※乱歩さん視点


「はあぁ〜……」

僕は、社員寮の自分の部屋のソファに寝転がりながら、らしくもなく深い溜め息を吐いていた。

ちらりと下の方に目を向ければ目に入る、折り紙で作られた一枚の短冊。それをそっと手に取り、改めて自分の文字が書かれている短冊を見ては、また溜め息を吐く。それを延々と繰り返していた。


僕としたことが、何をこんなに悩んでいるのだろうか。解決するために必要なのは、難解な殺人事件の犯人を暴くことよりも──いや、それこそ近くの駄菓子屋で駄菓子を買ってくることよりもはるかに簡単で、容易いことだけだというのに。


それなのに、僕はこんなに溜め息ばかり吐いて、まるで世間で言う「へたれ」と呼ばれる奴のように、うじうじといつまでも悩んでしまっているのだ。


そして僕は、また同じことを頭の中にぐるぐると巡らせて溜め息を吐くと、不意に窓の外の夜空が目に入ってくる。すると、都会である横浜にしては珍しくかなり星がたくさん出ていることに気がついた。


──横浜でも、こんなに綺麗な時あるんだなあ。しかも7月7日に。

そう思って試しにソファから起き上がり、ベランダの窓を開けてみると、辺りが暗く月も出ていない所為か、かなり綺麗に見えていた。昔住んでいた田舎の夜空には劣るものの、これくらいなら見る価値はあるかもしれない。そう感じるくらいには、綺麗だった。


社長に連絡してみようかな……そう考えたところで、僕は再び先刻悩んでいたこと──というより、その悩みの原因である女の子の顔がぱっと頭の中に浮かんできて、僕は一瞬だけ動きを止めた。


『……乱歩さんのご実家って……その、そんなに星が沢山見えるんですね』


顔を上げたと同時に揺れる、長い黒髪。普段は遠慮がちに伏せられている瞳が、その時はしっかりと僕の方を見てぱちぱちと瞬いていて。僕はそれを見る度に、きゅうっと胸が縮こまるような感覚を覚える。


僕は、みょうじなまえという名の彼女の、この表情がとても好きだ。僕のことだけを見てくれているとはっきり感じることのできる、この表情が。


でも、彼女は滅多に僕に向けてその表情を見せてくれることはない。それどころか、僕が彼女と目を合わせようとすると焦ったように瞳を泳がせて、顔を真っ赤にしながら俯いてしまうのだ。


まあその表情はその表情で可愛いから、それは別に良いんだけど。と、僕は再びソファにごろんと寝転がって再び考えた。

それにしても、彼女は自分に自信が無さすぎだ。仕事でもそれ以外でも誰よりも人のために行動し、自分のことは後回し。それどころか、自分のことをないがしろにすることだって多くある。むしろその方が多いかもしれない。

それなのに、どうしてだか「自分は気弱で駄目だ」なんてことをいつもいつも考えているのだ。


僕はずっとずっと、そんななまえのことを見ていた。なまえは事務員だからあまり話す機会はなかったけど、何だか放っておけなくて、気がついたら彼女のことを目で追っているようになった。それが恋心だと知るのは、それから随分経ってからだったけど。


そして、ある時ついに僕の方から初めて、なまえに好きだということを伝えた。なまえはかなり驚いた様子だったが、「はい」と返事をした時はとても嬉しそうで、僕も更になまえのことが好きになったと感じたのを覚えている。


そして、それから付き合い始めて、今に至る訳なんだけど──僕が悩んでいるのは、そこなのだ。


何かといえば、付き合い始めてから、なまえの態度が何だか冷たいような気がするのである。


まあ確かに、付き合う前は会話という会話もあまりしたことがなかったから、ある程度は当然と言われても仕方がないと思う。


でも、付き合ってからかれこれ1ヶ月以上は経つというのに、先刻も言った通り目が合うこともあまりないし、デートもあまり行ったことはない。


それに、何だか余所余所しいというか──彼女との間に何か見えない壁のようなものを感じるのだ。

本当は、僕のことをずっと見ていて欲しいし、もっと二人で出かけたりもしたい。手だって繋ぎたいし、できればキスとかも──本音を言えば、したいし。

とにかく、なまえのことを誰よりも一番知りたくて仕方がないのだ。

でも、なまえの余所余所しい態度を見ると、柄にもない不安がどうしても胸の中をちらついてしまう。

実は、彼女はもう僕のことを好きじゃないんじゃないか。もしかしたら他の男を好きになったとか、いやでもそんな素振り、今まで見せたことなかったし……なんてことを四六時中考えてしまい、時には仕事に支障をきたすほどだ。


でも、そのことを直接なまえに聞くことができないのはきっと、


「…………なまえ、今何してんのかなぁ……」

──それほどなまえに離れていってほしくないと思っているからなんだろう。


少し前までは、一人の女性にここまで自分の弱いところを自覚させられるだなんて、想像もしていなかった。

でも、そうなってしまったからには、何でも正直に自分の気持ちを言いたいし、彼女からも言って貰わないと困るのだ。



だから、今この悩みを解決するために、僕にできることはきっと──



「………………会えないかな、なまえに」



僕はそうぽつりと呟いて、ゆっくりと立ち上がった。片手には、自分の今一番の願いが綴られた短冊を持って。


僕はそれをちらりと一瞥した後、星が瞬く濃い藍色の夜空を見上げた。そして、どうかうまくいきますように、と少しだけ目を閉じる。

そこにあるはずのない笹の葉が、さわさわと揺れる音がしたような気がした。


「……折角の七夕なんだし、ね」


そして、僕は目を開けるといつもの調子で口の端を吊り上げた。もし、織り姫と彦星とやらが願いを叶えてくれるというならば、それに乗ってやろうじゃないかと、願いの書かれた短冊をそのまま懐に仕舞う。そのまま玄関へと歩いていき、ガチャリと扉を開けて夜風が吹き抜ける中を歩き出していった。



行き先は、天の川の向こう──とでも言っておくことにしよう。



『なまえの一番特別な存在になりたい』



天の川を渡って、
君の元へと




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