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三秒間の幸福を噛み締める

後悔していることがある。
くだらない意地を張って、小さな身体を思い切り突き飛ばしたこと。転んだあいつに手を差し伸べなかったこと。嫌いなどと、心にもない言葉を吐いたこと。
優衣が両親に告げ口しなかったことをいいことに、臆病な俺はあいつに謝罪すらせず、気まずさから優衣を徹底的に避け続けた。優衣の方も幼馴染みから突然あんなことを言われて、それまでのように近寄ってくる筈がない。
以来あいつとは疎遠になって、もうすぐ10年が経とうとしている。





「あっ」

足をもつれさせた優衣が、間の抜けな声と共に目の前で盛大に尻餅をついた。
先程目が合ったときから心臓がうるさい程脈打っている。10年前のあの日、俺が突き飛ばしたせいで尻餅をついた優衣の姿と重なって、心臓の脈打つスピードがさらに速まった気がした。
相変わらず鈍くさいやつ。そう思う一方で、10年経っても俺が知るままの優衣で安心する気持ちもあった。

大丈夫か、優衣。

そう尋ねようとして口を開いたものの、声が喉に張り付いて出てこない。
……どの口が心配するのだ。優衣とはあれ以来言葉を交わしていないし、勿論謝罪すらしていない。疎遠になってもう10年も経つ。幼馴染みと呼ばれる資格もない男が、大丈夫かと、どんな面をして手を差し伸べようと言うのだ。

このまま何も見なかったことにして立ち去るべきだろう。そう思ったその瞬間、転んだ拍子に捲れ上がった優衣のスカートが視界に入ってしまって、らしくもない声が出る。

「おい」

何も見ていない何も見ていない何も見ていない。馬鹿な一つ覚えのように自身に言い聞かせ、顔ごと視線を逸らしたまま小声で叱りつける。

「隠すべきは顔じゃないだろう」
「え…?」

何も気付いていないらしく、とぼけたように聞き返す優衣にイライラしてくる。こいつは普段からこんなにも危機管理能力が低いのだろうか。さらに気に入らないことに、こいつは太刀川のことを下の名前で呼ぶ程親しくしている。まさかあいつにもこんな風に下着を見られたりしているんじゃないだろうな。

「……スカート」

様々な苛立ちが重なり合い、吐き捨てるような言い方になってしまった。それでも声のボリュームだけは最小限に抑えた。……つもりだ。
少し間が開いた後、優衣が慌てたように立ち上がる。

「みっ、見た!?」
「……見てない」
「うそ!見たでしょ!」
「嘘なんか吐くか。下着は見てない」
「下着はって何!?ふ、太腿は見たってこと!?」

優衣が小声のまま捲し立てるように問い詰めてくる。この件は完全なる事故であり、むしろすっ転んだ優衣が悪いと言うのに、何故俺が変質者のように責められなければならないのか。

「…っだから、何も見てないと言って」

あらぬ方向に向けていた視線を優衣に戻した瞬間、つい今しがた言ってやろうと思っていた文句はどこかに吹き飛んでしまった。

「な、に」

俺が不意に黙り込んだせいか、優衣が困惑したように首を傾げる。

「……近い」

絞り出すようにそう言うと、優衣はハッとしたように肩を揺らして再び後退ろうとした。こいつまた転ぶんじゃないだろうな。そう懸念するや否や、小さな身体がぐらりと傾く。

「おまえな……」
「ご、ごめん」

つい数分前は手を差し出すことにあんなに戸惑ったくせに、俺の手はしっかりと優衣の腰を支えていた。優衣の方も完全に無意識だろう、両手でしっかりと俺のシャツを握り締めている。
10年ぶりに触れた優衣は記憶していたよりもずっと細くて柔らかい。シャンプーらしき甘い匂いが鼻腔をくすぐって、頭の中が馬鹿になりそうだと、どこか他人事のように思った。

title/twenty


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