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勿忘草が枯れた頃に

文献を抱えて慶くんたちの元に戻ると、来馬くんは私の顔を見るなり心配そうに眉を下げた。

「宮内ちゃん顔が赤いけど、図書館から走って戻って来たの?そんなに急がなくても良かったのに」
「えっ?あ、うん…」

純粋に心配してくれている来馬くんには、とてもじゃないが図書館で起こった出来事は話せそうにない。私は誤魔化すように笑って堤くんの隣に腰を下ろした。

「文献借りて来たよ。私がそのレポート書いたときに使ったやつと……えっと、たまたま?見つけたやつも」

実際には、私が慶くんのレポート用に文献を借りに来たのだと気付いたまさくんがいくつか見繕ってくれたのだけれど、わざわざ言うことでもないから黙っておく。
本来ならばレポートというものは、文献探しは勿論のこと、探し出した文献からさらに必要な箇所を見つけるという行程も自分でしなければならない。とは言えそんなことを慶くん本人にさせていれば一生終わらないので、慶くんのお目付役は来馬くんに任せて、堤くんと二人で文献に目を通しては付箋紙を貼る、という作業をせっせと繰り返した。



黙々と文献を読み進めて一時間程経った頃、「みんなお疲れ様」と声を掛けられた。
望ちゃんの声だ。顔を上げて、思わずえっと声が漏れる。

「レポートは間に合いそうなの?」
「うん。宮内ちゃんが借りてきてくれた文献が良かったから、今日中に終わると思うよ」

目の前で行われているはずの望ちゃんと来馬くんの会話が、水の中で聞いているみたいにくぐもって聞こえるのは何故だろう。状況が飲み込めず目を白黒させる私に構うことなく、望ちゃんと一緒にやって来たまさくんが、私の隣の空いたスペースにビニール袋を置く。袋越しにペットボトルが数本入っていることに目敏く気付いた慶くんが、嬉しそうに声を上げた。

「えっ二宮から差し入れ!?めっずらし」
「おまえは来馬たちのついでだ」

……その、「来馬たちの」と言うのに、私は入っているのだろうか。いや入ってない。入っているはずがない。期待しちゃダメ。この10年何度も期待したけれど、まさくんが私のために何かをしてくれたことなんて、一度もなかったんだから……。

「ほら」

そんな言葉と共に視界に無理矢理入ってきたのはオレンジジュースだった。私の浅はかな考えがバレていたのではないかと、思わずビクッと肩を揺らしてしまう。

「……えっと、あ、ありが、とう」

蚊の鳴くような声で呟いて、差し出されたオレンジジュースを受け取った。まさくんの目は勿論のこと、私とまさくんがあまり良くない関係だと勘付いているであろう三人の顔も、怖くて見ることは出来なかった。

「あ、そうだ優衣。彼がこないだ話した二宮くんよ」

ええ、存じておりますとも。なんて言えるわけがなかったし、隣からこんなに視線を向けられて、初対面を装えるはずもない。あ、えっと。なんてまごついていると、慶くんが突然「なあ二宮」とまさくんに声を掛けた。

「何で俺たちは水なのに優衣だけジュースなんだ?」
「なっ、」

何を言い出すんだこの馬鹿!と叫びそうになったのは、おそらく私だけではなかった。反射的に顔を上げた私は、堤くんと来馬くんがぎょっとしたような顔で慶くんを見つめていることに気付いて、叫びかけた言葉を飲み込む。
何も知らないはずなのに何かを察したのだろう、望ちゃんですら何も言わない。気まずすぎる無言の時間がしばらく続いたあと、隣の男はぽつりと呟いた。

「………………、から」
「え?」
「水が人数分なかっただけだ。無駄口を叩く暇があれば手を動かせ。さっさと終わらせろ」

まさくんが刺々しい声色で慶くんを叱る。その隣で、私は手の中のオレンジジュースを静かに見下ろした。
昔よく飲んでいたから、なんて。この男は一体、いつの話をしているのだろう。私が幼馴染みの前で好んでオレンジジュースを飲んでいたのは、もう何年も昔の話なのに。

title/花洩


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