ツンデレじゃないんだからね!
「…福井先輩、まさかこの電車に乗るんですか」
「…乗る前に一つ言っとく。はぐれんなよ」
「ええええ、絶対無理!」
今から練習試合だというのに、私たちが乗る電車はなんと超満員電車だった。はぐれないようにとあっくんのジャージを掴んでいた私は乗った瞬間右に押され左に押され、あっという間にあっくんから引き剥がされる。どうにかこうにか近づこうにも後から乗ってくる人たちが私をどんどん奥に押すものだから、私は先輩たちからかなり離れてしまった。
「う、わ…」
どうしよう、どこの駅で降りればいいのか聞くの忘れた。こんなことなら監督に頼んで車で連れて行ってもらえばよかったかも。
電車に乗り慣れていない私は電車が揺れるたびにふらふらしてしまって、その度に周りの人たちから迷惑そうな視線を向けられてなんだか泣きたくなった。私だって好きでふらふらしてるわけじゃないのに。
「なぎさ、」
ぐいっと腕を引かれる。ちょうど電車が大きく揺れたこともあって、私は腕を引く誰かに思い切りぶつかった。
「わふ…!」
「大丈夫?」
「…氷室先輩、」
私を引き寄せた氷室先輩は、私が掴んでいた吊り輪を掴むともう片方の手を私の腰に回してがっちりホールドしてくださった。…いやいや、え?何、なんでこんなに近いの?
「ちょ、先輩離して…!」
「ふらふらしないで立っていられるなら」
「ち、ちゃんと立てるし…!」
そう?なんて先輩はあっさり手を離してくれたけれど、再び電車が大きく揺れて先輩の胸に勢いよく顔面をぶつけてしまった。そんな私の腰に再び手を回しながら先輩は耳元でクスクス笑うものだから恥ずかしくて仕方がない。赤くなった顔を隠すために、私は先輩のジャージを掴んでそのまま先輩の胸元に顔を埋めた。
「…先輩バカじゃないの、公衆の面前でよくこんなことできますね」
「この状況でそんなこと言ってもかわいいだけだよ」
先輩とこんなに密着している。周りには人がたくさんいるのに、公衆の面前でこんなにくっつくなんておかしいことなのに。
それでも私は先輩から離れることができなかった。どうしてだろう。肺いっぱいに広がる先輩の匂いで、先輩だけではなく私まで頭がおかしくなったのだろうか。それとも。
それとも私は、先輩のことが好きなのだろうか。だから恥ずかしいはずなのにこんなに嬉しくて、離れたくなくなるのだろうか。
悶々と悩む私は、自分の頭上で氷室先輩が私をどんな顔で見ていたかなんて知る由もなかった。
prev next