凍テツク凶器




※少々流血表現多めです。


私はビルヂングの中に平然と入り、訪問客を装って受け付けの前まで歩みを進める。

華やかな雰囲気を纏いながらカウンターに座る受付嬢が、私を見て営業スマイルを向けた。


「こんにちは。本日は、どのようなご用件でお越ししょうか」


用件を尋ねる受付嬢に、私は貼り付けた笑顔を浮かべて答える。


「はい。私、相原という者です。課長に、新しい情報が手に入ったと伝えていただければ分かると思います。」


ちなみに「相原」というのは私がこの編集社に対していつも使っている偽名である。受付嬢は私の曖昧な物言いに少しだけ不審そうな顔をしながらも、「少々お待ち下さい。」と答えて電話口へと歩いていった。


そして数刻経ったあと、受付嬢が再び戻ってきて「失礼致しました、相原様。ご案内致します。此方へどうぞ」と言って歩き始めた。私も少し顔を伏せながらそれに続いて歩いていく。


エレベーターに乗り込んで上の階へと上がり、更に廊下を歩いていくと職場らしき部屋が見えてきた。


受付嬢が立ち止まるのと同時に私も立ち止まり、ゆっくりと今まで伏せていた顔を上げ人の行き交う部屋を大まかに見回す。

そして受付嬢はくるりと私の方を振り返り再び営業スマイルを向けた。


「課長はこのフロアです。あと数分で参りますので、申し訳ありませんが暫く此方にお掛けになってお待ち下さ………………」


彼女がその言葉を言い終えることは叶わなかった。先程までの笑顔が一瞬で凍りつき、顔色がまるで血を抜かれたかのようにどんどん真っ青に変わっていく。

彼女は一瞬戸惑いと恐怖に満ちた目で私を見た。そして、ゆっくりと視線を下の方に向けると、そこにはーー




「ご免なさい………………」




「氷」が突き刺さっていた。



まるで短刀(ナイフ)のように鋭く研がれた氷が受付嬢の元へと伸び、心臓の辺りに突き刺さって制服の胸元を紅く染めていたのだ。


そしてその氷は無慈悲にも乱雑に胸元から抜かれ、彼女は目を瞠目させながら倒れ伏しぴくりとも動かなくなった。

そのどさり、という無機質な音とともに、混乱は水の波紋のように伝染していき、職場の空気を恐怖の色に染め上げていく。


私は俯いたまた乱暴に髪の毛を掻き上げ、自分の目の前に倒れ伏す女性と、足元にみるみるうちに広がっていく血だまりを見下ろした。

そして氷の水溜まりはその血だまりをもろともしない勢いで、パキパキと音を立てながらどんどん形を変えていく。


耳に飛び込んでくる怒声、悲鳴とともに、また私の中の何かが崩れ落ちていく音が聞こえそうになるのを必死に飲み込んで、震える声を絞り出した。



「これも、仕事なの」



その言葉を皮切りとして、私は目を瞑り足元の氷を一気に部屋中に拡大させていく。


――狙うは、社員の心臓、喉笛だ。


足元の氷がまるで怪物のように社員へと襲いかかる。怒濤の勢いで氷は広がっていき、逃げ惑う人々の心臓を有無を言わさずに突き刺した。

オフィスの床は氷と血の海と化し、走って逃げていた者は転倒してその隙に床から伸びてきた氷柱がその心臓を貫いた。


次々と、次々と、次々と―――鋭く尖った凍てつく凶器が、オフィスをどんどん真っ赤に染め上げていく。私はその光景に酷い目眩を覚えながらも、ひたすらに氷を様々な場所へと広げ人々の心臓に突き刺した。


耐えろ、耐えろ、耐えてくれ、耐えるんだ―――ッ



私は必死にそう自分に言い聞かせ社員の体へ氷柱を突き刺した。

飛び掛かってきた者は自分の動きでかわし、すぐに喉笛を掻き切って息の根を止めた。それをただただひたすらに繰り返した。早く、この時間が終わってくれることを一心に願って。



