「おお〜」


或る夏の日、すっかり空が黄昏に染まりきった頃。

しかしそれとは裏腹に、明るく賑やかになっていく神社の通り。


――私逹は、探偵社の皆さんで神社の夏祭りに来ています!


「夏祭りなんて久しぶりだな…」


「おおお凄いねえ夏祭り!ねえ国木田君、射的でどっちが多く景品獲れるか勝負しない?」

「五月蝿い、騒ぐな太宰!お前のことだから『負けた方驕りね〜』などと言う心算だろう!いやそもそも、俺逹が射的などやったら景品がなくなってしまうではないか!!」


本当にお前は何時も何時も…といつものように溜まった不満による長いお説教が始まる。


――仲が良いのか悪いのか。


「うふ、浴衣姿の兄様、とっ…ても素敵ですわ……」

「や、止めなよナオミ、人沢山居るンだから」

「わあ、都会にもこういうお祭りあるんですね!豚の丸焼き美味しかったなあ…」

「丸焼き…相変わらず凄いね…賢治くんの村……」



――矢っ張り探偵社の人は相変わらずです。


いやそれよりも。


何か皆話しかけてくれない…!?

何で!?

私何か悪いことしたかな!?

せっかく浴衣着てきたんだけどなあ。


…まあボーっと突っ立っていても仕方ない。

取り敢えず与謝野さん辺りに声をかけてみようと足を踏み出したときだった。

「なまえ〜!!一寸!」

「はいっ!?え、わああっ!!」


いきなり手をぐいっと引っ張られた。

突然引っ張られたのと浴衣を着ているのとで、足がもつれてよろめくが何とか持ち直す。

――って、この声は、


「ちょっと乱歩さん!!突然引っ張らないで下さい!!」

乱歩さんは何も気にしていない様子で、にこにこと笑みを浮かべている。


「ん〜?一応加減はしたのに、
全くドジだねえなまえはこれ位で」

「いやいや、これが普通でしょ!?」


良く見たら浴衣を着ている乱歩さん、浴衣で動きにくいのは解る筈じゃないか、全く。


すると何を思ったのか乱歩さんは悪戯っぽく笑って、「なまえが何考えてるか中てて見せようか!」と眼鏡を持ち上げる真似をした。


「そうだね、多分、一緒に回る人いなくて寂しかったんでしょ?」

「うっ…」


図星を指され言葉に詰まる。矢っ張りこの人に隠し事は効かない。

私の反応に、図星だった?と楽しそうに笑う乱歩さん。


「まあ、確かにそうですけど…」

「それじゃあ、僕が一緒に回ってあげる!」


そんなことを言って、無邪気に笑顔を浮かべる。

随分偉そうな物言いだけど、まあそれはいつものことなので素直にOKの返事をする。


「それじゃあ、」


と思ったらいきなり私の前で手をぎゅっと握られた。



驚いて乱歩さんの顔を見上げると、其処には薄暗い中、屋台の光に照らされる何時も通りの笑顔。



「今度は転ばないように、こうしてよっか」



そう意味ありげに呟いて、にっこりと微笑む乱歩さん。


その乱歩さんの瞳が、夏祭りの幻想的な光を映し出してきらきらと光っている。
それが何だかとても綺麗に見えて。


雰囲気のせいだろうか、
そう思うと、何故か急に胸が締め付けられるのが分かる。何でだろう。

今までこんなこと無かったのに。


「ほら、あっちにりんご飴とか綿飴とかいっぱいあるよ、早く行こう!!」

「…っ…あ、はいっ」


そして手を引かれてりんご飴の屋台に一直線に連れていかれる。
胸の高鳴りは収まらないまま。



==========

心臓がばくばくしている。

心臓がばくばくしている。


「ほらっ!綿飴!!…あーでも凄い並んでる」

繋がれた手に何故かとても緊張してしまって。


どうしてだろう。何故か乱歩さんを見るだけで胸が苦しい。

