この手に掴んだ幸せを(ぬら孫) | ナノ

▽ 鯉伴と山吹乙女

ふと目が覚めて、身体をゆっくりと起こす。
どうやら…いつの間にか意識を失っていたようだ。多少の頭痛と気持ち悪さが残っているものの、我慢出来ないほど酷くはない。


「乙女………」

「…あなた………」


割と近くから、お父さんと羽衣狐の声が聞こえ、そちらに目を向ける。横になっている羽衣狐の手を、お父さんが両手で握りしめている。



「乙女……乙女……すまなかった、本当に……
オレは…お前に何て言えばいいのか…」

「いいえ…鯉伴様…いいえ……
妾たちは、共に苦しむ道を選んでしまったのですね……。あの時、妾たちは本当に、幸せだったのに。互いが…互いを想いすぎて…。
あなたを苦しませてしまった…
バカな妾をお許し下さい…」

「バカはオレの方だ。
あんたを不幸にして…結局…
1人で幸せになっちまった……」

「いいえ妾は…それを望んでいた…。
あなたが救われることを…」

「………。
あぁ…若菜は…オレの心を慰めてくれた…
あの娘がいて…オレはやっと元に戻ったんだ…生きていいと思えたんだ…。
……それで……良かったのに……
オレは、乙女に許されていなかったのだと……思った。〈すまない すまない〉心から許しを乞いながら、オレは畏を失っていった……。
鯉菜が助けてくれたから…何とか生き延びたが…あいつがいなかったら、オレは今…眠っていただろう…」

「誤解だったのです…」

「そうだ…オレたちは、ずっとすれ違ってきた。
すまん…乙女…」

「ごめんなさい…鯉伴様…」



手を繋いでいたのが、途中からお互い抱き締めて…互いに謝り始める。涙を流しながらも互いの気持ちを伝える2人のその姿に、段々と私の視界がぼやける。
本当に、2人は苦しんだ…。
お父さんもたくさん長いこと苦しんだし、乙女さんも生き返ってまでまた苦しい想いをした…。
2人がお互いを愛してた故に…お互いがお互いを傷付けてしまったんだ。


「リクオ…もっとよく顔を見せておくれ…」


そう言って、今度はリクオの頬に手を添える乙女さん。


「妾に子が成せたなら…
きっとあなたのような子だったのでしょう。」


涙を流しながらも、乙女さんはきれいに笑う…
そして


「! あぁ…鯉菜も…起きたのね…」


良かったと微笑みつつ、こちらに手を伸ばす乙女さん。その手は震えており、立っているのもキツイのだろう。


『……乙女さんっ……』

「…クスッ…
そんなに、泣いて………怖い夢でも見たの…?」


私の頬を伝うそれを…
乙女さんは困ったような笑顔を浮かべながら拭う。


『乙女…さんっ………ごめんなさい……!』

「…どうして…謝るの?」

『私…最低だから…!
自分の事しか…考えてないっ!!
本当、だったら……私がっ、依代になってたのに!!
でもっ私は運良く…助けて貰って…!!
乙女さんが苦しんでるのに…!
〈私じゃなくて良かった〉って…何度も何度もっ…!!
ごめんなさい…! ごめんなさいっ!!』


泣くな…泣いちゃダメだ…!!
何とかして涙を堪えようとするも、
それは止まってくれない。


「…良かった…。
それでは…妾が依代になったのは…
無駄ではなかったのですね…。
鯉菜を…守ることができたのだから…」


ニッコリと言うその言葉に、より一層涙があふれた。
私はなんて自分勝手なんだろう。
このあふれ出る涙は誰の為のものだろうか。

乙女さん…?
ー違う。
お父さん…?
ーそれも違う。
…結局は、私自身の為だ。
罪悪感から逃れるために涙が出て、
そして今度は、母のような寛容な心に救われて、
涙が出るのだ。何て自己中心的な涙なのだろう…。


「…自分をそんなに…責めないで?
妾は…今…幸せ、ですから………」

『!! 乙女さん…!!』

「おい! おいっ!!」

「乙女っ!!」


ズルズルと崩れ落ちる乙女さんに声をかけるも、そのまま気を失ってしまった。だがその顔は…どこかスッキリしたような表情をしている。


「じじい…今すぐ三代目の座をよこせ。」

「リクオ…」

「力がいる…どんな手を使ってでも…
強くなんなきゃいけなくなった。
この敵はオレが刃にかけなきゃなんねぇ…」


眠る羽衣狐を抱えながら、そう決心するリクオ。
リクオはやっぱり強いな…精神的に強い。そんなリクオが…正直うらやましい。


「お前さんは…意外と泣き虫だな…」


突如頭を引き寄せられ、抱き締められた。


『おと……さん……』

「何でオレや乙女よりも泣いてんだよ…」


そう言うお父さんも、もう泣いてはいないが鼻声で……
僅かに震えている。そんないつもとは違うお父さんの様子に、再び私の涙腺が緩む。


『…ふ…うぅ………』

「…なぁ、鯉菜?
乙女も言っていたが、お前は…
今回の件において何も責任を感じることはないんだ。
これはオレたちがすれ違っちまった結果であって、
お前が気に病むことはない。」


乙女さんもお父さんも、優し過ぎるよ。


「それによ……オレぁ今、生きてるだろ?」


お前が助けてくれたからだと微笑むお父さんに、益々涙が止まらなくなる。そんな私の背を摩りながら、お父さんは言う……



「…鯉菜、笑え。

幸せはな、笑った人のところに来るんだぜ?」




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