この手に掴んだ幸せを(ぬら孫) | ナノ

▽ タイミング

「な…り………鯉菜…!」

『…んぅ……』


アタシの名を呼ぶ声に段々と意識が浮上してくる。


「駅にもうすぐ着くぞ。出られる、準…備……」

『…?』


何故かこちらを見て固まる鯉伴、および、驚いた顔をする竜二。寝起きにそんな反応をされても…こっちの方が驚きだ。


「…大丈夫か? …嫌な夢でも見たのかい?」

『…ぁ…』


アタシの頬に手を添えたかと思いきや、親指でアタシの目元をなぞる鯉伴。そこでようやく、自分が涙していたことに気付く。


「…ふんっ、妖怪でも怖い夢見るんだな」

「おいおい…お前さんはオレらをなんだと思ってんだい」

「妖怪だろ」


…竜二なりの気遣いだろう。相変わらず素直じゃないな。
取り敢えず、
2人はいつでも出られる準備をし終えていることだし…アタシも準備をしよう。


特急列車を下車して、イタク達と合流すると…


『…大丈夫?』

「…は、はいっ……!」


イタクとリクオに比べて、かなり息切れしている氷麗がいた。よく頑張ったよ…お疲れ様です。
一方、ケロッとした顔で「こっからは徒歩だ。行くぞ。」と道案内を始めるイタク。
恐山には明日行く予定で、今日は遠野で一泊することになっているのだ。というのも、ぬら爺が赤河童に御門院について聞けとすすめてきたからである。


「遠野…か。久しぶりだなぁ…」


そうポソっと呟いたのは鯉伴。遠野の里に着き、懐かしそうに周りを見渡している。


『…来たことあるんだ』

「そりゃあな…暇な時によく遊びに来たぜ」

『…遊びにかよ。』


そんな事を話しながら歩いていけば、お馴染みの遠野メンバーが現れた。


「リクオ! 鯉菜!! もう来てたのかよ!!
しっかり準備しといたぜー!!」

「準備?」

「宿だよ! 今日泊まりだろー? 遠野一の屋敷だぜ!!」

『…今回は釜の中じゃないのね』

「イタクが今回は客だからってさ…って、あれ?
お前本当に鯉菜か?」

「…偽者…?…ケホッケホッ…」


…酷い言われようだな、特に紫。偽者はないだろう。改めて、夜の鯉菜であることを簡単に説明すれば…「リクオと同じで二重人格ってことだな!」って結論づけられた。
…面倒だし、あながち嘘でもないから訂正はしない。


「そっか、夜の鯉菜ねぇ〜? ふ〜ん?」


…冷麗の言葉に嫌な予感が押し寄せてくる。こういう時は絶対に何かを企んでいる。


「行くわよ! 鯉菜!!」

『どこに』

「氷麗ちゃんもこっち!」

「え?」


グイグイと私と氷麗を引っ張る冷麗…
いや、もう何処に行くのかなんて問わない。氷麗がいる時点でもう答えは出たようなものだ。原作を読んでいる人は皆予想つくだろう…


「お風呂〜!? 死んじゃいます!!」


なんやなんやで来たのはやはり露天風呂。
各自タオルと桶を持ち、モクモクと湯けむりをあげる風呂の前に立つ。


「大丈夫よ! 畏をうまく操作すればお湯にだって入れるのよ〜」


氷麗はいつも水風呂にしか入らないのに、風呂なんて絶対無理だろう。だが、スイッチが入った冷麗を止めることは不可能で…


「一緒に入るのが夢だったのよ…
同じ雪女として♪」

「こここ困りますぅぅぅぅ!!」

「そおれ!!」

「きゃあっ!?」

「何突っ立ってんの! 鯉菜も入って!!」

『ぅわっ!?』


冷麗によって、氷麗だけでなくアタシも風呂に突き落とされる。結局、しばらくは冷麗・氷麗・紫・アタシの4人で風呂につかっていたものの…


「やっぱりムリですぅぅぅぅ!!!!」


氷麗のその言葉と同時に、お湯が一気に凍りつく。
あぁ……これは間に合わない。
凍りつくスピードが予想以上に速い。普通にお風呂から上がってたんじゃ、アタシまで氷のオブジェになる。


