この手に掴んだ幸せを(短編) | ナノ

▽ 風邪引く馬鹿もいる。

例えばの話だけど、
もし好きな人に熱い眼差しで見つめられたら…

…どうする?





「…鯉菜」

『達也……』

「オレ……、もう…無理、かも…っ」

『……達也…ッ』


顔をほんのり赤く染めた彼は、付き合い始めてまだ日の浅い恋人の達也。
息も荒く、熱い吐息が時折もれる。
汗で濡れた額から…
ひとつの滴が、一本の線を引いた。


「鯉菜…オレッ、もう無理…!」

『ま、待って達也……ちょっ、』

「……暑ッッッつい!!!」

『だから、…待てっつったろーが!!』


ガバッと布団を押し退けて起きた彼は、現在39度の熱をもっている。
事の始まりは3日前。
奴良家でお父さんと達也が何故かチャンバラごっこをし始め、強くもない達也はアッサリ負けた。しかも池に落ちるという定番付きで。その後は風邪ひかないよう一応お風呂に入らせて、さっさと家へと帰らせた。
……のだが、



<おかけになった電話番号は、現在電波の届かないところにいるか……>

『……出ない。』

「姉貴、何か怒らすようなことしたんじゃね?」

『……身に覚えないんだけど……』



LIMEで連絡するも既読スルー…
いや、正確に言えば、最初だけ既読スルーで後は未読。電話もメールもGmittorも、連絡取ろうとしても反応なし。
何かしたかしらと頭を悩み始めて早くも3日がたった今日…クヨクヨウジウジしてる自分に気がついて腹が立ったのだ。


『本当…私が達也を殴りに行こうと決意して良かったね。下手したら手遅れで熱で死んでたかもよ?』

「…オレの返事が来なくてお前が落ち込んでたってのは普通に嬉しいし、こうやって看病してくれんのはありがたいんだけど…何でかな、何でそこで怒りスイッチが入ってオレを殴る方向に行くのかな。」

『女々しくウジウジする私なんてさ、キャラじゃないっつーか…らしくないじゃん?
私らしくないことをさせた達也にムカついたから、取りあえず一発殴ろうかと。』

「そこは心配しようぜ〜……ゲホッ
オレに何かあったんじゃないかって」


おでこに冷えピタを貼った達也はやはりキツいのか、息が荒くて目も朧気だ。暑いと布団を除けてパジャマを脱ごうとしてるけど…うーん、熱の時は汗かいてよく寝るのがいいんじゃなかったっけ。


『…さっき着替えたばかりだけど、もう汗で湿ってるね。またパジャマ替えようか。持ってくるから、その間パジャマ脱いでタオルで汗拭きな。』

「んー……」


濡れタオルと乾いたタオルを傍に置き、替えのパジャマを取りに行く。そしてそれを手に戻れば、達也はタオルで自身の身体をテキトーに拭いているではないか。そんなんじゃ汗もちゃんと拭けないし、意味ないじゃん。仕方ないなぁ。


『ほら、貸して。拭いてあげるから。』

「ん……」

『全く、まさか達也が風邪を引くとわねぇ〜
バカだし丈夫だと思ってたから、何だか意外。』

「お前オレを何だと思ってんの?
そういう鯉菜は…って、あ、そうだわ…
馬鹿は風邪引かないから、お前は引かないよね。」

『馬鹿はアンタでしょバーカ。
馬鹿は風邪引かないっていうのは、馬鹿は風邪引いても引いてることに気づかないって意味なんだよ。元教師なのにそれすら知らんとは…馬鹿は死んでも治らないってか。』

「おまっ……さっきから恋人に馬鹿を連呼するとは……しかもオレ病人だし、ゲホッ…ゲホッ!!」

『ほらー、大人しく寝とけ。』


身体を拭き、ゆっくりと、慎重に、達也にパジャマを着らせる。にしても、やはり熱で体が思うように動かないのだろう。達也の腕をとって袖口を通したり、ボタンを全部とめてあげたりとしてあげてるのだが…