でも、苦しいのに、ふわふわした気持ちになって楽しくて、みたいな。


握られた手も私より大きくて、矢っ張り男の人なんだなあ、なんてことを思ってしまったり。

いつの間にか顔が熱くなっていることに気づき、ぶんぶんと首を振る。

どうしよう、もしかして私、乱歩さんのこと…


そう思うと更に顔が熱くなる。

でも恋なんて本当に久しぶりで、どうしていいのか良く解らない。


「…ってなまえ、聞いてる?」

「あっ!わああごめんなさいちょっとボーッとしてて…」

色々悶々としていたら乱歩さんの話を全然聞いてなかった。


何とか誤魔化そうと笑顔を作る。
まあでも相手は本物の「名」探偵だからとっくに見破られているんじゃないかとは思うけど。


「ふーん…まあいいや、それより綿飴混んでるからりんご飴買いに行こう!!」


「はいっ、…て、わっ!」


そして私の手を引いて私が転ばない程度に走り出す乱歩さん。


人混みをかき分け、調度りんご飴の屋台の列に着いたところで止まった。


「ふふっ
りんご飴食べるの久しぶりだから楽しみだなあ〜!」


矢っ張りお祭りといったらりんご飴だよね!と笑う乱歩さんは本当に楽しそうだ。

でも私はしっかりと繋がれた手のドキドキが止まらず、それどころでは無かったんだけど。



そしてもう少しで買えるというくらいまで来たとき、乱歩さんが「あ、そうだ」と唐突に切り出した。

「そういえば今日なまえ、浴衣着てるよね」


「あ、はい、折角だからと思って…」


私は下を向いて自分の着ている浴衣を見てみる。探偵社の女子社員組に連れられて選んだ浴衣だ。

紺地に、綺麗な蝶々が舞っている大人っぽいデザイン。
自分で似合っている自信は無かったけど、皆にはこれが一番似合っていると言われた。


乱歩さんは私の浴衣をまじまじと見てから、ふうんと軽く返事をする。

そして今度は私の目を見て、何時も通りの笑顔で微笑んだ。

「似合ってるよ、すごく」

「えっ…」

私の心の中で雷が降ってきたかのような衝撃が走った。

――え、今、なんて?

「あっ順番来た!おじさん、りんご飴2つ頂戴!」

「はいよ、400円ね」

乱歩さんが嬉々としてお金を渡しているのをよそに、私は乱歩さんの言葉を心の中で反芻していた。

――似合ってるよ、すごく



乱歩さんが、似合ってるって、言ってくれた。



その事実が信じられなくて、自分で頬をつねる。痛い。夢じゃない。


そう実感するのと同時に、じんわりと私の中に喜びが広がっていくのが分かる。


嬉しい。とっても嬉しくて。


頬が独りでに緩んでしまって。


思わず流れてきてしまった涙を急いで拭った。



―――私は、浴衣を着てきて良かった。



「ほらなまえ、りんご飴!…ってあれ、何で泣いてるの」


ちゃんと拭った心算だったのだけれど矢っ張り乱歩さんには隠せなかったみたいだ。

私に差し出そうとしたであろうりんご飴を2つ手にして、珍しく少し慌てている。


私は気持ちの赴くままに、乱歩さんの袖を勢い良く掴んだ。


「…乱歩さん、好きですっ!!」


「……えっ?」


乱歩さんが目をぱちくりさせるのも構わず、更に浴衣の袖を握りしめて叫んだ。


「乱歩さんも、浴衣、すごくすごく似合ってます!」


格好良いです!と言い切って、私の精一杯の笑顔を作った。

このとき、私の胸は幸せと感動でいっぱいだった。


そして二人の間に、少しの沈黙が流れた。

「………あっ」


そしてだんだんと周りの音が耳に入ってきて、ようやく気付いた。
周りの人の視線がほぼ全て私に集まっていることに。


――やってしまった


やってしまったあああっっ!!


