この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ それぞれの想い<上>

「お嬢ってまだ…達也さんとは付き合ってないんですよね?」

『まだ…って、付き合うの前提ですか、毛倡妓。』

「えっ、当初より付き合うつもりだったから今まで他の男に興味を示さなかったんじゃないんですか!?」

『何それ、新たな計画的犯行?』


ぱんっと振るっていい音をさせながら、私と毛倡妓は洗濯物を干す。
ポカポカと綺麗な春日和な空の下で繰り広げられるのは、何やら犯罪臭のするお話。仮に私が最初から達也を狙ってたとすれば…私は小さい男の子を育てて、大きく立派になったところでペロリといただく変態じゃないですか。逆源氏物語じゃん。コワっ。


「じゃあ…いつまでご結婚なさらない気ですか? 達也さんももう大学生になるんですし…いい加減お付き合いを考えてみても。」

『何で私が達也と…』

「達也さんのこと…好きなんじゃないんですか?」

『……好きよ。でもー、』


確かに私は達也の事が好きだ。
でもそれが恋愛感情かって聞かれると…怪しい。
なんせ私達は一緒の時を長くすごしすぎたのだ。坂本先生の時には約2年間…そこから10年はたったものの、達也とは10年以上連れ添っている。
一緒に住んではいないけれど、週に3〜4回は家へ遊びに来てたのだ。最早私達の関係は…


『友達関係じゃない…達也はもう、家族なんだよ』

「……家族、ですか。」


友達なら恋人関係に発展しても何らおかしくない。でも、既に家族のような関係にあったら…今更恋人同士になろうとしてもむず痒くて難しいと思う。


「ちなみに若菜様も鯉伴様も、お嬢が達也とくっつくのだと信じて疑ってない様子でしたよ。もちろん、他の皆もですけどね。」

『……お父さんもなんだ。』

「えぇ…アイツ以上の鯉菜の理解者は他にいねぇだろうって仰ってました。」

『そう……』

「また、1番の鯉菜の理解者はオレだけどな、とも言ってました。」

『ウザい通り越してキモい。』


お父さんもお母さんも私に早く結婚しろとか言わない。それは鴉天狗とかおじいちゃんが事ある毎に言ってくるからかもしれないけど…多分私の気持ちとかを尊重してくれてるんだと思う。
勿論それはありがたいことだし嬉しいけれど、でもその優しさが時々私としては罪悪感で辛く感じることもある。


『……確かに、結婚するなら達也がいいかなとは思う。私の前世を知ってるうえで私のことを受け入れてくれたわけだし…坂本先生を兄と共に殺した私を許してくれたんだし。
恋愛感情の<好き>はあまりないけど…でもこれからもずっと一緒に居たいって思う人は達也以外にいないし、これからそんな人現れる気もしないんだよね。』

「でしたら、達也さんにそのお気持ちを伝……」

『でもさ…』


毛倡妓の言いたいことはよく分かる。もし家族のような存在が実際に家族になったら、それは願ってもないことだ。
だが…あくまでもそれは私の勝手な願いなだけ。


『達也は今…第二の人生を歩んでる。ちょうど今が青春時代とも言えるし、今からが色んな人の出会いが転がってる。
仮に…もし上手くいかなくてまた独身まっしぐらの道に行きそうだったら、私は迷うことなく達也の手を取るよ。けれど、そうでない限りは私は達也の邪魔をしたくない。』

「鯉菜様……」

『……今まで散々人の人生をぶち壊してきたんだ。せめて達也には…自分で自分の道を切り開いていってほしい。私が達也を選ぶことで、達也の未来を狭めることはしたくない…。』


そうだ。
もし私が達也の手を取ったら、きっと達也はその手を握りしめてくれるだろう。
「しょうがねぇなぁ」「付き合ってやるよ」
少し頬を赤らめて、はにかみながらそう言うと思う。でも私と人生を共にするということは、達也もこの妖怪任侠の世界に足を踏み入れるということになる。既に巻き込んでしまったし、いつまた巻き込まれてもおかしくない今だけど……


『達也が他の普通の女性を選べば、きっともう…私達の危険なことにも巻き込まれることもない。それにそっちの方が…普通の幸せな人生を送ることができる可能性が高そうじゃない?』


私が達也の妻となると、きっと達也には選ぶことのできない職種が出てくると思う。仮にその職業が達也の夢だったら、達也は私との道を選んだばかりに、自分の夢を諦めなくてはならなくなる。
そんなの…優しい達也は「気にするな」って笑うだろうけど、私が自分のことを許せなくなる。


『お互いのためにも…それがいいんだよ。』

「……ふぅ……お嬢のお考えはよく分かりました。
けれど、1つだけ、側近としてお嬢に言わせていただきます。」

『ん…?』


急に背筋ピーン!とする毛倡妓に、私の心臓は少し跳ねる。なになに…私怒られるようなこと言った?私叱られちゃうの!?


「先程お嬢は『今まで散々人の人生をぶち壊してきた』と仰いましたが、それは間違いです。私はお嬢の事をよく知っているつもりですが、それでも前世の事を含め…私の知らないお嬢もまだ沢山あることでしょう。なので、お嬢が人の人生を全く壊さなかったとは決して言いませんが…お嬢が多くの人を救ってきたということも決して忘れないでください。」

『…ぇ……(誰か救ったっけ…)』

「…鯉伴様や狒々様、若、犬神…その他にもお嬢のおかげで救われた人は多くいますよ? お嬢が思っている以上に……ね。」

『…………そっか…、うん、そうだね。
ありがとう、毛倡妓。忘れてたよ。』


確かに…
自己満足でやったようなことでも、結果として周りがそれを「救われた」と思えば、それは「救った」ことになるんだよな。当たり前な事だけど…捻くれて面倒くさい性格をしていることから、そんなことも分からずにいたよ。


「それと、これは質問なのですが……
もし達也さん自身がお嬢を選んだ場合、その時お嬢はどうされるおつもりですか?」


どうされるおつもり…って、
そんなの決まってんじゃん!


『ありがたく、喜んでお付き合いさせて貰うよ。
ちゃんとそれが…達也が考えて出した結果ならね。でももしそれが私を憐れんでやった事だったり、誰かに頼まれてやった事だったら……』

「…………だったら?」

『達也と関係者全員まとめてぶん殴って簀巻にして川に流す!!』

「…クスッ…その時にはお手伝いさせていただきます。」

『頼りにしてる。』


しみったれた話はこれで終わり!
そう言わんばかりに、2人で笑いながら洗濯物を干す。ついつい話に夢中になっており、いつの間にか2人とも作業が遅れていた。まだまだ干さなくちゃいけない服が沢山残っている。


『あっ、今の話…分かってると思うけど達也には秘密よ? 言ったら針鼠呑ませるからね。』

「分かってますよ。
てかそれは動物愛護団体に訴えられますよ?」


パンっと鳴る洗濯物と笑い声。
それらが響き渡っていたこともあるけれど…
洗濯物におわれていたことと毛倡妓との話に夢中になっていたことで、私は全く気付かなかった。
この時…


「……達也、か……。」


とある者が影でこっそりと私達の話を聞いていたことに−。




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