ミルクティーに砂糖を一つ
 
「で、最近どうなのさ、そこんとこ」

ティーカップに沈むスプーンをぐるぐると回しつつ、目の前で体を縮こまらせている金色の髪を持つ彼に問いかける。私の言葉に彼は大きく動揺した素振りを見せた。

「ど、どう…って、」

泳ぐ視線。しどろもどろな返事。
前から変わらない彼の動作にため息をついて、動かしていたスプーンをソーサーの上に置いた。昔はカップからソーサーに中の飲み物を移して飲んでいたということを聞いたことがあるけれど、それは今は関係ない。

私は彼、エミルの弱腰な部分はあまり好きではなかった。

弱気な彼を見ていると、心の奥がいつになくざわめいている気がする。普段はそれほど感じることのない、この煮えたぎる感情を、目の前の彼にぶつけられたのならどれほどいいことだろうか。
腹の中をスプーンを回している時のミルクティーみたいに回る感情を悟られないよう、努めて平静を装ってその疑問を突き出した。

「マルタとは、ちゃんと連絡をとってるわけ?」

マルタとは彼の想い人の名前だ。
その名前を口にしたとき、エミルの肩が跳ねた。風に吹かれて金糸が揺れる。中々いい雰囲気の喫茶店だっていうのに、目の前の彼がすべてをおじゃんにしている気がする。

彼がわかりやすいのは、ひとえに彼が素直なのが要因だろう。美点でもあるが、今の状況では私の中の熱を上げるスパイスにしかならない。

燻っている熱をエミルに悟られないように視線を外した。舗装されて白いタイルが並んでいる道路に、等間隔で植えられた切り揃えられている木々が寄り添っている。
空は喫茶店の落ち着いた雰囲気に合わせるように晴れやかな色を纏っていた。もちろん私の機嫌はそれと反比例するくらい低い。

行き交う人たちはいつものように私たちに見向きもせずに通り過ぎて、誰かに変わってもらうことなど出来そうにもなかった。こんな時に知り合いが通りがかってくれたらなぁ。

視線をエミルに戻す。向かいに座った彼は猫背で俯いているし、よく見れば自らが頼んだアップルティーにも手をつけていないじゃないか。
私が彼からの答えを待って自分で頼んだミルクティーに口をつけようと、目の前の金色は全く上に上がる様子はない。いつになったらこのうじうじとした性格が治るのか、いや、一生治ることはないかも知れない。

テーブルの端に置かれている角砂糖でもぶつけてやろうか。
白いそれが入った器を手に取ると同時に、煮え切らない態度の彼は慌てたようにこちらを向いた。

「ま、マルタが、ほかの男の人と歩いてたんだ」

へえ、そうなんですか。私の中でひねくれた返事がこだまする。
エミルが言うには、マルタに会いに行ったところ、ちょうど建物から出てきたマルタが他の人と笑いながら歩いていたらしい。そのときの笑顔がいつも向けられているものとは違っていたので、自分といてもマルタは幸せになれないんじゃないかと思ったと。

そしてその場所から逃げて、以来マルタとの連絡を絶っているんだとか。

私がその話を聞いた感想を言うなれば、どれだけ自信がないんだ、この男は。といったところか。
第三者から見てもマルタはエミルにベタ惚れであるし、エミルもまたマルタのことを好いていることはわかる。だというのにこの弱気発言。アホらしい。

マルタはどうしてこんな男に惚れたんだろう。今は遠い場所にいるであろう友人に思いを馳せつつ、私はもう一度ミルクティーを口に含んだ。
カフェテラスの中にはまばらに人がいるが、エミルはそんなことお構いなしといったように落ち込んでいた。

「やっぱり、マルタには他にももっといい人がいるんだよ…」

ぼそりと落とされた言葉に、燻る熱が炎を象ったような錯覚をしてしまった。
どこまで女々しいのだ、この男は。マルタがどれだけエミルのことを思っているのかも知らないだろうに、よくもまあそんな台詞が吐けたものだ。

私がエミルなら、自惚れていてもおかしくないのにな。じわじわと熱が侵食してくる頭で考える。

「エミルはそれでいいの?」

なるべく平静を保ち、金色に問いかける。私よりもずっと背が高いそれは少しの戸惑いを見せながらも、首を横に振った。

「なら、ちゃんと自分のほうを向いてもらえるように努力しなさい。私が何回エミルの話を聞いても、エミル自身が努力しなくちゃ意味がないよ」

この言葉も何回言ったことだろう。
彼は私の心情を知ることなく、私も彼に心情を理解してもらおうとすることなくここまできた。恐らくこれからも、彼が私をすべて理解することはない。

エミルは私の言ったことを何度か繰り返した。この光景だって見慣れたものだ、次に何をするかくらい簡単に予想できる。
私の考えているときと同じくらいの時間、ほとんど変わらない動作で顔を上げた彼は、そのエメラルドの瞳を不安げに揺らしながらも予想していたものと同じ言葉を吐いた。

「もうちょっと頑張ってみるよ」

「ありがとう、ナマエ」そういった彼は、全部とは言えないものの、不安で覆い尽くされていた部分のほとんどはぬぐい去ることができたようだ。相談ができてスッキリしたのだろう。
そう、頑張ってね。私もこの前と同じ言葉を吐いたのと同時に、金色の向こうに見慣れた亜麻色の髪が覗いたのが見えた。

「後ろ」

私が向かい合っていた彼に告げる。エミルは私に促されて振り向いて、そして何かを発見したように立ち上がって走り出した。

私の向かい側の席には手がつけられていないアップルティーと、そのアップルティーの代金と同じ価値を持つ硬貨が残されている。先程までいた金色はもう見えない。
一応自分の頼んだものは自分で支払うつもりだったんだな、そう思いつつ硬貨とアップルティーを手繰り寄せた。折角入れてくれたのに勿体無い。

別にいいのだ、彼と彼女が幸せならば。彼らは私の気持ちなんか知らなくていい。

先ほど弱気だの女々しいだの悪態をついてはいたが、自分も人のことを言えたものではない。何が努力だ、何が頑張れだ。私だって何もしなかったくせに。
世界を知らなかった金色の鳥は、私の手を離れてどんどんと飛び去っていく。折角捕まえていた私の心なんて理解することなく、青く晴れた大空で自由に過ごすのだ。

「あーあ、私がマルタだったらよかったのになぁ」

彼と同じ色をした綺麗な飲み物は、ミルクティーでもないくせにどろどろと私の中の熱を通り過ぎていった。



ミルクティーに砂糖を一つ
(どうせ私はヒロインじゃないもの)


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相互記念、なぎ様へ!

エミルでイラストor小説オッケーです!って言われたので…!甘いのを書くつもりだったのに殺伐としてるるるるる…
【タイトルの謎】最初はアップルティーとミルクティーじゃなくて、二人共ミルクティーを頼んでいるつもりだったんですが、なんでかこうなりました。色々と本当にすみません!
書き直しはいつでも承っています!
相互&リクエストありがとうございます!これから仲良くしてください!

 浅葱 茂依


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