▽ 幸せの再確認〈上〉
『……っ
何故に今更…この夢を見る…』
悪夢に魘され、ガバッと起きれば…それが夢だったことにホッとする朝。
久しぶりに見た…
山吹乙女に父・鯉伴が殺されるという、小さい頃に毎日見た夢。
『(汗かいた…着替えよう)』
汗で湿った寝間着が気持ち悪い。それに、このままでは風邪を引いてしまう。
そう思ってタンスの方へと向かえば…
『……はっ…?』
近くにある鏡に映ったのは、小さい頃の私だった。
そうー
ちょうど、毎日悪夢を見ていた頃の私…。
「失礼し…ま…、…お嬢っ…!?」
『あ、毛倡妓。おはよう。
何故か子ど……、…毛倡妓?』
スッと戸を開けて現れたのは毛倡妓で、『何故か子供の姿になってるんだけど〜』と相談しようと思えば…急に毛倡妓に抱きしめられたためにそれは叶うことなかった。
「よかった…!
お嬢がお目覚めになられて、本当に良かった!!」
涙を流しながら、ただ「よかった」と言う毛倡妓に理由を聞く。
ー 何が良かったのか。
ー どうして泣いてるのか。
ー 私は…そんなにも長い間寝ていたのか。
だが、毛倡妓は私の問いに目を大きく見開き、答えるどころか「何でもありませんよ」と作り笑いをして言う。
何でもないはずがない。
何かあったはずなのに、それでも教えてくれない毛倡妓にこっちが折れるしかなかった。
その後朝食を取りに居間へと向かえば、会った者全員に毛倡妓と似たような反応を取られた。でも『どうしたの』と私が問うと…皆口を閉ざして頑なに語ろうとしない。そして話題を変えて話をはぐらかすのだ。
そんなこんなで朝食を食べ終わり、この小さくなった体をどうしようかと考えていると…
「お姉ちゃん! 遊ぼ〜!!」
『……チビリクオ!?
めっちゃ可愛いってか懐かしい!!』
トタタタ…と足音を立ててやってきたのは小さい頃のリクオ。あれ? もしかして私だけじゃなくてリクオも小さくなったとか?
「お父さん、探しに行こう!!」
『お父さん?』
「うん! 隠れんぼしてるんだけど、見つからなくって…」
それ絶対アイツ明鏡止水してる! なんて大人気ない!!
それにしても…リクオのこの様子からすると、私とリクオが小さい頃の姿になったと言うより、私が過去に来た感じ…かな?
……変なこともあるもんだ。
「お姉ちゃん、行こう!」
『ハイハイ、鯉さん探しに行きますか!』
ということで、チビリクオと手を繋ぎながら屋敷の中を探し回るのだが…
『(アイツ何処にいやがる…!!)』
「見つからないねー…」
どこを探しても見当たらない。
勿論明鏡止水を使ってるんじゃと思い、気を張って探しているのだが…それでも見つからない。
『お父さん、多分屋敷にはいないよ。』
「えっ、じゃあ外かな?
…そうだ! じゃあ最後に会った所に行こう!」
『……最後に会ったところ…?』
「うん! こっちこっち!!」
小さな手だけど力強いその手に引かれ、何処に行くのか分からないままただ着いていく。
何処に行くんだろう…
そう思いながらも後を追っていれば、あることに気付く。
『リクオ、こっちの方向って確か…』
「あともう少しだよ!
……着いた! ここにお父さんいないかなー?」
着いた先は、例の神社。
山吹乙女に会った所の神社である。
「お父さーん!」と声を張り上げながら神社を歩き回るリクオのその姿に、私の心臓はドクンドクンと嫌に高鳴り始める。
『(…まさか…ね……)』
神社を未だ散策しているリクオにクルッと背を向けて、山吹が綺麗に咲いていた…あの通り道へと向かう。向かうというよりも、おびき寄せられたと言った方が正しいかもしれない。気が付けば…私はそこに立っていた。
『…………っ!?
何で…有り得ない…!』
山吹が咲き誇る傍ら、
地面には大量の血痕があり、そしてその上にはたくさんの花が供えられていた。
『ど……して……』
フラフラとした足取りでそこに向かい、血痕にそっと手を添える。
『……あれは……』
ふと視界に入ったのは、見慣れた布…
血に濡れた…お父さんのお気に入りの手ぬぐいだった。
「ねぇ、お姉ちゃん。」
『っ! り、リクオ……』
突如後ろから聞こえた声に肩が跳ね上がる。
後ろを見れば、拗ねた様子で話すリクオがいた。
「お父さん、いないね…」
『………う、ん…』
「何処に行っちゃったの?」
『……それは……』
これは…夢なのか? でも夢にしては、目に映る色も匂いも、感触も、全てがリアル過ぎる。
「誰も教えてくれない…。お父さんはどこ?」
『…………』
お父さんを助けて、乙女さんを助けて、坂本先生も前世の兄も死んで、でも達也が現れて…
アレは全部、私の長い長い夢だったの?
「お嬢! 若!! ここにいらしたんですか!!」
『首無…』
「ねぇ、お姉ちゃんもお父さん見付けられなかったよ? お父さんはどこに行ったの?」
「!! そ、それは……っ」
傷ついたような、悲しむような、困ったようなその首無の表情が…私の一番避けたかった現実を突き付けてくる。
「…オレじゃあ二代目の代わりになることはできませんが…でも、お二人のことはオレの命に変えてもお守りしますっ!!」
「わわっ! 首無!? どおしたの!?」
『…………っ』
「! お嬢!? どちらへ!?」
リクオをぎゅっと力強く抱きしめて、そう誓う首無。
でもそんな光景を私は見たくなくて…
鯉伴が死んだなんて現実を否定したくて…
どこに向かうでもなく、ただその場を走り去った。
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