『(妙に静かだな…)生きてる?』

「……何で?」

『何でって……あまりに大人しいから?』

「そうじゃな…ゲホッ! ヴオェェッ!!」

『あ、それよくオッサンがやる咳みたいなやつ』

「るせ。
……なぁ、どうしてお前は……」

『うん…?』


どうしてと…
俯きながら言葉をもらすその姿はとても切なくて、声も少し震えていた。風邪のせいなのか。それとも、それは男がよく隠したがる“弱い姿“なのだろうか。

よく考えたら…私は達也に今まで何度も弱い部分見せてるけど、達也はほとんど見せてくれないような気がする。


『……ねぇ、達也……』

「鯉菜」

『ん…どうかした?』

「何でお前は…」

『うん……』

「俺を……」

『……うん…』

「襲ってくれないの?」

『……んっ????』


あれ、なんだろう。聞き間違えかな。
きっとそうだよね。
子犬みたいな目をして普通「襲ってくれないの」なんて人に聞かないよね。そうだよね。


『ごめん、
聞こえなかったからもう1回……』

「何で俺を押し倒して襲ってくれないの!?」

『おっかし〜な〜
ごめん、もう1回言ってく…』

「だーかーら、何で襲ってくれないの!?
普通さ! 恋人がさ!
熱だして、顔を赤くして、息荒くして、ハァハァ言ってるんだゲホッ!? ぞんな姿見だら普通はグォホ興奮して襲いたくなブフルッもんだろゴホォィ!?」

『いや咳のし過ぎで何言ってるのか全然分からないんですけどってわけで取り敢えず寝れば?』


そう冷たくあしらえば、グスングスンと嘘泣きをする始末。挙げ句「逆の立場だったらオレは襲ってあげるのになぁ、あぁオレってほんと親切」とぐちぐち言っているが、それは親切ではない。ただの我満ができない変態野郎による迷惑行為に過ぎないだろ馬鹿め、はげてしまえ。


「オレだってなぁ…
オレだって…襲われてキュンキュンしたいの!」

『まだ言うか。
つーか大の男が口尖らして子供みたいに駄々こねても可愛くないからな? (本当は少し可愛いけど)』

「やーだやーだやーだー」

『ちょっと、あんま暴れると…』

「っっ……ゲホッ! ヴオェェッ!!」

『(…もう少しマシな咳ができないんかいな)』


体調が悪いくせに暴れやがって……
このままじゃ良くならないじゃない。良くならないということは、その分、私も看病しなくちゃいけなくて大変てことだ。それはマジ勘弁願いたい。
……となると、


『……少し』

「ん?」

『体調悪くなるから、少しだけだから…』

「……鯉菜!!」

『泣くほど嬉しい!?』


取り敢えず…
キスして、耳攻めて、首攻める……?
それくらいでいいですよね!?
だって、相手は病人ですもの!!

達也の熱とは違う熱さが、私の身体を支配する。
心臓の音が漏れてるんじゃないかって程うるさいし、こちらを期待に溢れた目で見てくる達也の視線も熱い気がする…

これはもう、
さっさとおわらせるしかない…!!


『た、達也……』

「鯉菜……」


達也の左手と私の右手を絡め、反対側も同じように絡める。そのままゆっくりと押し倒すように、彼の顔の両側に、繋いだ手を押さえ付けた。
じっと見つめ合い、何秒たった時だろうか…
2人の影が1つになろうとした時ー


スパァン

「あらよっと、おっとさんだよ♪」

「ッッ(ビクッ!!)」

『ッッ……!!
お、おおお、お熱計りまぁーすぅぅ!!』

ガンッ!!

「いってぇ〜!!?」

「……何やってんだお前ら」

『〜ッッ』


勢いよく開いた襖から現れたのは、何故かひょっとこお面を被ったお父さんで…
私と達也と言えば、(キスしようとしてたのを誤魔化すために)私が全力でやってしまった頭突きのせいで、痛みに悶えている。
つーかこれ頭割れたんじゃね?


「……オレでも頭突きで熱計られたことねぇのに、達也お前何やらかしたんだぃ。」

「……誰のせいだよ!」

「つぅかお前さんは病人にも容赦ねぇな、ハハッ!」

『だから、誰のせいだよ』

「ククッ……フハハ……
フハハハハハ! 愉快痛快だねぇ!!」

『「(コイツ…絶対に確信犯だ!!!)」』


わざとらしく大声で笑うその姿は何とも腹立たしいが、あのやり取りを見られてたのかと思うと恥ずかしくてやりきれない。

そんなこんなでひょっとこ野郎は消え去り、またもや2人っきりになったのだが…


「なぁ……」

『はい』

「氷、ある?」

『ですよね! すぐ持ってきます!!』


思いがけない頭突きの痛みにより、
その後、私達はおでこに氷を当てながら安静にしてましたとさ。







ーーーーおまけーーーー

「お前どんだけ頭かてぇんだよ。」
『ごめんて。つぅかあんたが変なお願いしなけりゃこんなことにはならなかったんだよ。』
「そうだぞ達也。病人は安静が一番だぜ。」
「るせぇよ、てかそのお面どっから拾ってきたんだよ。ムカつく顔しやがって。」
「あー…どっかで拾った」
『変なもの拾って帰るその癖いい加減直したら?』




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