『…よっと』


というわけで、取り敢えずジャンプ。
水中からジャンプするためあまり高さはないが…氷の上に乗ることができたらOKだ。


「ギリセーフだね…ケホッケホッ」

『本当…ギリギリだね。……って、あれ…?』


氷のオブジェにならずに済んだことに紫と安心していれば…グングンと視界の位置が高くなるアタシ達。どうやら氷麗が氷をどんどん作成しているようで…氷の上に乗っている私達も否応なしに露天風呂から離れていっているのだ。ちなみに紫は、正確にはアタシの頭に乗っている。


「…凄い速さで成長するね…」

『…寒い』


下を見れば…遠くなる地面、いや、水面か?
結局、氷麗の氷が凄いスピードで大きくなったため、寒い真冬の夜の中…夜空にタオル1枚で佇むことになったアタシと紫。
寒いことこの上ない。そして氷が消えない。


「ケホッケホッ…鯉菜、今なら男湯は誰もいないよ」

『本当だ…向こうで温まって女湯に戻ろう』 


紫が指差す先には男湯。
知らなかった…
男湯と女湯はてっきり離れた所にあるのかと思いきや、大きな露天風呂を竹の柵で隔てただけだったのだ。
確かにこの竹の柵は厳重だけれども…うん…何というか…


『…ワイルドだわ』

「? 誰かが来る前に早く湯に入ろう、ケホッ」

『…そうね』


妖怪といえども生き物。寒さには勝てず、柵を乗り越え、誰もいない男湯へと飛び入る。

ザッパーン

大きな湯飛沫があがるものの、2人してのほほんと冷えた体を温める。
しかしー
何事もタイミングが悪い、いや、ある意味タイミングがいいのがこの世の常であり…


「にしても驚きだぜ、祢々切丸の本名が鵺切丸なんてよぉ!!」

「あぁ…オレも知らなかった。親父はどうなんだ。」

「オレは知ってたぜ。親父から聞いてたしな。」 

「ふんっ…何で妖怪と風呂に入らねばならんのだ」

「おい陰陽師。お前変なこと企むなよ…」


祢々切丸や御門院についてのプチ会議を終えた淡島、リクオ、鯉伴、竜二、イタクがガヤガヤと入ってきた。ちなみにその会議に女性陣は皆不参加である。原因は冷麗による風呂への強制連行だ。


『「……………。」』

「「「「「…………………………。」」」」」


…なんて、脳内で説明して現実逃避している場合じゃない。今はこのシーンとなった空気を何とかしなければならない。
本当…完璧に油断していた。
女湯から聞こえる氷麗の今尚続く悲鳴に、男共が来る音が全く気付かなかったのだ…不覚。

なんとも気まずい状況に押し黙るアタシ達に、リクオが一番に口を開く。


「姉貴よぉ…ここ男湯だぜ?」

『知ってる。』

「…紫、状況を説明しろ。」

「冷麗が氷麗をお風呂に落として…風呂が凍ったの。ケホッコホッ」

「なんならいっその事混浴露天風呂とするかい?」

『鯉伴、混浴がいいなら女風呂に行って。』

「オレを凍死させる気か!」

「いいじゃねーか!! 皆で仲良く風呂に入ろうぜ!!」

『…淡島はちゃんと隠して。』

「鯉菜、淡島には何を言っても無駄よ…ケホッ」


そんなこんなで…
最終的には明鏡止水を使い、紫と(強制的に)淡島を連れて男湯を出たアタシ達。
出ていく際に「淡島も連れていくのか…!?」とショックを受ける下心丸見えな鯉伴に…
桶を全力で投げつけることを忘れなかったアタシはとても偉いと思う。



(「いってぇー!!」)
(「親父…アンタ阿呆だろ…」)
(「ふんっ…自業自得だな」)
(「本当…テメェらはいつも緊張感ねぇよな」)




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