薄いガラスの向こう側
 
その出来事は唐突に起きた。

配達の途中のことだ。
俺の前でフルフにしがみつき、風の抵抗を受けまいとしていたカルムがいきなり頭を上げて空を見上げた。いきなりの出来事に対処できなかった俺の顎はそれに直撃し、痛みに呻き声を上げる。

フルフも突然の事態に動揺したようで、大きくバランスを崩した俺を落とさないよう躍起になるあまりに羽ばたくことをやめた。
当然のことながら、羽ばたきをやめたということは滑空のことを意味するわけではなく、重力に従って地面のある方へ向かっていくことを示しているわけで。

「う……おおおお!?」

落ちる体とは逆に、風に煽られた服や軽い荷物は上に上がっていく。まずい、重い荷物は後からペリッパーが持ってきてくれてはいるが、軽くても割れるものだってある。早く回収しなくては。
首の皮一枚といったぎりぎりの状態でフルフの首に回していた両手を離し、こぼれかけていた荷物を回収する。ここで一息…つけるはずもなく。

フルフに掴まっていたときよりも風の当たる面積が広くなったからか、フルフとそれに捕まるカルムの姿が遠ざかっていく。勢いは減っていないように感じるのに差が開く不思議。
現実逃避を始めた自分の頭を叱咤し、とにかく荷物を守るために自分の体を下にする。

片手で抱えられるくらいの量でよかったと今日の荷物量に感謝をしつつ、懐から取り出したモンスターボールを上に向けた。

ボールから放たれた白い閃光が一つのポケモンの形をとる。しゅわん、ボールの中で状況を察していたのか、すぐさまこちらに来たそいつ…ティアが俺の足を引っつかんだ。
いきなり止められた衝撃、それに伴う痛みに悶絶しつつも、助けてもらったお礼を告げる。荷物は無事だろうか。

さかさまのままでは頭に血が昇ってしまうが、生憎片手だけでティアの背中に座れるほどの力は持っていない。貧弱な筋肉が憎い。
フルフたちの様子も気になるのでティアに下に降ろしてもらうよう頼みこむ。快く了承してくれた彼女は、落ちているときよりもはるかに安全な飛び方で地面に下ろしてくれた。

そばに落ちていた二匹のそばに走り寄る。幸い、大怪我は負っていないようなので胸をなでおろした。あまりにひどいと緊急で大きな病院に行かなければいけないが、この周辺には街らしい街もないのだ。
抱え込んで守った荷物も目立った傷や汚れがないか確認してほっとする。壊したとなると依頼人の半月がおじゃんでかなり怒られるのは予測できる未来だ。

とりあえず大きな問題もなく終わった事件ではあれど、一歩間違えば大事故になっていたことだ。落ちたことでややぐったりとした様子のカルムに近づいて声をかける。

「いきなり変な動きしてどうしたんだよ」

俺の問い掛けに顔を上げたカルムは、しかしその答えを発しはしなかった。
視線が俺…ではなく、その後ろに向いている。どこか警戒した素振りを見せるそいつは、がさがさと音が立つ草むらを睨んでいた。野生のポケモンなのかもしれない。

いきなり飛びかかられても大丈夫なようにカルムのほうへと近寄り、出していたティアを仕舞う。フルフはいざとなったときの荷物避難要員だ。
ぴりっとした空気が辺りを満たす。こちらの様子を知ってか知らずか、草むらを突き進んでくる音はどんどんこちらに近づいてくる。あともう少し、カルムが地面を蹴った。

「大丈夫ですか!?」
「…えっ」

草むらから飛び出してきたのはポケモンではなく、俺と同じ年くらいの少女。

それに加えてよく見知った顔の彼女は、カルムからの攻撃と真正面からぶつかりそうになって、


―――
――――
電気の爆ぜる音があたりに響く。

「ええと、改めて確認させてもらうと、キミ…名前は別の世界から来たと」

周りを取り囲んでいる黄色みを帯びた光が頬の近くで弾ける。
あまりにもギリギリを狙ってくるその威嚇に肩を少し揺らしながら「多分」と肯定すれば、目の前の少女は困ったように息を吐いた。

