この手に掴んだ幸せを(ぬら孫) | ナノ

▽ ダレの話(鯉伴side)

「ここは…」


辺り一面、真っ暗で何も見えない。
夜鯉菜に鬼纏をされたのは覚えているのだが…ここはいったい何処なのか。
分かる事は、湖なのか池なのか…取り敢えず自分が水に浸かっていること。
そして…


「……土砂降りだな」


大きい粒の雨が…強く降っていることだ。


「………………誰かいねぇのか?」


ずぶ濡れになりながらも取り敢えず歩いてみるが…誰かが居るような気は全くしない。


「…! ありゃ…木…だよな」


しばらくすれば、だだっ広い海に浮く孤島のようなものがぼんやりと見えてくる。そしてその島には、不格好な木が一本だけ島の中央に立ってる。


「…枯れてらぁ、てか丸刈りにされてんなぁ…」


桜の木だろうか。
満開であればとても綺麗な木だろう…だが目の前のこの木は完璧に枯れており、死にかけている。


「天気悪いし、土砂降りだし、木は枯れてるし…見晴らし悪ぃな。」


雨で顔に引っ付く前髪が鬱陶しく、それを手で掻きあげた時だった。広がる視界に朧気だが人影が入る。


「…おい! お前さん…っ!!」


見失わないように慌てて駆け付ける。
…誰なのかは何となく予測ついていた。
だが、そこにあった姿は俺の思っていたのとは違っており…


「お前っ…鯉菜……だよな?」


雨のせいで全身ずぶ濡れのまま、何もせず、ただ突っ立っている。
そうかー
ここは鯉菜の精神世界だ。
普段のオレのとは全く景色が違っていたから…気が付かなかった。
憶測だが…あのボロボロになった木は鯉菜がやったんだろう。この土砂降りの雨も…コイツの精神が映し出されているんだ。


「(…似たような景色を見たことあると思ったが…忘れてたぜ…)」


昔、乙女が消えた後の頃…オレの精神世界もこんなふうに荒れたものだ。
まぁ、ここまで酷くはなかったがな…


「…なに見てんだい?」


鯉菜の横に並んで立ち、問いかける。
だが返事はなく、鯉菜の視線の先に目をやるも…そこには何もない。あるのはただの暗闇だ。


「…寒くねぇか?」

「腹は? 減ってないかい?」

「……足、ずっと立ってて痛くねぇのか?」


何を問いかけるも、返ってくるのは無言。
表情も…眉一つ動かさない。


「…目ぇ…濁ってんぞ」 

『……………』


さっきまで黒く濁っていた目が、少し揺らぐ。
なんだ…聴こえてんじゃねぇか。


「皆心配してんぞ、お前が顔出さねぇから…
…夜のお前も心配してたぜ?」


どうしたものか…
反応を見せたのはさっきのだけで、また最初に巻き戻しだ。
ため息をつきながら、立っている鯉菜の横に座る。雨のため土がぬかるんでいて気持ち悪いが…仕方がない。






どのくらい経っただろうか。
鯉菜と同じく、何もせずにただボーッとしていれば、ようやく鯉菜の方から口を開く。


『…疲れた…』

「…あぁ」

『…少しだけ…休むつもりだった…』

「…おぅ」

『でも…出るのが、怖くなった…』

「…そうか」

『……………疲れたんだよ…』

「…あぁ」


下手に「お疲れ様」とか「よく頑張った」なんて言葉を使うのは〈危険〉だ…
こいつは充分頑張ってるのに、いつも周りと比べて…自分を努力不足だと評価する。卑下じゃない、本当にそう過小評価するんだ。
そんなこいつに…そんな言葉を送ったらきっと〈爆発〉する。
かと言って、代わりになるピッタリな言葉が何も浮かび上がってこない。


