誰しも裏は持っている
 
それはある昼下がりのことだった。

「お、邪魔してるぜ」
「おかえりなさい」

大広間に座った二つの人影を見て頬がひきつる。片方は僕がいつも見かけている人と同じ出で立ちではあるが、見慣れたもののほうがどこかぼんやりとしている雰囲気を醸し出しているので違うとすぐにわかった。
恐らくおもてなしとして刀剣たちが出したんだろうお茶菓子を頬張りつつ僕を出迎えたその二人は、本来ならこの本丸にいないはずの存在。

「ええと、いらっしゃいませ、お二人とも」


―――
――――
敬語、慣れませんね、と少しぎこちなさそうにした彼女…備前国の審神者さん、もとい碧眼さん。プライベートでは一応年下として接してはいるけれど、審神者としての職歴は彼女のほうが上だ。
故に仕事の最中であれば敬語、さらに先輩呼びを心がけてはいる、わけだが。

「やっぱり、敬語はなんだか嫌です」
「そういわれても…」
「ほら!そんな感じで大丈夫ですよ!」

敬語でもその言葉は使います。プライベートでは譲歩しているのだから耐えてほしい。
というより、僕としては碧眼さんこそ敬語を取り除くべきではと思うのだけれど、それは彼女のそばについている槍…御手杵さんが許しはしないだろう。

「そんなことより、今日はどうして訪問を?」

こういうときは三十六計逃げるに如かず、さっさと話題を変えてしまうのが吉。
そもそも、態度や口調を改めてもらうために来られるほど審神者の仕事が暇なわけでもない。何かしらの情報の伝達、あるいはアクシデントの対処への補助といったところか。

ぐう、御手杵さんの足の間に座らされてお茶を持つ彼女が呻く。それと同時に、彼女を抱いていた御手杵さんも顔が引きつったので、どうやらアクシデントらしいということを理解する。

「…私情なんですが、父が交際に口出しを…」

私情にもほどがあるので、なるほど、とそこで話を切る。交際に関してのアドバイスはできないので、それ以上話されたところで困る。
実は碧眼さんの父が引き起こした出来事が発端になり、二人がこの本丸を訪れたことは何回かある。今回もその類いの一つだ。

どうやら彼女は自分に比べ、ほかの本丸とコンタクトを取る回数が少ないらしい。
自身の問題やブラック本丸の立て直しの関係で定例会議にはあまり出席することなく、後日こんのすけから会議の内容を聞いたりすることが主なようで、ある意味孤立した存在だ。頼れる人もそれほど多くないという。

その頼れるうちのひとりに入っていることは大変喜ばしいこと、なのだが。

「流石にバレてしまうと隠し通せないですよ」

便利センターでもなんでもないので、もし彼女の父親が来たときは素直に彼女を差し出す羽目になる。非情だとは思うが、こっちも善意ばかりで運営をしているわけではない。
彼女は彼女でちゃんとそのことを理解しているようで、「それは承知の上です」と苦い顔つきで言った。

いつもの通りということは、この本丸に数日滞在するつもりなんだろう。客間の布団を出しておかなくては。
そばに立っていた山姥切さんに必要なものを伝えつつ、今後の予定を組み上げ直すために空いた時間を頭の中で計算する。

鎮守府に行く時間がまた減ってしまうのはもう我慢してもらうしかない。本丸にお客様をあげている状態で鎮守府にかまけるというのはよろしくないだろう。

「おお、主、帰っておったのか」
「三日月さん、ただいま。今日から碧眼さんたちが泊まるから世話役を誰かに頼んできてくれる?」
「うむ。今日の任務もとりやめだと伝えたほうがよいか?」
「あー…うん、そうだね。お願いします」
「わかった」

久方ぶりの仕事がとりやめになってしまったけれど我慢してもらおう。誰に似たのかわからないほど血の気が多い刀たちが多いのはいつも疑問だ。

同じ審神者で、しかも本丸の間取りは希望がない限りはすべてほぼ一緒で、不自由にすることはあまりないとは思うが、世話役を付けるのは一種の形式のようなものだ。
世話役は客人に対して無礼な振る舞いをする刀剣への説教だったり、逆に客人がこちらの刀剣に対し少し度が過ぎるような態度をとったりすることへの釘刺しをも行う。場合によっては抜刀も許可されるので実力も問われる。

何度も来て問題は起こされていないのだから、つける意味はあまりないのだが、それでも誰かつけておかなくては上がうるさいのだ。
世話役は恐らく任務で出陣予定だった堀川さんになる。明日はなんとか調整して出陣してもらうことにして、と、どうにかずれた予定を元通りにできるように画策していると、不意に碧眼さんは口を開いて言った。

「毎回思うんですけど、」
「?」
「三日月さんがあなたを"主"って呼ぶの、ちょっと羨ましいです」

うちの三日月はまだ少しぎこちなくて。
碧眼さんの言葉に、それはそうだろうと頷きかけてやめる。彼女はブラック本丸の中でも比較的安全なものに放り込まれていることを知らないのだから、半月で主と認めてもらえることさえ稀だということも当然知らない。

「まだこれからですよ、きっと」

一から本丸を造っている自分が言えたものではないと曖昧に誤魔化し、へらりと笑顔を浮かべたが、彼女はきっと僕が笑っていることさえわからないんだろう。
どこか不満そうにしている彼女の御手杵さんを視線だけで制す。

「(彼女に汚い部分は見せませんよ)」

結局、お互い知らなくてもいいことは彼女に教える気はないのだ。

用事があるので部屋から退出する旨を伝え、碧眼さんにバレないように息を吐きつつその部屋を後にする。
明日は今日向かわなかったブラック本丸の処理に赴かなくてはいけない。また欝になりそうな悲鳴を聞くのだろうと思うと気が滅入る。ああ、今日はちゃんと覚悟してきたっていうのに、タイミングが悪い。

しかしそんなブラック本丸の処理よりも、彼女の父親に厳戒態勢を敷かなくてはいけないこの状況の方がよっぽどつらいのだということを、いったい誰がわかってくれようか。


誰しも裏は持っている
(御手杵さんには気づかれてるけど)


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