▽ 抱えるモノ
腕の中で眠る先生…
その身体はもう冷たく、息をしていない。
「…鯉菜」
声と共に視界に入ったのは、緑と黒の縞模様の裾。
…お父さんだ。
「…最期まで…いい先生だったな」
『…ぅ、ん…』
「…寝苦しいだろうし…抜いてやれ」
先生の体をゆっくりと抱き起こすお父さんに頷き返し、先生に未だ刺さっている刀の柄を握る。そして傷が広がらないように丁寧に引き抜いた。
『……あり、がとう…』
「おぅ…。
…坂本先生、娘の担任になってくれてありがとうな…
…安らかに眠ってくれ。」
刀を抜いたことで再びできた傷…、それをお父さんが治癒で治しながら先生にお礼を言う。
おじいちゃんはいつの間にか誰かが部屋に運んだようでおらず、小妖怪達は木の幹に取り込まれたまま…。
『………ッ』
兄の本当の気持ちに…先生の死。
頭の中はゴチャゴチャで、胸も苦しく…涙もとどまることを知らずに流れ続ける。
ー 守れなかった。
唯一無二の存在を…助けることができなかった。
自分の力の無さを呪うと同時に、残された者の気持ちがこんなにも辛いのだと実感する。
「愉快痛快!!
ここに鏡斎殿がいればきっと言っていただろうなぁ…〈これこそが素晴らしい地獄絵図だ〉と!!」
『泰具…』
「因縁のある兄を殺し…それだけでなく心優しい先生まで殺すとは…いやはや恐れ参ったぞ、娘。
どうせ2人を殺すならば先に殺せばよかったものを…さすればあの小妖怪共もあんな目には合わなかっただろうに。
いや、2人を殺せる冷徹な娘だからな…むしろ小妖怪共を殺すのも計算のうちだったか?
末恐ろしい…まるで災厄を運ぶ疫病神だ。」
嘲笑うかのように言う泰具に、ふと疑問が浮かぶ。
泰具はこうなることをわかっていた…?
『泰具、お前が…祖父を殺すように兄をそそのかしたのか? 私の家族を狙えば、私が兄を殺すと…そうふんでいたのか?』
もしそうならば…あの時感じた違和感が納得いく。泰具と対峙した時、あまりに泰具からは殺意を感じなかった。まるで時間稼ぎのような、やる気の感じられない戦いだったのだが…もし私の読みが当たっているならば納得だ。
「…そそのかした?
酷い言われようだな。吾輩はただ、兄に助言してやったまでだ。小妖怪に足止めをされていたからな…邪魔者を消し、こう囁いてやったのだ。
ーぬらりひょんを殺せば…奴良鯉菜は復讐に身を焦がすだろう、と。
別に殺せとは言っておらん。ただ、思った事を言ったまでだ。」
『…そういうのを、
そそのかしたって言うのよ!!』
「人聞きの悪い。…貴様が災厄を招いただけだろう? 疫病神よ」
…怒りでどうにかなりそうだ。
私はもちろん…兄も、先生の死や小妖怪達も…、皆コイツの手の平で転がされてたのか…?
「あのクソ野郎…!」
「鯉菜、あいつの言葉に惑わされるな。」
泰具を睨む鴆に、私を気遣うお父さん。
少し離れた所にある木には、納豆小僧や破壊蛙たちがいる。
そして清十字団の方に目をやれば、先生を囲んで泣いていた。近くに一ッ目と木魚達磨がいるから…きっとその二人が運んでくれたのだろう…。
『……疫病神、か』
「ハッ…奴良鯉伴もそこの妖も、その娘から離れた方がいいのではないか?
兄やかの教師のように殺されるかもしれぬぞ。」
「…てめぇみてぇな胸糞悪い奴に殺されるくれぇなら、オレは愛娘に殺された方がいいねぇ」
「おい鯉菜!! オレを鬼纏え!! オレの毒羽根でアイツを地獄に落としてやるるあぁぁ!!!」
ポンと私の頭に手を置くお父さんに続き、鴆は青筋を立てて叫ぶ。
ー そうだ。
今は…ウジウジと泣いている暇はない。
ここでまた腐ってたら…
『…先生に顔向けできねぇよ』
キッと泰具を睨み付けながら、攻めの畏を解き…夜の姿になる。
『疫病神…? 上等よ!
アンタを倒すためなら…鬼でも疫病神でも、何にでもなってやらァ!!』
坂本先生は確かに死んだ。
だけど…
私が彼のことを忘れなければ、彼は私の中で生きているのと一緒だ。
そう考えたら少し…坂本先生が近くで見守ってる気がして、何でもできるような気がしたー
『…鴆、お父さん…泰具を倒すよ!!』
「「おう!/ああ!」」
(『(あの日抱えた全部…今日抱えた全部…明日抱える全部…、どれも背負って生きていこう…
それしか私にはできないから。)』)
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