こんなタイミングで告白するなんて

しかもけっこう大きな声で

何より乱歩さんの視線が一番痛い。

私は一気に襲ってくる凄まじい羞恥に耐えられず、その場を逃げ出した。

「…あっ、一寸待ってなまえ!!」

乱歩さんが追ってくるけど、返事を聞きたくなくて夢中で走った。

「はあ、はあ、はあ…」

夢中で走って走って、気がついたら知らない茂みの中にいた。

何とか逃げてはきたけど、沢山走ったせいで下駄を履いている足がじんじんと痛い。

思わずふらふらとその場に座り込み辺りを見回す

しかし、


「此処何処…?」


後ろや前を見渡してみるが、どう見ても私の知っている道はそこにはない。

考えた限り最悪の展開に、一気に顔から血の気が引いていく。

ああ、最悪だ。

勝手に逃げてきた癖に、道に迷うなんて。


「どうしよう……」


これでは、引き返そうにも道が全く解らない。

このまま帰れなかったらどうしよう、と思うと頭の中が不安でいっぱいになる。

流れ落ちてきた涙が、折角買った浴衣に染みを作る。


でも、不安でぐしゃぐしゃな頭の中で思い浮かぶのは、


やっぱりあの自慢気な笑顔だった。


「乱歩さん……っ」


何処か祈るように、その人の名前を口にした、その時



「なまえっっ!!」



「……え…」


背後で聞こえた聞き覚えのある声と、息を切らして土を踏む音。

反射的に振り返った先には、ずり落ちた眼鏡を直しながら、肩を上下させる彼の姿があった。



「全く、いきなり走り出さないでよ…!超推理まで使って探しちゃったじゃん…」

「乱歩さっ……ごめんなさい、私………」

「…良いよ。言いたいこと大体判るし」


謝ろうとした私を乱歩さんの言葉が制す。

乱歩さんはしばらく息を整えてから此方に歩み寄り、目線を合わせる様にしゃがみ込んだ。

明らかに何時もよりむすっとした表情に、何を言われるのか少し怖くなる。


「どうせ、私のせいでー、とか、迷惑かけてごめんなさいーとか、そんなこと思ってるんでしょ?」

「…そりゃあ、迷惑かけましたし……わっ!?」


俯いて視線を逸らした私の腕を、突然勢い良く引っ張られた。

そして前方によろめく私の背中に腕が回ってきてそのまま引き寄せられる。


「は…え、乱歩さん…!?」

「迷惑な訳ないでしょ、好きな子からの告白なんだから」

「……!?」


驚きで固まる私をよそに、乱歩さんは私の背中に回る腕の力を強くした。


「あーあ、本当は僕からちゃんと言うつもりだったのに!」

「…う…嘘……」

「本当!!だから返事はね…」


抱き締められていた体が一端離れて、乱歩さんは私の目を真っ直ぐに見つめた後にっこりと微笑んだ。


「…僕も好きだよ?」


思っても見なかった言葉たちまち涙が溢れて止まらない。

馬鹿みたいにぶんぶんと首を縦に振る私に「もーホント泣き虫だなあ」なんて嬉しそうに言って再び抱き締められる。今度は先程よりも強く。


温かい体温、どこか安心する乱歩さんの匂いに思わず頬が緩んだ。




「あっ!花火始まってますよ乱歩さん!!」



ずっと離さないと言わんばかりに抱き締める乱歩さんを何とか説得し、乱歩さんに従って来た道を戻っていた頃。

私はドオンという花火の音に気づいて上を指さした。


「あ、本当だ!調度良く見える位置だね」


確かに。周りに人はいないし、上の方は竹林が調度切れて開けている。


「きれ〜…!綺麗ですね乱歩さん!!」


感動を伝えようと隣にいる乱歩さんの方を見上げる。


すると、突然、



「……んっ!?…」



ちゅ、という音を立てて、急激に近づいて離れていく彼の顔。
唇には柔らかい感触。


状況を飲み込めずぽかんとしていると、悪戯っぽく笑う声が降ってきた。


「…ごちそうさま!」


その言葉にやっと状況を理解した私の顔はどんどん熱くなっていったのだった…


========

実は全て乱歩さんと探偵社の皆さんが計画したことだったりする。

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