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■ 淋しいときは抱き締めて

盆の上に水の入ったコップと錠剤が入ったケースを乗せて廊下を歩く。途中で会った黒子に赤司の居場所を聞くと、いつもの無表情の中にどこか疲れを滲ませた黒子に部屋にいますと投げやりに返された。

「…赤司」

ノックをしても返事がなかったため勝手に扉を開ける。オレたち吸血鬼にとって夜とは活動時間なわけであるが、赤司はこちらに背を向けたままベッドの上で横になっていた。

「赤司、持ってきたのだよ」
「…ああ、その辺に置いておいてくれ」

赤司はこちらを振り向かない。淡々とした声に従ってベッドサイドのテーブルに盆を乗せると、赤司が何かを抱えているのが視界に入った。

「赤司、それは」
「覚えてないんだ」

自嘲的にそう言った赤司は、顔を埋めるようにそれを抱く腕に力を入れる。仕方がないだろう、あれは何年も前のことだし彼女はそのときまだ幼かったと聞く。覚えていた方が驚きだ。

「分かっていたさ、覚えてなどいないだろうと。それでもよかった。よかった、はずなのに」

あの日…赤司が血だらけで帰って来たあの日。返り血などではなく自身の血をべったりとつけたコイツは、なぜか右手に不釣合いなものを持っていた。

『かわいいだろう、僕の宝物なんだ』

小さい子どもが、それも女の子が好むようなウサギのぬいぐるみ。オレたちに触らせてなどくれなかったが、それが質のよいものだということは見ただけで分かった。それはどうしたのだと騒ぐ黄瀬や青峰に、赤司は嬉しそうに人間の女の子からもらったのだと返した。
そしてそのぬいぐるみは今、赤司の腕の中に納まっている。

「ぬいぐるみなどではなく彼女を抱きしめたかったのだろう?」
「うるさい」

赤司にとって彼女が自分のことを忘れていたなどということは不測の事態ではない。コイツにとって記憶を思い出させることなど造作もないことだ。それなのにそうしないということはおそらく、彼女に拒絶でもされたのだろう。
ぬいぐるみに顔を埋めたままくぐもった声を出す赤司に、オレは肩をすくめて背を向けた。

title/秋桜


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