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■ 遠廻りの恋

「う、ん……?」

体がだるいから起き上がりたくない。息を吐いてぼんやりと天井を見上げた。
時間を確認しようと寝返りを打って枕元に置いてある置時計に視線を向ける。置時計は12時を示していた。いつ眠りについたのか、私はどのくらいの時間眠り続けていたのか。まだ眠っていたいと訴える体に鞭を打ってのそのそと起き上がる。その拍子に私の胸辺りに置かれていたらしい何かが膝の上にぽとりと落ちた。

「…あ、」

赤いリボンが結ばれた花束だ。いつもはバルコニーに置いてあるはずのそれにそっと手を伸ばす。指先が花束に触れるか触れないかのタイミングで扉が控えめに開いて、私は咄嗟に手を引っ込めた。扉を開けた本人は私を見て驚いたような顔をしたけれど、後ろ手に扉を閉めた。

「よかった。目が覚めたんだね」
「……赤司さん、こそ」

死にかけていたはずの赤司さんがこうやって何事もなかったかのように歩いているところを見ると、どうやら私の血は役に立ったらしい。よかった。そう思ってすぐに、私はどうなってしまうのだろうと不安になる。
黒子さんは私に、赤司さんに噛まれたら失血死するか人間ではなくなってしまうと言った。こうやって生きているということは失血死は免れたと考えてもいいのだろうが、人間ではなくなるとはつまり。

「……君に謝らなければならないことがある」

その場から一歩も動かずに赤司さんが口を開いた。その言葉に心臓が早鐘を打つ。ああ私、吸血鬼になってしまったのか。自分では体がだるいことくらいしか分からないけれど、私が気づかないだけでこの体はもう吸血鬼になってしまっているのかもしれない。

「僕は君との約束を破って血を口にした。それに……僕は吸血鬼だから、僕に噛まれた人間は失血死するか、テツヤたちのように吸血鬼になるかの二択しかないんだ」

約束なんてどうだっていい。元々、死にかけた赤司さんに血を与えたのは私なのだから。それよりも気になるのは後半の言葉…。
やっぱり私は吸血鬼という得体の知れない生き物になってしまったらしい。吸血鬼については何も知らないけれど、血を吸わないと生きていけないのだろうし日光が苦手ということくらいなら分かる。それじゃあ私はもう、村に帰れないどころか日の光さえ浴びることができないのだろうか。
あまりにも現実離れしたその事実に呆然としていると、赤司さんはでも、と言葉を繋げた。

「でも君は、吸血鬼にはならない」
「………は?」

何それどういうこと?ぽかんと口を開けて赤司さんを見つめていると、私に見つめられた赤司さんは返答に詰まったように視線を足元に彷徨わせた。少し経ってようやく顔を上げた赤司さんは、今度はしっかりと私と視線を合わせて口を開く。

「吸血鬼に愛された人間が吸血されると、吸血鬼ではなく不老不死になるんだ」

顔に熱が籠る。きみが好きだと、死にかけていた赤司さんに告げられた言葉が頭の中でリピートされる。先ほど引っ込めた手を握ったり開いたりして自分の体の変化を探したけれどやっぱり見つからない。そっと自分の犬歯に舌を這わせてみたけれど全く鋭くない、人間のそれだった。

「不老不死とは言え人間だ。今までと同じように生活してもらって全く構わない。だけど普通の人間とは時の流れが違うから、もう村には帰してあげられないんだ」

本当にすまないと赤司さんが頭を下げる。私はふらつく足にしっかりと力を入れながら、頭を上げる素振りを見せない彼に静かに近付いた。

「かえで…?」

頭上から赤司さんの戸惑ったような声が降ってくる。それもそうだろう。赤司さんは私に嫌われたと思っているだろうに、私は自ら彼の胸に顔を埋めたのだから。
私がこの人を嫌うだなんて、あるはずないのに。

「……不老不死って、人間に分類されるんですかね」
「あ…ああ、僕はそう思っているけど……」

吸血鬼のように生き血を啜らなければ生きていけないわけではない。日の光を浴びることができないわけではない。ただ他の人と流れる時の速さが違うだけ。永遠の時を生きる吸血鬼が愛した人とずっと一緒にいるために作り上げた能力を授かっただけ。

「……それならいいんです」

私の言葉に赤司さんが大袈裟に肩を揺らす。私は彼の胸から顔を上げて、彼の白い頬にそっと手を伸ばした。

「ちゃんと責任、取ってくれるんでしょう?」
「………っ、」

泣きたいんだか笑いたいんだか、赤司さんが顔をくしゃくしゃに歪める。それから私の背にしっかりと腕を回した赤司さんは、私の肩口に頭を擦り付けるように顔を埋めた。

「かえで、」

かえで、かえで。確かめるように赤司さんが何度も何度も私の名前を呼ぶ。それがくすぐったくて小さく笑いながら、未だに私の肩にぐりぐりと顔を押し付ける彼の鮮やかな髪をそっと撫でた。

「好きだったんだ、本当に……。ずっとずっと、好きだった」

人間は吸血鬼にとって食料で、それ以上でもそれ以下でもない存在だったはずだ。それなのに赤司さんは私を食料としてではなく、一人の異性としてこんなにも愛してくれている。

「君の推測通り…この間オオカミから君を助けたのもあの花の送り主も、君が過去に出会った彼―――つまり、僕なんだ」

ああもう全く、隠すことでもないんだからそれならそうと素直に言ってくれればいいのに。更に表に出てきた彼の一途で健気で不器用すぎる恋心に苦笑いを浮かべながら、私は彼の耳に唇を寄せた。彼が何度も何度も告げる子どものような愛の言葉を、私も囁き返すために。

title/サンタナインの街角で


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