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苺を添えて召し上がれ

まさくんと望ちゃんの手助けもあって、慶くんのレポートは夕方には終わった。
まさくんは終始慶くんに文句を言っていたけれど、何だかんだ言いつつ結局最後まで付き合っていた。お願いだから早く帰って、と心の中で呪文のように唱えたけれど、全く意味はなかったらしい。

「いやあ、マジで助かった!奢るから夕飯食べに行こうぜ」
「えっ!?いやそんな、気にしなくていいのに!申し訳ないし!」
「気にしなくていいのよ優衣。この中で太刀川くんが一番稼いでるんだから」

そういう問題じゃないの望ちゃん。これ以上まさくんと一緒に居たら気まずさで頭が可笑しくなりそうなの。まさくんが帰らないなら今すぐ私が帰りたいの。

「む、無理強いは良くないんじゃないか?」
「そっ、そうだよ。宮内ちゃんも用事あるかもしれないし。ね?」

懸命な二人のフォローを、望ちゃんは「二人とも何言ってるの」の一言でぴしゃりと跳ね除ける。

「元々今日は優衣と夕飯を食べに行く約束をしていたのよ?優衣がどうしてもって言うなら太刀川くんのお誘いは断ってもいいけど…」

そう言って望ちゃんが私を見つめながら意味ありげに微笑んだ。やばい、望ちゃんと二人きりになったら間違いなくまさくんとの関係を問い詰められてしまう。

「……宮内ちゃん、行こっか」

来馬くんから憐れむようにそう言われて、私は小さく頷くことしかできなかった。





6人で向かったのは、以前から気になっていた夜カフェのお店だった。お店の前で男性陣が入りづらそうな顔をしたけれど、望ちゃんが有無を言わさず4人を押し込んだ。望ちゃんに頭が上がらないのは私だけではないらしい。

入店前から席順にはかなりビクビクしていたけれど、私とまさくんの間に来馬くんが座る形で、3対3で向かい合って座ることになった。これで身を乗り出さない限りまさくんの顔を見ることはない。向かい側に堤くんが、その隣に望ちゃんが座ったので、恐らく気を遣ってくれたのだろう。慶くんが私の方を向いて何かを言おうとするたびに来馬くんと望ちゃんがシャットアウトしてくれていたので、私は何も気付かないフリをして、堤くんとくだらないおしゃべりに花を咲かせることができた。

今回のデザートは3種類あるケーキから好きなものを選べるとのことだったので、私はチョコレートケーキを選んだ。食後のコーヒーを飲みながらケーキに舌鼓を打っていると、来馬くんが私の前にショートケーキが乗ったお皿を私の前に置く。

「二宮くんから」

こっそり囁かれた名前に、フォークを握る手に力が入る。目を見開いて来馬くんを見上げると、来馬くんは困ったような顔で私を見つめていた。
来馬くんの身体が壁になって、まさくんの顔は見えない。

「あっ、ちょっと席を離れた隙に何してるの二宮くん」

お手洗いから戻ってきた望ちゃんが、自分の席に座るや否や私の前に置かれたショートケーキを回収する。

「食べないなら私がもらうわ」
「はあ?何でおまえが」
「優衣はショートケーキが苦手なのよ」

知らないの?とでも言いたげな様子で望ちゃんが告げる。来馬くん越しにまさくんがこちらに視線を向けたのが何となく分かって、私は食べかけのケーキに視線を落とした。

「あ、そ、そうなの?ごめんぼく知らなくて」

来馬くんがそう言って、申し訳なさそうに眉を下げる。私はううん、と首を横に振った。

まさくんの誕生日に毎年作っていた、真っ赤な苺がたくさんのった生クリームたっぷりのショートケーキ。まさくんはきっと喜んでくれると、馬鹿な私は本気でそう思っていた。だってショートケーキが一番好きだって、まさくんが言っていたから。

「気にしないで、来馬くん。大した理由じゃないから」

ぐちゃぐちゃのケーキはちっとも美味しくなかった。味見をしたときはあんなに甘かったはずのに、何故かすごくしょっぱくて。あんなの、まさくんじゃなくたって、誰も食べたくなかっただろう。

「子供の頃、作るのに失敗しちゃっただけなの。ぐちゃぐちゃでしょっぱくて、全然美味しくなくてね」

ショートケーキを見ると思い出してしまう。突き飛ばされた時の衝撃。ひっくり返ったケーキの箱。冷たい顔で私を見下ろす隣の家の男の子。嫌いだと、そう言われた時の、抉られたような胸の痛み。

「だからあんまり、好きじゃないだけ」

こないだ望ちゃんに、ショートケーキは好きじゃないと言った時。理由を言わなかったのは、口に出したら泣いてしまうのではないかと怖くなったからだった。だけど実際口に出してみると、鼻の奥はツンとしたけれど、涙が出てくる気配はない。

私のせいで気まずげな空気が流れてしまった。私は努めて明るい声を出して、笑う。

「ねえみんな、食べないの?言っとくけど苦手なのはショートケーキだけで他のケーキは大好きなんだから。食べないんだったら全部私が、」

続くはずの言葉は、誰かが椅子を引いた音で掻き消されてしまった。
呆気にとられるみんなを無視して、立ち上がったまさくんが望ちゃんの手からショートケーキのお皿を奪い取る。そのまま私の前に、ずいっと差し出した。

「……不味かったわけがない」

何か言いたいわけでもないのに、唇が震える。吐いた息も、フォークを握る手も。視界が揺れて、ぼやけて何も見えなくなってしまう。

「食べてみろ。不味くないから」

どの口がそんなこと言うんだ。なんて、嫌味の一つも出てこない。
震える手でお皿を受け取って、ショートケーキを一口、口に運ぶ。その一口を飲み込んだ後、私はふはっと息を吐いて、まさくんを見上げた。

「美味しいけど、やっぱりしょっぱいよ」

title/サンタナインの街角で


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