空が青くて助かった
 
「もしもの話なのだけれど」

カチン、音を鳴らして目の前の男性が話を切り出した。
昼下がりの午後、広めの室内で仕事をしている私のところにやってきて休憩時間にしている彼、ダイゴさんは私の上司である。

仮にも副社長が何でこんなに一介の部下のところにいるんだろうか。私の疑問などお構いなしといった様子の彼は、一度ソーサーに置いたコーヒーカップを再び手にとった。
湯気が立ったコーヒーを口に含み、飲み下すという一連の動作を済ませる。

「崖っぷちでボクと、ナマエちゃんのポケモンであるヒメグマ。二人して崖で落ちそうになっていたらどうする?」
「…はあ」

時折ダイゴさんはおかしなことを聞く。今度はいつ休みなのかということから、心理テストのようなことまで様々だ。仕事に関するものを聞いてくることは滅多にない。
聞かれるたびに毎回「そんなことより仕事しろ」と言いたいのだけど、それを言っても彼の仕事量が増えるかといえばそうでもないのでやめておく。

今回は聞き飽きたフレーズの質問だ。この前同僚が自分の恋人にされたと自慢してきたのだけれど、なぜここでダイゴさんはこの質問をしてきたのだろう。別に恋人でも何でもないのに。

それにしたって、崖か。落ちかけるぐらい崖のふちに立つとは、ダイゴさんは相当にネジが緩いんだな。私のポケモンはまずそんなところに行かないのできく意味はない。
この質問に答えれば仕事に戻ってくれるだろうか。いや、彼のことだ、その答えを聞いたら満足して石を探しに行くに決まっている。

ダイゴさんがいる間に社長室に連絡すると逃げられるため、今私の手元には連絡を伝達するものはない。精々処理をしている最中の資料やレプリカが散らばっているくらいだ。
ああ、それとダイゴさんが入れてくれたアップルティー。彼が入れてくれるアップルティーは美味しいものが多いので少し気に入っている。

私もアップルティーで乾いた口の中を潤し、喉へと流す。少し冷めて温くなったくらいがちょうどいい。

「どうする?」

ダイゴさんはソーサーとカップを脇に置いていた机においてこちらに歩いてくる。そういえば、私は今質問をされているのだった。

「二人共助けますけど」

どうせ崖のぎりぎりに立っているんだ、強風で前につんのめらない限り落ちはしまい。私がその場にいるのなら、内側に引っ張ってやればいい。
しかし答えを聞いたダイゴさんはかぶりを振って、違うんだよ、と返してきた。

「どちらか片方しか助けられないんだ。ヒメグマか、ボクか」
「崖のふちに立っているのなら、二人同時に引っ張ることもできるでしょう?」
「…、まずはそこから食い違いが出ているようだね」

どうやら認識に違いがあったらしい。そんなことは早く言ってくれ。

「崖のふちで、ボクとヒメグマが落ちそうになって崖の地面を掴んでいるんだ。そして周りにはキミしかいない。どちらかを助けている間に、もう片方は力尽きてしまう」

さあ、キミならどっちを助ける?

ダイゴさんはそう言って綺麗な笑みを貼り付けた。相変わらず、猫かぶりの上手い人だ。
彼が望んでいる答えなど、私は知る由もない。元々ダイゴさんと私では考え方が違うのだから、ダイゴさんの望む答えなんて持ち得るはずがないのだ。

その問いに対する答えは既に決まっている。

「ダイゴさん」

私はダイゴさんを助けるだろう。
答えを聞いた彼は少し目を見開いて、驚いたように口をぽかりと開けた。間抜け面な彼の方がよっぽど彼らしい。

「驚いたな、ボクを助けてくれるのかい」
「はあ、そりゃあ一応上司ですし…そもそも私のヒメグマなら、その崖くらい簡単に登れますよ」

可愛い可愛いと言って愛でているが、仮にもヒメグマはポケモンなのだから。崖を登る力くらいある。
ダイゴさんはそれを聞いて何やら思案顔をしていた。何を悩んでいるのかは知らないが、私の仕事の邪魔をしないでさっさと自分の仕事を消化したほうがいいんじゃないだろうか。

この前見たダイゴさんの書類だらけの机を思い出しつつ、それを伝えると苦笑いが帰ってきた。それでもまだ仕事に戻ると言わないあたり肝が据わっている。
今日の質問は終わっただろうと思って書類と向かい合わせになって、ふと気になったことを聞いてみる。

「ダイゴさんは、」
「ん?」

「ダイゴさんは、私とミクリさんがその状況だったらどうします?」

ダイゴさんの時間が止まった気がした。私はなにかおかしなことを尋ねただろうか。
首をひねっておかしいところを考えてみるが、特になにもおかしなことはない。それとも私じゃなくてこの前から仲良くしてくれる…ええと、そう、ユウキくんとかにしたほうがよかっただろうか。

まあどうせ、ダイゴさんは私のことは選ばないだろう。いつもこういう質問では私が傷つくほうを選ぶ彼のことだし。
少しは部下を大事にしたらどうですか、と言いたいところだが、ダイゴさんはいつも優しいのでこれくらいは許してやろう。仕事をやってくれるのならまだいいが。

いつものように考え込んだ彼が、私の予想通りの答えを出す。

「私は助けてくれないんですね」

ため息をつきつつ用意をしていた不満を告げると、彼は苦笑して一言告げる。

「二人いっぺんに助けられるなら、迷いなく二人とも引っ張るんだけどね」
「奇遇ですね、私もですよ」
「やっぱりそういう考えになるか」

それでも少しくらいは僕だけっていう選択にして欲しいなあ、とぼやくダイゴさんにもう一度仕事に戻るように注意した。さっき選んだんだから文句は言わないで欲しい。
コーヒーを飲み終わったのか、カップをそのままにして背中を向けた彼を見送りつつ、私は仕事の方に集中しようと書類を手にとった。

「ああ、そうそう」

彼が部屋から出る間際、思い出したように私に告げる。

「キミが落ちたら、ちゃんとボクもナマエちゃんを追いかけるからね」

いつもどおりの音がしてドアが閉まる。私はというと、さきほど言われた意味をよく理解できないままにペンを握っていて。
私が落ちたら、ダイゴさんも追いかける。それがどういう意味を持っているのかということを察することができないほど私は鈍いわけでもない。

ああ、今更彼の危うさに気づいた気がする。これは抜け出すのも厄介そうだ。彼を引き離すためにはどうすればいいだろうか。我ながら随分と気づくのが遅い。
とりあえずあの人が私を見捨てるまでは誰とも特別親しくしないでおこう。

完全に冷めたアップルティーを口に含んで、私は目が滑る活字を必死に追いかけたのだった。

空が青くて助かった
(それは心中という名のプロポーズ)


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相互記念でけやき様へ!

ダイゴさん…ちゃんとダイゴさんになってるかわからない…!口調が迷子ですねすみません!!!
しかもヤンデレを書くとか言っておきながら全然ヤンデレっぽくないですね!!ヤンデレじゃなくてもうほのぼのとして見てください!!
ゴタゴタした文をお渡ししてしまってごめんなさい…書き直しはいつでも承っています!

相互ありがとうございます!色々とご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いしますー!
  浅葱 茂依


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