きっとやり直しの延長で
  ※名前変換に対応しているのは茂依宅の夢主だけです

これはなにかの間違いだと、何度も言いそうになった。
だってひどいじゃないか。俺が渇望している未来にたどり着くことが出来ないのに、なんで想像もしていなかったところから別の未来が出てくるんだ。ふざけるな。

「ナマエくん?」

声が聞こえる。今まで出会った人の中で一番、綺麗な声の持ち主だった。
誰かの指が肩に触れる。細くて、力を込めて握ったらすぐに折れてしまいそうなほど弱い指先が、手入れしていない青灰色の髪を梳いた。

「どうしたの、ナマエくん」

ぞわりと悪寒が俺の体を駆け抜けていった。

優しく触れる指を払った。呆気なく離れるそれを嘲笑し、俺に影を被せるそいつから距離をとる。
涼やかに入ってくる声を聞かないように耳をふさいだ。もう何も聞こえない、聞こえなくていい。もうそいつの声はうんざりだ。

俺に近寄ってきていたそいつは躊躇いを見せた。当たり前だ。もう何日も、俺はこいつとまともに会話していない。
別に俺はどうってことはなかった。むしろそいつは近寄ってきて欲しくなかったから。

もう嫌だ。どうして俺だけがこんな目にあわなきゃいけない。なんで俺はこんなところにいる。どうしてあいつは戻ってきてくれないんだ。

震える指先が、緩慢な動作で俺との距離を詰めてくる。一気に珍獣になった気分だった。
なんだよ、俺が嫌なら近づいて来るなよ。そんな風に怯えられてるのが一番胸糞悪いんだよ。言いたくても言葉にならず、空気の塊が部屋を揺らした。

「あの、」

耳を塞いでいるのに聴こえてくる声に苛立ちさえ感じる。お前は一体何が目的なんだよ。
やはり耳栓を買っておくべきだっただろうか。そしたらまだそいつの声は聞こえにくくなっていただろうに、後悔先に立たずというやつだ。

どうせここから抜け出したところで俺に居場所はない。俺にはこいつしかいない。そんなことはわかっている。そんなことは俺にだって理解できている。
でも俺はひたすらにこいつを拒んだ。こいつは拒むべきだと、そう感じていた。

「待って!」

もう何日も動かしていない足を動かした。固まっていた関節、もうボロボロになってしまっている骨、いきなり伸縮を始めた筋肉。体中の至るところから悲鳴が上がる。
ひどいじゃないか、俺が何度も望んでいたものは分け与えることもしないで、それなのに別のものを押し付けるなんて。これだから俺は世界が嫌いなんだ。

荒い息が空気を震わせ、笑う足が進む距離を短くする。ああもう、何もかもが重い。

ドアを開けた直後、後ろから腕を掴まれてつんのめった。限界だった足が力をなくして曲がる。フローリングの床に倒れ込んだ俺を抱きとめたそいつは先程見た少女で。
やめろ、俺に触るな、俺の知らない手で俺を触るな。

今度こそと強くそいつの手を強く振り払う。開け放たれた扉から差し込む光がとても眩しいものに思えた。
とにかく外に出なければ。外に出たら何をすればいい、ジュンサーさんに助けを求めればいいのか、いやそんなことはできるはずがない。

ぐるぐると揺れる頭が様々な言葉をはじき出す。その中に妙案はない。
ポケモンは?持っていない。アテにできる人は?いるわけない。隠れるところは?しっているはずがない。

「まっ…まって、ってばっ!」

ウインディ、ナマエくんを捕まえて!
そんな言の葉が飛んですぐに耳に届く草を踏みしめる音。四足歩行の動物のものだということがすぐにわかった。

ああ、また俺は捕まえられるのか。俺はまた、知っている奴が誰もいない小屋に詰められて一日を過ごすのか。なんで俺だけ。
不意に後ろから服の襟を引っ張られて息が詰まった。子猫のように連れ戻される感覚。ウインディが俺をあいつの元に引きずっている。

