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■  心優しき暗殺者

「かえでっち、ご飯持ってきたっス」
「…いりません」
「そんなこと言わないで、ちゃんと食べなくちゃダメっスよー」
「いりません。いらないから村に返して…」

赤司っちにはかえでっちが望むことはできるだけ叶えてあげるようにと言われているけれど、今かえでっちが望んだことはオレには叶えてあげられないことだ。申し訳なく思いながら部屋の隅で膝を抱えて縮こまっているかえでっちの前に膝をつくと、彼女はゆっくりと顔を上げた。オレとかえでっちの視線が交わる。あまりにもじっと見つめられるものだから若干緊張しながら見つめ返すと、かえでっちはぽつりと呟いた。

「…見たことある」
「へ…?」
「私、あなたのこと見たことあります」
「……あー」

どうしよう、言っていいのかな。とりあえず気のせいじゃないかと返したがかえでっちにはその手は通用しなかったらしい。確信に触れられてしまった。

「おばあちゃんの部屋にあなたの写真が飾ってあったし」
「あ、はは…」
「それに去年のおばあちゃんのお葬式に来てましたよね」
「……」

も、もう誤魔化せないいいい!!この子思ってた以上に鋭いよ赤司っち!なのに何で赤司っちのこと気づかないんだろうね!こんなこと本人の前で言ったらぶっ飛ばされるから言わないけど!!

「えー…まあ、話せば長いんスけど…。オレ、かえでっちのおばあちゃんの弟っス」
「……おとうと?」
「うん、弟」
「うそ…だっておばあちゃんが、弟は病弱だったから若くして亡くなったって」
「あはは、オレが消えちゃったことはそういうことになってたんスねー」

首を傾げるかえでっちにはどうやらオレの存在に対する疑問ばかりが膨れていって、最初の警戒心はすっかり忘れ去られてしまったらしい。まあこっちの方が都合がいいか。

「じゃあちょっと、昔話に付き合ってもらおうかな」



もう今からずーっと昔の話だ。オレは領主の家の末っ子として生まれたけど生まれたときからかなり病弱で、家どころか自分の部屋からさえほとんど出たことがなかった。一番上の姉ちゃん…かえでっちのおばあちゃんはとっても優しくてよくオレの看病をしてくれたし、オレはそんな彼女のことが大好きだった。
オレが18歳くらいのときだったかな。オレは家から一歩も出てないのに当時村で流行ってた流行病にかかっちゃって、とうとうベッドから体を起こすことさえできなくなってしまった。オレはもう死んでしまうんだと思った。なんてつまらない人生だったんだろう。もっといろんなものを見て、聞いて、感じたかったのに。

そんなオレの前に赤い髪の男が現れたのは、オレが流行病にかかってから5日ほどたった、満月の夜のことだった。

『心残りはあるかい?』

死神だと思った。だってそうでしょ?死にかけていたオレの前に突然現れてそんなことを言ったんだから。どんなバカでもとりあえず警戒はするよね。

『心残り…?そ、なもの…聞いて、どうするん…スか、』
『いいじゃないか別に。君はもうすぐ死ぬんだろう?死ぬ前に一つ二つ我が儘を言ったってどうせ叶うわけでもない』

外に出たい。それがオレの心残りっていうか、望みだった。よく覚えてないけど、たぶんそれを口にしたんだと思う。とにかくその赤い髪の死神はオレの願いを叶えてくれたんだ。死にかけていたオレを吸血鬼にして、ね。



「その赤い髪の死神ってのが赤司っちのことっス」
「…恨んだりしないんですか?」
「え、恨む?何で?」
「だって…その、赤司さんのせいで吸血鬼になっちゃったんでしょう?」
「…恨んだことなんて一度もないなあ」

寧ろ赤司っちには感謝してる。外の世界はオレが思っていたよりもずっと広くて、ずっときれいだった。あのまま赤司っちに出会わなかったらオレは、そんなことさえ知らずに死んでしまっていたんだ。

「オレは赤司っちに感謝してるし尊敬してる。だからさ、少しでいいんス。かえでっちも赤司っちのこと、少しだけでもいいから知ってあげて?」

赤司っちはかえでっちが思っているような、極悪非道な吸血鬼なんかじゃない。理由もなく人間から吸血したりしないし、自分にも他人にも厳しい人だけどとても優しくて寂しがり屋な人なんだ。かえでっちがそれにが気が付くのが何カ月先でも何年先でもいい。

「赤司っちのこと、嫌いにならないであげて」

今の話がどれだけかえでっちの心に響いたのかは分からない。それでも彼女が小さく頷いたのを見て、オレは姉の孫娘の頭にそっと手を置いた。

title/秋桜


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