気持ちは痛いほどわかる。
出会い頭にいきなり攻撃されそうになって、しかも攻撃してきた相手は自分のことを知っている。あまつさえ「別の世界から来た」なんて頭がおかしいにもほどがあるというものだ。

「その根拠は私の名前と態度、それと手持ちのルカリオからの証言だと」
「ああ」
「…随分と面白い冗談を考えるね」
「いやいや、本当なんだって」

彼女がこちらに向けてくる視線に呆れが混ざる。顔には「ポケモンと言葉が交わせるわけが」と少し疑わしいものを見たような表情が表れている。
こちらの世界ではポケモンと言葉を交わすのはかなり珍しいことなのだろうと頭に情報を入れた。

俺の周りには一応もう一人ポケモンの言葉を理解できる人間がいて、そいつが周りに説明していたからこそ受け入れられたことだった。とはいえ教えている人数は最低限だが。
彼女の隣にいるライチュウが随分と警戒した素振りを見せているのは、俺の言ったことが真実だとわかったからかもしれない。もちろんその前に彼女を攻撃してしまったことが一番の要因だろうが。

「そんなに簡単にパルキアに会えるなんて信じられないよ。伝説のポケモンだよ?」

こちらの感覚とはやはり相当違うらしいことが伺える。俺にとって伝説のポケモンは「中々会えない」ものではなく、「割と頻繁に会う」ものだということは言わないほうがいいだろう。
俺がこちらに来た理由はパルキアと出会い、偶然空間がねじ曲がってしまって起こったものだろうと考えられる。悲しいかな、そういう問題はたまにあるので容易に想像がついてしまうのである。

信じられないと思うけど、と、なおも言い募ろうとする自分の話は相手の耳にどう聞こえているのか。

「とにかく、ダイゴさんのところに行ったほうが解決しやすくはなる…のは、確かなんだよね?」
「おう」
「それじゃあ先に会いに行こう!名前はこっちのダイゴさんに面識ないし、会っておいて損はないはずだよ!」

その心遣いが胸に染みる。
優しくされたのはいつぶりだっけ、と、聞く人が聞けば確実に物理ダメージを食らわせてくるであろう言葉をふざけて心中で呟く。
実際周りには良くも悪くも合理主義の人間が多いのだから、塩対応を多く取られるのは想像にかたくないだろう。

思わず緩んでしまった頬をそのままに、差し伸べられた手を取ろうとすると、俺の手に鋭い閃光がぶつかる。

「いっ!?」

痛みに伸ばした手を思い切り引っ込める。じんじんと痛む場所を確認すると赤くなっていた。痕は残らないだろうが、おそるおそる触れてみると熱さが伝わってくる。
閃光が見えたのは一瞬で、目の前の彼女は見ていなかったが…

「えっ、何!?大丈夫!?」
「ら?」

心配してくれる彼女に「カルムからだらしないって言われた」とまったく関係ないカルムを巻き込むような発言を返し、俺は真犯人であろう彼女の隣のポケモンを見やる。
何でもないような表情をしてこちらを見ているが、俺はそいつが犯人だということがわかった。その鳴き声の意味は「何?」である。

おそらくライチュウの中でも美人なんだろうそいつは、ライチュウにしては鋭い目をこちらに向けてアイコンタクトで語る。

触れたら承知しないぞ、と。

不機嫌になったカルムに軽くどつかれながら肩を震わせ、ライチュウから目をそらした。こっちにその気がなくてもボディーガードが強すぎる。
あのライチュウと仲良くなるのは当分先になりそうだ。…というより、仲良くなる前に帰る目処が立つのではないだろうかと、現実逃避する頭でそっと考えた。



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相互記念・灰梨様へ!

リクを受けて半年経ってしまった上に何が書きたかったのか迷走してしまった感があります。
相互記念とはもう流石に言えないかもな…!と思いながらも、つい書き上げちゃったという。よろしければもらってやってください。

ちなみにこの後の展開は何も考えていません/(^o^)\
書き直しはいつでも承っております!

遅くなってしまいましたが、相互ありがとうございます!マイペース更新なサイトではありますが、これからも仲良くしてくださると嬉しいです〜!

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