「もし世界が変わっていっても、さゆりちゃんとボクは絶対に変わらないから」
だから、大丈夫。
そう言って私の頭を撫でた、君の優しい表情、声、匂い、手の感触、全てが脳裏に焼きついていた。
――変わらない、だなんて。
どうしてそんなことが言えるの。そんな、物語みたいな甘い言葉。
変わってしまったじゃないか。全て、変わってしまったじゃないか。
私はもう、そんな君の眩しい光に耐えられないんだよ。
罪悪感ノ赤色
***
「中原先輩、今、現場に到着しました。」
私は服に付けた小さなマイクに向かってそう呼び掛け、目の前に立つ大きなビルヂングを見上げた。するとイヤホンから聞こえてくる、聞き慣れた上司の声。
『よし、了解だ、さゆり。それじゃあこの前の手筈通りにこの建物に入って、うちの情報を取り戻してこい。そして口止めに全員殺せ。出来るな?』
「はい。勿論です。」
私がそう答えたのと同時に、『ヘマだけはすんじゃねえぞ』とだけ聞こえて通話が切れる。私はそれを黙って聞き届けた後、もう一度目の前に立つビルを見上げて溜め息を吐いた。
これから私が殲滅するこの会社はどうやら雑誌編集社で、マフィアを追いかけていた際に運が良いのか悪いのかその重要機密を手に入れてしまったそうなのだ。それは世間に公表されれば非常に拙いものらしく、昨日首領から中原先輩に連絡がきてこの任務を遂行するに至っている。
私はビルヂングの自動ドア向かって、つかつかと静かに歩いていった。歩いていくうちに近づくガラスの向こうの景色が赤く染まり、ぐにゃりと歪んでいくように見えるのを何とか目を瞑って堪える。
――これから私は、人を殺すのだ。
そう考えてしまうと、心がずっしりと砂袋を詰めたかのように重くなる。私はこれからあの人達の息の根を一人残らず止め、きっと周りに大切な人がいるであろう人達の未来を奪うのだ。たとえマフィアにとっては悪いことをした人達だろうと、殺される理由なんて何一つないような人達を。
嗚呼、もう、この期に及んで何考えてるんだ、私は。
一瞬頭の中を巣食いそうになった罪悪感を、ぶんぶんと首を振って頭の中から追い出す。
結局、私はマフィアに勤めて早2年も経つし、今までも沢山の命を奪ってきた。皮肉なことに私のあの大嫌いな異能のお陰で実力も認められ始め、五大幹部の中原先輩と一緒に仕事をするまでになっている。
そんな私が、今更罪悪感を覚える資格なんて、ある訳がない。
『手前の意志がどうであろうと関係ねえ。此処はこういう組織で、こういう仕事なンだよ。嫌ならさっさとこの組織を抜けろ。甘えんな』
中原先輩が私に言った、厳しい言葉が思い出される。
そうだ。私が何を思っていたって、殺すことには変わりないし、奪うことにも変わらない。此処は、こういう組織なんだ。
私は一旦立ち止まって目を開けた。もう景色は赤く染まっているようにも、歪んでいるようにも見えなかった。
感情なんて、捨ててしまおう。慈悲の心など何も無く、温かさなど一欠片も無い。そう、まるで、私の異能のように――
私はいよいよビルヂングの中へと入っていく。その瞳に、もう一切の躊躇は無かった。
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