▽ ジェンガ
ガラガラガッシャーン
『!??』
突如、脳に響くような大きい音に私の意識は呼び起こされる。
さっきまで夜さんに平謝りしており、ようやく許してもらえたと思いきや…これかい!
驚きのあまり速鳴る心臓…何とかそれを落ち着かせようとしながらも音源の方を向けばー
『…何してんの?』
「なにって…」
「ジェンガぜよ!!」
『それは見たら分かる。
どうして、人の部屋で、しかも机の上で、ジェンガしてんのかって聞いてんだよ馬鹿野郎共。』
机を挟むようにして座るのはお父さんと犬神。二人の間には机に散らばったジェンガ…先ほどの音はこれが原因だったんだな。
「狼がよぉ…お前の護衛をするってんで部屋に居座り込むからよぉ…」
「誰が狼だっ!! オレは犬ぜよ!!」
『そこはどうでもいいよ犬』
「い、犬じゃねぇぜよ!! 犬神だ!!」
「…全部たいして変わんねぇよな?」
なんなんだこの2人…何気に仲がいいのな。
『…すっげー久しぶりだね、犬神』
「んあ? 何言ってんだ…昨日の夜話したじゃねぇか」
『それは夜の私でしょ。今の私は昼だから、凄く懐かしく感じるんだよ』
そう説明すれば、お前ややこしいんだな!!って遠い目をして言われました。
そんなのコッチは百も承知だ馬鹿野郎め。
「にしても…随分と長いこと眠ってたなぁ。
もう日が明ける頃だぜ?」
『夜様の機嫌がなおるまで平謝りパーティやってたからねぇ』
「ククッ…そりゃあ災難だったなぁ」
「お前の親父、お前が早く起きねぇから顔に落書きしようとしてたぜよ」
「ばっ…!てめ何バラして…!!」
『犬神よ、報告ありがとう。
そして父よ…必殺・膝十字固め!!!』
「ぬぁぁぁぁあ!!!?」
犬神の頭をわしゃわしゃと撫で、次いでお父さんに技をかける。
「ぎゃぁぁぁあ!!!?」
そしてお父さんは犬神を絞めて…
アレ? ちょっと待て。何でアンタが犬神を絞めてるんだよ。私がお父さんを、お父さんは犬神を絞めて…犬神はただやられてるだけ…。
『可哀想だからやめたげて!!』
「リ、リクオ様ー!!」
私の声をかき消すように叫んだのは…おそらく氷麗。庭から聴こえたぞ…もしかしてリクオが帰ってきたのだろうか。
昨晩ここを発って、今は午前5時…
うん、まぁ帰ってきてもおかしくはないかな。
「もしかしてリクオのお帰りかい?」
「てことは…玉章も帰って来たんだよな!?」
立ち上がって襖を開けようとする私を追い越し、物凄い速さで部屋を出ていく犬神。
…犬みたい。
「忠犬みたいなヤツだな…」
『…フフッ、同じ事思ってた』
同じ事を同じタイミングで思っていたことに少し照れ臭くなる。そのせいか、つい笑みが溢れてしまったのだが…
『…なぁに? そのキョトン顔は…』
「いや…なんてーか、
やっと笑ったなぁと思って…つい…」
お父さんの言葉に今度はコッチがキョトンとさせられる。
あれ? 私今まで笑ってなかったっけ?
そんな私の心の内を見透かすように、「復活はしたけど…まだ笑っちゃあなかったぜ」と告げたすお父さん。びっくりだ…。
「親父、と…………姉…貴…?」
いつの間にやら氷麗達との会話を済ませ、ここまで来ていた夜リクオ。
私と目が合い、これでもかと言わんばかりに目が大きく開かれる。どうやら夜じゃなくて昼の私だと気付いたようだ。
「お帰りリクオ。御門院の奴らを3人倒すなんて…よく頑張ったなぁ〜」
「お、おう…その内の2人は玉章と獺祭がやってくれたんだけどな。
にしても…昼の姉貴だよな?」
「あぁ。一時はどうなるかと思ったが…ちゃんと天照大神を外に出せたぜ!
ホラ、何か言ってやれよお姉ちゃん?」
お父さんに背中をポンと押され、リクオとの距離が縮まる。
何か言ってやれって言われても…何を!?
取り敢えず、
『………………け、怪我はない?』
「「………………………。」」
…しくった…どうやらハズレだったようだ。
でも本当にこれ以外何も思い浮かばなかったんだって!!
『お帰り☆』なんて言ったら「テメェは暢気でいいなぁ!!」なんて怒られそうだし!?
これ何を言ったら正解だったの!?
『…ぁっ…と、
その…し、心配…かけてたらゴメンね?』
「「………………………。」」
…ツライ!! 何これ新たなイジメ!? 何で一言もコメントなしなの!? 既読スルーはツライからやめて!?
そんな事を悶々と考えていれば、
「…姉貴は…何も分かってねぇよ…」
『え…?』
下を向いて小さな声で話し出す夜リクオ…
どこか弱々しいその姿とその発言で、不安な気持ちに駆られる…
「『怪我はないか』って…引き篭るほど傷付いたのは姉貴の方だろっ…!! 『心配かけてたら』って…オレ達が心配しねぇとでも思ってんのかよ!!」
さっきまでの小さな声はどこに行ったのか…今度は堰を切ったように大きい声で怒り始めるリクオ。
「オレ達や組のことを大事に考えてくれてるのは分かる。でもそのクセ…オレ達との間に一線を引いて、自分のことを疎かにしてやがる!!
何でもっと自分を大切にしてくんねぇんだよ!?」
何も言い返すことができない…図星で、否定できることがなかったのだ。
リクオを筆頭に、お父さんやおじいちゃん、お母さんは私にとって〈特別〉で…
そして、同じ家族でありながら彼らを遠い存在のように感じていたのだ。
ーいや、違うな…
『感じてたんじゃなくて…一線引いてたんだね。
私は前世の〈私〉だから、リクオやお父さん・おじいちゃんみたいにはなれないって。
そうやって…自分で自分の首を絞めてたんだよねぇ…』
ハハハ…と力なく苦笑いしながら言う私が気に食わなかったのか、私の胸倉を掴むリクオ。
私が縁側に立っているのに対し、庭に足をつけている為…リクオが少し私を見上げているような形になっている。
殴られるのだろうかと目をきゅっと瞑るも…何も痛みはやって来ない。
そして聴こえたのはー
「もう2度と…姉貴に会えねぇのかと思った…!」
下を向いてるため表情が見えないが…声も手も、微かにだが震えている。
どうやら…私が想像していた以上に、私のことを心配してくれていたらしい。清浄や御門院の件で忙しいから、そんなに私のことなんか心配していないだろうと思ってた。
だからー
『…心配かけてごめんね?
でも、ありがとう……ただいま……』
申し訳ない気持ちと同時に、少し嬉しかった。
(「…これから総会がある。姉貴も出ろよ…」)
(『…へーい』)
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