またもや沈黙が訪れるが、それは居心地の悪いものではなかった。
時間を忘れて、
嫌な事も全て忘れて、
ここでただ空っぽになって時間を殺すー


「(こりゃあ…〈毒〉だな)」


早く出さないと、本当に抜け出せなくなる。
そう焦りが生まれるも…良い案は何も思い浮かばない、どうしたもんか…。


『女の子がいた』

「…は?」


不意に口を開いて言った言葉を理解できず、アホっぽい声が出る。…しくった。
だが、鯉菜の方は特に気にしていないようで、そのまま言葉を続ける。


『その子には両親と歳が5つ、7つ離れた2人の兄がいた。比較的裕福な家で、経済的にも困ることはなかった。でも、何故か幸せな気分にはなれなかった。いつも孤独感、妬み、恨み…そういった黒い感情で満ちていて、苦しんでいた。』


さっきまでの黙りが嘘のように、言葉を紡いでいく。


『周りからは何不自由ない、恵まれて幸せな子に見えていただろう。
でも彼女には誰にも打ち明けられない秘密があった…家族にも、友人にも、知り合いにすら言えない秘密…。独りでその秘密を、物心つく前から何年も抱えていた。』


まるで…教科書を朗読するかのように話しをする鯉菜の表情は、何の感情も映していない。


『家族が壊れるのが嫌だった。友達に軽蔑されるのも嫌だった。だから秘密にしていた。
けれど…彼女は段々と家族が嫌いになり、家族を壊してしまおうと決意する日が来た。そして、今まで誰にも打ち明けなかった秘密を、家族に話したんだ。』

「その家族は…壊れたのか?」

『…壊れなかったわ。
いや、正確に言うと、壊れそうになったけど…何とか修復したって所かしら。
でも、秘密を打ち明けた事で彼女は余計苦しむことになった。家族を苦しめたことへの罪悪感に駆られ、苦しんで苦しんで…苦しんだ。
でも、そこで決意したの…〈生きよう〉って…』

「…? 苦しんだ結果、〈生きよう〉?」


そこは大抵〈死のう〉とかじゃねぇのか?
オレの疑問が分かってるのか、無表情だった鯉菜がこっちをチラリと見て笑う。


『クスッ…普通だったら〈死のう〉って思うでしょ? でも彼女は違ったんだ。
もし自分が死んだら家族が…いや、両親が苦しむ事を彼女は知っていたの。
ー 散々両親を秘密で苦しめたのに、また苦しめるわけにはいかない。
ー 自分には両親を苦しめた罰を負わなければならない。
そう考えて出した結論が〈生きる〉こと。罪の最後は涙でも、死でもない…ずっと苦しく背負っていくことだ。…そう思ったんでしょうね』


正直、誰の何の話をしているのか全く分からねぇ。そもそも、その話をして一体オレに何を伝えたいんだ…?


『…残念ながら…その決意は五年も立たずに崩れるのだけどね』

「…どういうことだ?」

『死んだのよ。
事故…というか事件に巻き込まれて。親より先には絶対に死ぬもんかって決めたのにね、一番避けたかった〈親不孝〉を彼女はやってしまったのよ。恩返しも何も出来ずに…さ。』

「そうか…。
そういえば…その子の秘密ってのは結局なんだったんだ?」


そう問うが、鯉菜は何も答えない。知らないのだろうか、それとも言えない内容なのか。


「…お、おい?」


今まで一歩も動いてなかった鯉菜がようやく足を動かしたと思いきや、水の中へとどんどん歩を進める。まさか水死するつもりじゃねぇよな…。
止めるべきかどうか悩んでいれば、途中で立ち止まる鯉菜。水は胸の下くらいまで来ている。


「…どうしたんだ?」

『秘密…知りたい?』


背中しか見えないため、どんな表情をしているか分からない。どんな内容なのかも全く知らないし、知って何になるのかも分からない。だが…これは聞かないといけねぇ話だと俺の直感が告げる。


「あぁ…聞かせてくれ。」


雨はまだ…降り止まない。




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