フローリングに投げ出され、受け身を取ることもできずに冷たい木目にぶつかった。慣れたいつものものと同じ。
息を切らしているあいつと俺の間には少しの空白の時間があった。その空白さえ、今はひどく煩わしい。

「なんで、逃げるの」

彼女は声を震わせてそう尋ねた。

「なんで答えてくれないの」

一歩、俺に近づくように踏み出された一歩。俺はそれとほぼ同時に後ろに後ずさる。一歩踏み出されて、もう一度。
少女はひたすらに俺を追いかけてくる。俺も壁につかないよう、必死に計算しながら着実に後ろへと逃げていく。部屋をぐるぐる回るいたちごっこの完成だ。

「私、何もしてないのに」

ならもう、何もしないでくれ。俺を追いかけることも閉じ込めることも話しかけることも触ることもしないで、俺に関わることを放棄するだけでいい。それが一番の"何もしない"だから。

「…もしかして、怖いの?」

その言葉に反応する己の眉。険しくなった俺の顔を見ながら、やっぱり、と言って少女はゆっくりだった距離の縮め方を一気に素早くする。
必然的に近くなる距離に嫌悪感を抱き、一気に後ろへと下がった。軽い衝撃が体を揺らし、そこが壁だということを伝える。

しまった、そう思ったときには既にもう一度距離を詰められていた。

暖かいものが俺の体を包み、控えめな甘い香りが鼻腔をくすぐる。首にかかる吐息が彼女のものだということは即座に気づいた。

「大丈夫、大丈夫だから」

彼女は俺を抱きしめていた。女性らしい細い手が俺の背中に回されて動かない。彼女の表情は見えるはずもない。それと同時に、俺の表情も彼女に伝わることはない。
走ったばかりでまだ少し早い二つの鼓動がお互いの体を打ち鳴らす。安堵を訴えるその鼓動にも気持ち悪さを感じた。

「ダイゴさんたちがちゃんと、元の世界に戻してくれるからね」

その名前を出すのはやめてくれ。
俺の言葉は届くことなく、心の中で反響して消えた。

代わりに出たのはかすれた声で、溢れたものは俺の目から溢れる塩水だった。彼女の肩を濡らしていく水が、今はとても憎たらしい。
彼女は俺が泣いていることを悟り、あやすように俺の背中を何度も優しく叩く。その動作にまた言葉にならない声を上げてしゃくり上げて涙をこぼした。

彼女が密かに笑ったのを感じた。もうどうでもよくなった。どうせ彼女は俺が気づいていると知っているのだから。
ただひたすらに泣き続ける俺と、それをあやす少女の姿が、この部屋で一番異質なものだった。



俺はなんとなく感じている。
彼女は俺という存在をこの世界に順応させようとしていることを。

この世界のダイゴさんが俺を元の場所に戻してくれる?そんなものは嘘っぱちだ。
どんなにがむしゃらに頑張っても、世界は俺に優しくないのだから。

そうやって俺が目ざとく気づいているのは、きっと彼女…アカザも知るところではないのだろう。

きっとやり直しの延長で
(どう頑張っても報われないのなら、)


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相互記念(?)でだみえ様へ!

夢主コラボを書こうとしたら予想外にひどい結果になりましたごめんなさい!!
しかもアカザさんって名前全然出てこないし…これはひどい…
補足で、アカザさんがなんでナマエを小屋に連れ戻したかというと、アカザさんはちゃんとダイゴさんにナマエのことを伝えたのにダイゴさんが元の世界には戻せないうんだらといったからです。

アカザさんはしっかりナマエを順応させて暮らさせて行きたいんだけど、別世界に来たナマエはとうとう壊れちゃって世界に順応できないっていう裏話。

わけがわからないものですが、よろしければ…!書き直しはいつでも承っています!
相互ありがとうございます!これからも騒がしいと思いますが、仲良くして下されば嬉しいです!
  浅葱 茂依


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