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だから嫌いなんだってば

10月27日、金曜日。今日は二宮隊の定期メンテナンスの日である。
二宮とは大学の学食で気まずい思いをしたあの日以降、一度も顔を合わせていなかった。まあ元々、学年も学部もボーダーでの役割も違うので、そう頻繁に出くわすこともないのだけれど。

「失礼しまーす」

犬飼を先頭に二宮隊の隊員たちがやってきた。私は二宮と目が合う前にさっと視線を下ろして、デスクの隅に置いていた工具入れを引き寄せる。

「いらっしゃい。早速だけど俺と天野で二人ずつメンテナンスするから、二手に分かれてくれる?」
「はーい」

できれば二宮は来ませんように。緊張や気まずさを誤魔化すように意味もなく工具入れをガチャガチャ漁っていると、私のデスクにことりと、トリガーが置かれる。

「…よろしくお願いします」

私は目の前に立つ二宮を見上げて、だけど視線を合わせることはできないまま、小さく頷いて二宮のトリガーに手を伸ばした。
二宮のことは嫌いだし、トリガーに細工してやろうかと考えたのは一度や二度じゃないけれど、仕事に私情を挟むのは私のポリシーに反する。手早くメンテナンスを終わらせて早急にお引き取り願おう。8時までには行くって、太刀川たちとも約束したし。





二宮のトリガーも、その次に控えていた氷見さんのトリガーも、そう時間がかかることなくメンテナンスを終えた。この分だと約束の8時には余裕で間に合いそうだ。私は椅子に掛けていた上着を羽織りながら、寺島にお疲れ、と声を掛けた。

「うん、お疲れ。諏訪たちによろしく言っといて」
「はーい。じゃあお先に」

まだ犬飼のトリガーのメンテナンスが終わっていないから、二宮隊の面々はしばらくここから動かないだろう。おつかれさまでーす!と笑顔で挨拶してくれた犬飼と、それに倣って恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた後輩二人組にもお疲れ様と声を掛けて、私は早足で開発室を後にした。
私一人が、開発室から出てきたはずだった。

「朔さん」
「っ、なん…」

後ろから名前を呼ばれて、腕を引かれた。反射的に振り返ると思っていたよりもすぐ近くに二宮の顔があって、私は思わず数歩後ずさってしまった。

「……何か用?」
「今から、その…太刀川たちと飲み会、ですか」
「そうだけど、それが?」
「別の日ではいけませんか」
「またそれ?いい加減しつこいんだけど」

冷たく言い放って二宮の手を振りほどく。行き場のなくなった大きな手は少しの間宙に浮いたままだったけれど、二宮はきつく拳を握って、ゆっくりと体の横に下ろした。

「こないだから何なの。どうしても私を行かせたくないなら、私が納得できる理由を言ってくれる?」
「……それは、」

意地の悪いことを言っているのは重々承知している。二宮が私に今日は飲み会に行かないでほしいと言っているのは、きっと何か理由があるのだろう。柄にもなく言い淀むくらい、言いにくい理由が。だけど私はこいつが嫌いだから、先輩らしく優しく問いただすことも、今日の飲み会はキャンセルするから教えてくれる?なんて声をかけることも、してあげないけれど。

「…もう行かないと」

二宮に背を向けて、早足で廊下を歩く。後ろから小さな声が、朔さん、ともう一度私を呼び止めた。私は二宮を振り返ることはしなかったけれど、その場で足を止めて、何?と聞き返した。

「……飲み会の後でも構わないので、あとで時間をいただけませんか」
「二次会でカラオケに行く約束してるから無理」
「お願い、します」

衣服が擦れる音がした。
そろりと後ろを振り返ると、あの二宮が、私に向かって頭を下げていた。

「日付が変わる前に、一杯だけ、付き合ってほしいんです」
「…………、」

一瞬開きかけたこの口は、一体何を言おうとしたのだろう。私は唇をきつく噛んで、再び二宮に背中を向けた。

「……気が向いたらね。たぶん向かないと思うけど」

私は今度こそ振り返ることなく、逃げるようにその場を後にした。

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