――もう、どのぐらい経っただろうか。


もう何も聞きたくないと駄々を捏ねる自分の耳を何とか行使して耳を傾けてみる。社員の怒声も悲鳴も何も聞こえず、そもそも生きているものの気配が感じられない。


私はその事実に少しの安堵とどっしりとした体の疲労感を感じて、へなへなとその場に座り込んだ。


良かった。これで、今日は取り敢えず、大丈夫な筈だ。私ははあ、と深いため息を吐いた後、再びよろよろと立ち上がりオフィスの真ん中のデスクへと歩いていく。


実は、今日の私の仕事は殺すだけで終わりではない。この編集社が得たポートマフィアの重要機密。これを、持ち帰らなくてはならない。


私はデスクの上に置いてあるノートパソコンを見つけ、それを手に取って画面を開いた。このノートパソコンに情報が入っているということは事前の調査で確認済みだったが、一応の確認の為である。

パスワード画面はマフィアのハッキング専門班の機械で難無くクリアし、出てきた情報にほっと一安心する。


そして私はノートパソコンの画面を閉じて鞄にしまい、何の問題も無くこの建物を出て中原先輩に報告をする。





はずだった。





この時、私は油断していた。これから待ち受ける、最悪の展開を、全く予想できずに。



『やア、調子はどうだい?マフィアのお嬢さん。また会えてとてもとても嬉しいよ』



「………――――ッ!?」




――今、聞こえる筈のない声が聞こえた。


私は心臓が止まりそうな程驚愕した。声のした方を見れば、その音の発信源は私が持っていたノートパソコンだった。


そして――その画面に映った姿に、更に驚きで心臓が凍った。


『………この間はウチの連中がとおってもお世話になったみたいだな』


「嘘――――っ、何で『トロイメライ』が、此処に…………っ!」


その画面に映った男は――私が以前壊滅させた組織、『トロイメライ』の幹部の一人だった。


未だ、残党が居ただなんて――私は内心酷く動揺したものの、何とかそれを悟られないよう冷静を装って男に語りかける。


「……私に、何の用ですか。復讐しようとしたって、すぐに貴方はポートマフィアに殺される。そんなこと、貴方は既に判っている筈です」


――そう。この男には、私を殺すことなど、どのみちできない筈なのだ。それなのに何故、私にこんなことをしてくるのか。


その疑問を――この時の私は深く考えることをしなかったのだ。それが、私の、大きな間違いだった。今となっては。


『……確かにそうだな。俺が君に個人的に復讐しようとしたって、結局はマフィアに地獄の果てまで追い回されるだけだ。此方にメリットは何も無い。でもな、』


そう言うと、男は――唐突に懐から拳銃を取り出した。


私は男のその行動に、急速に嫌な予感を加速させていく。根拠は全くもって無かったが、仮にも2年間マフィアに勤めている私の勘というものが、私にガンガンと危険信号を送っていた。

男はさらに続ける。


『此処で、お前とともに消えるってことは可能なんだよ』


そう言って、男は薄気味悪くにやりと微笑んだ。

そして―――


―――銃口を、自分のこめかみに押し当てた。


「待っ―――ッ……!!」



パアン、という乾いた音がノートパソコンから響いた。



―――瞬間、



ドオオオオンというそれより遥かに大きな爆発音。地響き。爆風。衝撃。



私は為す術なく後ろへ吹き飛ばされ、その先にあった壁に凄まじい勢いで激突した。体中の骨が軋み、腕からは骨が折れる嫌な音がした。


頭が痛い。視界が赤と白にちかちかと点滅している。口に溜まった鉄の味を辛うじて吐き出した私の周りで、炎が燃えるごうごうという音が耳に入ってきた。


――嗚呼、私は此処で死ぬのか。



何も為すことなく。誰かの助けになることもなく。なんて下らない、詰まらない人生だっただろう。


薄れていく意識の中で、ふと、過った昔の情景が、私の冷たくなった心を少しだけ温かくした。


『大丈夫!?さゆりちゃん!!』


『……あんまり無理しちゃ駄目だよ。さゆりちゃんは何でも独りで抱え込み過ぎなンだから』


『ボクが、絶対さゆりちゃんのこと守ってみせる。だから、何にも心配する必要なんてないよ』



――嗚呼、何で君は、そんなに優しいのって、聞いてみたかったかもしれないな。



でも、もうそれも、叶わないけれど。


私は、走馬灯のように流れる君の優しい瞳、笑顔、匂いを思い出して、ずっと枯れていたと思っていた涙を初めて溢した。


それを誰にも気づかれないまま、私の意識はそこで途絶える。
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