレと話そうと思ったんスか?」
「…なるほど。思っていたより頭がきれる男のようだな…話が早くて助かる。
率直に言おう。鯉菜様にそのような感情がないならば、今後一切鯉菜様に近付かないでもらいたい。」
「……は?」
この時のオレは一体どんな顔をしていたのだろう。
間抜け顔だったか、それとも怒っていたか、ショックを受けていたか…自分でも分からないほどにこの時のオレは真っ白だった。
「知っての通り、我々は妖怪任侠者だ。そして鯉菜様はその3代目補佐。公にはしてないが…実際は影で危険な任を引き受けることもあり、時には危ない目にあうこともある。
だがもし人間を夫にすればそれは鯉菜様の弱みとなり、より一層危険がその身に降りかかるでしょう。そうなると危険なのは鯉菜様だけでなく、達也も命を…また、落とすことになるやもしれん。」
「…………あっそ。
牛鬼さん…あんた今<また>ってわざと強調したけどさ、オレは別に鯉菜のせいであの時オレが死んだんだとか思ってねぇから。」
「鯉菜自身がお前を殺したと思っているとしてもか?」
「…………何が言いてぇ。」
ジロッと睨んでくるダンディーなオジサマに、オレも負けじとギロッと睨み返す。
食べ終わるのは牛鬼さんに負けたが、この睨み合いではオレは負けんぞ!!
「いくらお前が気にしてなかろうが、鯉菜は未だその責を背負っている。だからこそ…お前が幸せになることを見守っているのだ。」
「…………見守る……?」
「今まで何故鯉菜が縁談を断ってきたと思う。何故他の男に見向きしなかったと思う。思い通りの男性に出会わないと言ってるかもしれないが、それはあくまでも表向きの理由だ。
本当は…鯉菜は今、賭けをしている状態だ。」
「賭けって……あいつが? 誰と。」
何かよく意味分かんねぇ。いや確かにあいつは変なところで責任感強いから、きっとまだオレを殺した事に対して罪を感じてるんだとは思う。
けど…それと鯉菜の恋愛事情がどう関係するのかオレはちんぷんかんぷんです。この溶けてる抹茶の如くオレの脳も蕩けて活動中止なうです。
「達也…お前が鯉菜の元へ行くのか、それとも去るのか、それを賭けてるのだ。」
「…去るってなんだよ。」
「鯉菜ではなく他の女と結ばれたら、ということだ。」
「仮にオレが他の女と結ばれたとして、何でそれが鯉菜との関係を絶つことになるんだよ。
言ったろ? オレ達はもう家族みたいなもんだって。別に鯉菜の所へ遊び行ったって…」
「……たわけが。」
えっ…今なんかボソッと黒いこと言わなかった?
てか腕組んじゃって説教モードに入ってませんか!?
「鯉菜がそのようなこと許すはずないだろう。仮に貴様が他の女と結ばれたとすれば、鯉菜はきっと奴良組に来るなと言う。貴様だけでない…貴様が選んだ女をも争い事に巻き込まないように、わざと距離を置くのだ。
そうまでする程に…この世界は厳しい。
そうまでする程に、鯉菜はお前の幸せを願ってるのだ。」
「………………」
「鯉菜との付き合いが長いなら分かるだろう。自分が正しいと考えた目的のためならば、鯉菜は何でもするやつだ。
急に貴様に冷たくしたり、追い出したりするのも容易にやるぞ。」
……確かに…想像できるわ。
にしても、結婚OR疎遠って…両極端過ぎね? 中間ないの、中間。あ、中間が1番危ないからか。
結婚すればきっと奴良組本家に住むことになって、最早そこが1番安全地帯だもんな。疎遠は関係ないから危険に巻き込まれることなし。中間は…いざ巻き込まれた時に助けに行きにくいって事だよな。
「……今ここで答えを出せと言うわけではない。
だが、できるだけ答えは早いほうがいいだろう。そっちの方が互いに傷も深くつくまい…万が一の時にはな。」
「……ちなみに何でこの話をあんたがしたんだ?」
「…私は初代の時から奴良組にいる。つまり鯉菜もリクオも私の孫のようなものだ。2代目に続き3代目ももう幸せな家庭を築いているのだ…となれば、3代目補佐の鯉菜にも早く家族を持って幸せを築いていって欲しい。そう思うのは変か?」
「……いや、変じゃねぇ。良いおじいちゃんじゃん?」
「……フッ、それにぬらりひょんの血を継ぐ者が増えることで、奴良組も一層強く広くなるかもしれないからな。」
「そっちが本音ッスよね。」
何はともあれ…牛鬼さんの考えも鯉菜の思ってそうなことも分かった。
正直…オレも鯉菜との関係に少し疑問を抱いていた。
このままずっと家族みたいな感じなのか?
付き合って結婚するのか?
でも長く<家族>をやり過ぎたこともあり、今更恋愛事情を持ち込むのも何だか気まずい。
ぶっちゃけ鯉菜ってオレのことどう思ってんの?
モテないはずないのに、何で付き合わないんだ?
……色んな疑問がふとした時に頭に浮かぶが、でもそこで一線を越えようとしたらオレ達のこの居心地の良い関係が消えてしまいそうで…。
「……牛鬼さん、オレ、もう逃げねぇわ。」
「………。」
「けど即決もできないし、鯉菜には嘘偽りなく向き合いたいし……少し考えてみるわ。」
「……あぁ、それがいい。」
キリッとして言えば、ようやく満足そうに微笑みを浮かべて牛鬼さんは頷いた。
話を聞いてくれてありがとう、いえいえこちらこそ抹茶パフェありがとう、なんてお礼を言いながら店を出るとカーカーと聞こえるカラスの鳴き声。見上げれば電信柱や屋根に何羽かのカラスがいて、しかも何だかこちらを見ているような感じがした。
「……愛されてるな、達也。」
「え、カラスに? 要らねぇよそんな愛。」
「……私は一応リクオを襲った前科者だからな。私と一緒にいるところを見て、あのカラスは監視するよう命じられてるのだろう。」
「ふぅん…誰か知らんけど心配性な奴だなぁ。
(…てか襲ったって、この人ソッチ系の人!?)」
「1つお願いしときたい。今回のことは鯉菜様には内密にしておいてくれるか。
余計なことをしたとバレたら私の命が危うい。」
「あー、おう。分かった。
(オレはどうやら対象外なようだ、良かった…)
気を付けてな!」
そんな挨拶を最後にオレ達は分かれた。
あのカラス達はいつまでオレをつけてくるんだろうとか、もしくは今までも見られてたのかなとか、とてつもなく気になったけれどー…
「オレにとって鯉菜って……何だろう。」
これからはこの件について考えよう。
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