「嘘………だろ………………?」
探偵社員ーー谷崎潤一郎は、軍警からの依頼で訪れたビルヂングの中で、呆然と立ち尽くしたままそう呟いた。
しかし、血と爆薬の香りが漂うビルヂングの中で、谷崎が見つめていたのはそこら中に転がる無惨な死体の姿でもなく、慌てふためく軍警の姿でもない。
ただその目に映っていたのはーー体中から血を流し倒れている、黒髪の少女の姿。
谷崎はただただ夢中で少女に駆け寄り、その小さな肩を抱き起こした。
そして、確信する。少女はーー自分が守ることのできなかった、あの彼女と同一人物だと。
その事実に気づいた谷崎は、急いで彼女の手首に自分の親指を押し当て、脈があるかどうかの確認をとった。
すると親指から伝わってくる規則正しい振動に、ほっと一つ息を吐く。しかし、改めて彼女の体に付着する血の量の多さに、再び強い危機感を募らせた。
早く、早く助けないと、何とかしないと、さゆりちゃんがーーー
そう考えるとどうしてもいても立ってもいられず、谷崎はそっと彼女の膝裏に手を入れ横抱きにして走り出した。
見下ろせばすぐ近くにある彼女の顔を見る度ーーあの時の彼女の悲しい表情が思い出されて、自然と進む足は速くなっていった。
「さゆりちゃん……………絶対に、助けるから………………!!」
ーーもう二度と、君に悲しい顔なんてさせない。
懐カシイ温度 上
***
「………………ん………………………」
私は急に瞼の裏を照らしている白く眩しい光に気づき、うっすらと目を開けた。
すると視界に広がる、見慣れない白い天井、白いカーテンに、白い蛍光灯。
ーー此処は、何処なのだろうか。
いや、そもそも、私は何でこんな所で眠っていたんだろう………とぼーっとする頭を動かしてみると、ふと気づく右手に伝わる温もり。
何なのだろうと重い体を起こして右の方を見てみるとーー
「………………ッ………!?」
私は、その先に居た人物を見て思わず飛び上がる程の衝撃を受けた。
正確に言えば本当に飛び上がろうとしたのだが、それと同時に全身を駆け巡った痛みによってそれは阻まれたのだ。
そして一瞬にして今までの経緯、記憶が全て蘇り、同時に私の頭を凄まじい数の疑問符が支配した。
「潤、くん……………………!?何で、此処に…………………………」
思わずそう呟き、私の手をしっかりと握りながら居眠りをしているーー高校時代の私の幼なじみであり、かつての恋人であった彼の姿を何度も見返した。
「う…………ん…………………さゆり、ちゃん………………?」
すると、私が変に動いた所為か最悪のタイミングで彼が目を覚ましてしまった。拙い、どうやって誤魔化せば…………と頭をフル回転させるもののどうしてか彼を見ていると上手い言葉が全く浮かんでこない。
私が口をぱくぱくと動かしている間に、彼は私を見て放心したように目を大きく見開いた。
それから何も言わない彼に、何を言われるのかと思わず身構える。
彼の反応を恐る恐る伺っていると、突然ーー体に衝撃がきて、懐かしい香りが私の全身を包んだ。
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