──それと丁度時を同じくして。



黄昏時になって暗くなり始めた廊下の隅に、黒い外套を靡かせるやや小柄な男が一人。



男は端正な眉に深い皺を寄せながら、携帯端末の連絡先の(ボタン)をタップし耳に当てる。足を苛々と地に踏みつけながら通話が相手と繋がるのを待つが、呼び出し音は一向に止まず更に男の苛々は加速するばかり。



そしてプツッという音とともに、電話の向こうの機械的な声が呼び出した相手の不在を告げる言葉を並べ始めた。


男はそれに思わず携帯を地面に叩きつけたい衝動に駆られたが、何とか持ち堪えた。そして、同じ連絡先をひたすらタップしては耳に当て相手との通話を試みる。




しかし、無情なことに何回連絡してもその人物が電話に出ることはなかった。





「……糞っっ………………!!」



男はそう声を漏らし、力任せに壁に拳を叩き付けた。壁に放射状の亀裂が走り、パラパラと塗装が剥がれ落ちて床に散らばる。




「何で出ねえんだよ…………莫迦野郎………………」




そう呟いてはまた壁に拳を叩き付ける。それはいつもなら廊下の壁の弁償の額がすぐ頭に浮かぶとんでもない行為だったが、今その男にとってそんなことはどうでも良かった。


脳裏に浮かぶ、自分の部下である少女の横顔。彼女の深い夜の色の瞳、長く美しい黒髪、ごく偶に見せる儚げな笑顔。全てを思い出す度に後悔の感情が次々と溢れ出してきて、どうしても八つ当たりせずにはいられなかった。


男──中原中也の部下であった齢18の少女、橘さゆりは、任務で潜入したビルヂングでの想定外の爆発を境に忽然と姿を消した。



無線も携帯も一切繋がらず、以前与えられていた任務も放棄して姿を消したのだ。


更に、その任務の時消そうとしていたマフィアの情報も何者かによって公表され、組織にとっても非常に拙いことになってしまっている。



中原は幾度目かの舌打ちをし、ぐっと奥歯を噛み締める。このままでは、確実にさゆりは組織の裏切り者、反逆者として処刑されてしまうだろう。


否、普通に処刑されるだけならまだ良い。殺されるよりもっと激しい苦痛を与えられてから殺されることだって、十分にあり得る。



中原はそのことを想像して、血が出るのではないかという程強く拳を握り締めた。そんな苦痛をさゆりに味わわせるなんて、絶対にさせない。誰が何と言おうと、俺が絶対に許さない。




「さゆり………………」




すっかり夜の色に染まった空の中で、静かにその名前を呟く声が響く。



「…………待っててくれよ」



何よりも強固な決意を胸に、中原は夜の闇へと歩き出していった。



夜闇ニ浮カブ彼女ノ横顔



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