この手に掴んだ幸せを(ぬら孫) | ナノ

▽ 生きること

あれからどのくらいの時が経っただろうかー


『…兄…さん…………先生………』


土砂降りの雨の中、ずっと考えていた。

何故…兄はここに来たのか…
あの世界で兄は死んだのか…それとも生きていたけれど晴明によって連れてこられたのか…
私の事をー本当に恨んでいるのか…
先生は無事なのか…

私に…生きる価値はあるのかー。

色々な疑問が次々に浮かぶが…どれも答えが分からない。考えても出てこない答えに…益々、自分が生きていていいのかも分からなくなってくる。


『私が…兄さんを、裏切った…』


あの時に兄に言われた事が頭から離れない。


『私が…お母さんやお父さんも…皆を苦しめた…』


でも、それは自覚していた。
だからこそ…


『生きなくちゃいけないって…思った…』


自殺なんかしたらダメだって、
生きる覚悟を決めた。


『ずっと苦しく…背負っていくんだって…』


なのに…あの日、あの時、死んでしまった…


『忘れないようにしようって…生きてきたのに』


忘れない事が自分への罰だと思ったのに…


『…それすらももう…許されないの…?』


広々とした、終わりの見えない空間にただ1箇所にだけ立つ…桜の木。
残念ながら今は桜が散っているが…枯れていてもしっかりと立っているその木が綺麗で、そして、憎く見えた…。


『………なんで…っ』


ギリっと右手に持つ刀に力を篭める。
そしてー


『一体どうしろっつぅのよ!!
これが…私が考えた一番の〈罰〉なんだよっ!!
死んで辛い事から逃げてもいいならっ…私だってそうしてぇよ!!
でもっ…皆を苦しめておきながら自分は死ぬなんて…そんなのズルイだろ!!
だから苦しんで生きていくって決めたのに…
そんなに死んで欲しいんなら…
死んでやるよ!!』


枝分かれしている桜の木のウデを1本…また1本…と斬り落としていく。
その度に脳裏に蘇るのは…ぬらりひょん、鯉伴さんや若菜さん、リクオの笑顔だった。
怒られる事もあったけど、たくさん一緒に笑った記憶が次々と思い出される。
本当の意味で…〈家族〉ができたと思っていたのに…!!


『…ふっ…ぅぅ…ぅ、ぅああああああ!!!!』


枝もなくなり、幹だけになってしまった貧相な桜の木に向かって…刀を大きく振り上げた。



ガキンッ



『…っ…よ、る………』

「……らしくないわね。
一時の感情に任せて…命を疎かにするなんて。」


振り下ろした刀は〈夜〉の刀で防がれ、桜の幹に届く事は無かった。


「…今、助かってホッとしてるでしょ?」

『…っるさい…!!』


図星だったが…その気持ちを1度でも肯定してしまえば、もう死ねる気がしなくて反発する。
だが…彼女は私自身でもあるのだ。
そんな言葉だけの反発が通用するわけもなく…


「いい加減に認めたら?
確かにアンタは最初…〈罰〉として生きる事を決めていた。けれど、ぬら爺に鯉伴、若菜さんやリクオ達がいる家族の元に生まれて…
純粋に生きるのが楽しかったんでしょ?
〈罰〉としてじゃなく…生きる事に〈幸せ〉を見い出せたんでしょ!?
だったら…
何でその自分の〈幸せ〉を守る為に戦わないのよ!!」


夜の言葉に…私は何一つ言い返すことができなかった。全部図星で…そして、言われて初めて気が付いたんだ。
ー私は…〈幸せ〉になる為に戦ったことがない。
それどころか、〈幸せ〉になろうとさえしていなかったかもしれない…。


そこで小さく溜め息をつき、夜が口を開く。


「…いい加減…家族に打ち明けたら?」

『…でも…っ』

「皆…アンタのこと待ってる…」

『………だけど…』

「…なんだかんだ言って、皆アンタのこと大事に思ってんだから…大丈夫よ。
そろそろ信頼してみたら…?」

『で、でも…』


そんなやり取りをしていれば、突如大きく深呼吸をする夜。
そしてー


「『でも』とか『だけど』って…
アンタそればっかりだな!! 鬱陶しい!!
皆リクオのことだけじゃなくて、アンタのこともちゃんと気にかけてんのよ!? だから拒絶されないわよっつーか少しは自信持てよ!!」

『だ、だって…!』 

「『だって』も禁止!! ウザったいわね!!
…ったく…取り敢えず、今から鯉伴を呼んでくるから。」

『…ぇ…?』


ガミガミと説教したかと思いきや、着物を翻して何処かへ去ってゆく夜。その夜の言葉に、緊張が和らいでいた身体が再び凍り付く。
しかし、夜はそんな私をお構いなしに姿を徐々に消してゆく。
最後にー



「…鯉伴なら…きっと前世の〈アンタ〉のことも受け入れてくれる。
仮に駄目だったとしても、アタシがいる。
アンタは…1人じゃないから。」


ーという言葉を残して。




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