▽ バカヤロウ(鯉伴side)
『…彼女の秘密はね…』
土砂降りの中、鯉菜の息を吸い込む音が際立って聞こえる。
『…物心、付く前から…』
さっきまで流暢に話していたのが嘘のように、声を震わせてゆっくりと言葉を紡いでいく。
『彼女の兄と…体の関係があったこと…』
「…それって…」
近親姦…だよな…
肉親同士だと、障害を持った子供が産まれやすいため禁止されているが…。
『…長男とね、気が付いたら…もうそういう関係になってたんだって。そして誰にも言えず、ずっと抱えてた。
考えてごらんよ。
もし私とリクオがそういう関係だったらどーする? 私か、もしくはリクオが、ある日突然…泣きながらその秘密を打ち明けてきたとしたら?』
想像してみて…何とも言えない感情に襲われる。
まだ両者が同意の上なら救われるところもあるが、どちらかが一方的にそれを強いたのなら…
無理強いした方への怒りや悲しみ、もっと早く気付く事ができなかった自責の念でどうにかなりそうだ。
『彼女の両親はとても苦しんだでしょうね。
愛する娘が十何年も苦しんでいたのだから…
しかも同じく愛する息子の手によって。』
「…何でそうなったんだ?」
『さぁ…知らないわ。
今後一切そういう事がないように、身の安全は保証されたけど…そもそもの原因が分からなかったから。知りたいけど、その話は暗黙の了解でタブーになっていたから聞けなかったのよ。
…だから彼女は…今もなお苦しんでいる…』
…は? さっき死んだっつってたよな…
『両親を苦しめたこと、謎のままに終わった兄の動機…時々そういうことを思い出しては悩む。
でも幸せでもある…どこか壁を作った家族ではなく、理想の家族を新しく手に入れたから。』
…妖怪になったのか?
死んで尚生きているっつったらソレしかないよな…。妖怪になって新しく家族を得たってことか?
色々と考えていれば、突然笑い声がふってくる。
『ふふっビックリしたわー!
死んだ筈なのに…
目が覚めたら赤ん坊になっているんだもの!』
「鯉菜…?」
いつもの笑い方じゃない。
どこか狂ったような…
それでいて自暴自棄になったような笑い方。
『しかもさ、見たことない生き物がたっくさん!!
怖くて泣きまくったわ!!』
「見たことない…生き物…」
鯉菜の頬を流れるものは何なのか…
雨なのか涙なのか、分からない。
『…はぁ〜、初めての弟が出来た時は嬉しかったなぁ、泣いちゃったけど!』
そうか…お前は……
『あんなに大切で守りたいものが出来たの…
初めてでさ! 自分でもビックリだよ!』
…ずっと…それを抱えていたのか…
『…お父さん…
せっかく素敵な人と息子を手に入れたのに…』
…さっきの女の子の話は全部…
『……私みたいな子が生まれてっ…ごめんね?』
「…………ッ…ばかやろう…!!」
お前の事だったんだな…
こちらを振り向いてそう謝る鯉菜の顔に浮かぶのは…矛盾しているが、悲しい色を帯びた笑み。
涙と雨によりその顔はビシャビシャでー
「前世の記憶があろうと…、
どんな過去がお前にあろうとっ…!」
バシャバシャと水しぶきをあげながら、オレは鯉菜のもとへ行き…
「お前は…リクオのたった1人の姉で…!」
今にも壊れてしまいそうなくらい細い肩をした鯉菜を…きつく、でも優しく、抱き締めた。
「オレと若菜の、
たった1人の…自慢の娘だ…!!」
壊れてしまわないようにー
消えてしまわないようにー
「だからっ…頼むから、そんな事言わないでくれ…!!」
泣いてもいい
立ち止まってもいい
前の家族を恋しく思ってもいい
『ぉ、と……さん…』
「…何度だって…言ってやる!
誰が何と言おうと、お前はオレ達の大切な家族の一員だ!! 他の誰でもねぇ…!
ツンデレで、ドライで素っ気ないように振舞ってても…実は根が優しくて、感情豊かで、甘えん坊な鯉菜じゃなきゃ駄目なんだよ!」
苦しい時は一緒に苦しんでやるし
寂しい時は寂しさが消えるまで傍にいてやる
だから
「オレ達の娘で、リクオの姉であること…そして親父の孫であることに、もう少し自信を持ってくれ…
そして謝るな!
謝られたら…まるで、オレ達は家族じゃねぇって否定されてるみてぇじゃねぇか…
そんな悲しいこと…言わないでくれっ…頼む…」
『ふっ…ぅうっ…お父、さぁぁん……』
オレに抱き着き、ウワァァァンとサイレンのように大声をあげて泣く鯉菜の背を…ポンポンとリズム良くたたく。
鯉菜が泣き出したせいか更に強く降り注ぐ雨…
だがー
「…ハハッ、どうやら梅雨明けが来たみたいでねぇ」
雨は降り続いているものの、空一面に渡っていた黒雲の隙間から光が少しずつ出てきた。
「ようやく太陽が拝めそうだなぁ…」
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