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■ そしてきみに飲み込まれる

黒い日傘が私の目の前でくるりと回転する。日差しはそんなに強くない。でも赤司さんにとってはこの程度の日差しでも強い部類に入るのだろう。私の手を引きながら少し先を歩く赤司さんは後ろ姿でも分かるくらい具合が悪そうに見えた。こんな調子ではまた体調を崩して黒子さんに怒られるのだろう。それから血を与えようとする黒子さんの申し出を断って私から吸血するのだ。空いている手で昨晩噛み付かれた痕をなぞりながら小さく息を吐く。

ほんの少し前まで赤司さんは吸血行為を我慢してくれていたはずなのに、私が彼の想いを受け入れた途端これまでの反動のようにがっつき始めた。吸血鬼にとっての吸血行為は人間にとっての求愛行動と等しいらしい。そう言われてしまえば断るという選択肢は自分の中から消えてしまう。今日も「日に当たったから気分が悪いんだ」とか何とか言って私を丸め込んで吸血するに違いない。それでも赤司さんがこうやって昼間に出かけてくれたのは私のためで、だから今日ぐらいは大人しく血をあげてもいいかな、なんて甘いことを考えてしまった。



『かえでのご両親に挨拶に行こう』

朝っぱらからそんな突拍子もないことを言ってのけた赤司さんは、あまりにも突然のことで何のことだかさっぱり分かっていない私を引きずるように屋敷から連れ出した。赤司さんに手を引かれて森を抜けた私は気づけばもう見ることもないと思っていた懐かしい門の前に立っていた。近道を使ったのか何なのかはよく分からないけれど、屋敷は森の奥深くにあるはずなのに屋敷から村までは意外と早くたどり着けた。

久しぶりに会った父と母は、吸血鬼の生贄として連れ拐われたはずの私がひょっこり戻ってきたことに涙を流しながら喜んでくれた。どこも外傷はないのか、今までどこにいたのか。矢継ぎ早に尋ねてくる両親に何と言えばよいか分からず慌てふためく私を宥めながら、赤司さんは淡々と「かえでさんは領主の娘ですから。その件は身代金目的の誘拐で、吸血鬼の生贄だなんて全くの大嘘ですよ」と告げた。あまりにもしれっとしていたのでどの口が言うんだと頬をつねってやりたくなった。

両親の前でも私の手を離そうとはしない赤司さんのせいで、話はすぐに私と見知らぬ青年の関係についてに変わってしまった。それでもそれは赤司さんにとって予想通りの展開だったらしい。私に余計な口を挟ませず、赤司さんはよくもまあそんな嘘が思いつくなと言いたくなるような言葉を並べた。

赤司さんは誘拐された私を助けてくれた恩人であること。彼は私を助け出す際大怪我を負ってしまい生と死の淵を何日もさ迷ったこと。私はそんな彼を必死に看病し、全快するまで付きっきりで傍にいたこと。そんな日々を送っている間に恋に落ちたのだと両親に説明した。本当のことなんて死にかけたことくらいしかない。だけど「この人吸血鬼なんです」だなんて言えるわけがなかったから何も言わずに黙って頷く程度に留めた。

とにもかくにも、そんな話を聞いてすっかり赤司さんを信用しきってしまった両親は彼を"娘を救ってくれた恩人"だと認識してしまった。いやまあたしかに恩人ですけど。領主という立場上結構口うるさくて厳しい両親をいとも簡単に丸め込んでしまった赤司さんは吸血鬼云々など関係なくすごかった。

娘さんを僕にください。こんなので良ければどうぞどうぞ。赤司さんと私の両親の間にこの会話が成立するまで5分もかからなかった。



「…それで、どうして私を両親に会わせてくれたんですか?」

不老不死になってしまった私は両親と同じ時を歩むことはできない。だから両親に会いに行くことなんてできないのだと諦めてしまっていた。それなのにこうやって再会できただなんて夢のようで未だに信じられない。

「かえでの時間が止まっていることはまだバレないだろう。今のうちにきちんと君とご両親を会わせたかった」

ご両親はずっと君のことを心配していたようだし。赤司さんはこちらを振り返らずにそう付け足した。私のことになるとどうも吸血鬼らしくない、と口々に言っていた黄瀬さんたちを思い出して私は小さく笑みを溢す。彼らの言葉が嘘にしろ本当にしろ、下手したら人間よりも人間らしい彼がさらに愛しくなった。

「だけど頻繁には会いに行けないから、次会うとしたら子どもが生まれたときかな」
「は!?そ、そんな冗談を言う余裕があるならお屋敷に戻っても血はあげませんよ…!」

叫ぶようにそう言うと、赤司さんはぴたりと立ち止まって私を振り返った。顔色が悪いのは気のせいではないだろう。彼は今にも倒れそうだった。

「赤司さ、」
「僕が冗談を言うとでも?」

私の唇に人差し指を押し当てた赤司さんが妖艶な笑みを浮かべる。こんな昼間に、しかも外で見せるような笑みではない。

「僕は欲しいよ?君との子ども」
「!」
「そうだな…やっぱり女の子がいい。君に似たかわいらしい女の子。男だと僕に似て君のことが大好きな生意気なクソガキになりそうだから」

真っ赤になって何も言えなくなった私の首筋を赤司さんの指が撫で上げる。それは吸血する際の赤司さんの癖で、私は昨夜赤司さんからこれでもかと言うほど吸血されたことを嫌でも思い出してしまった。顔に熱が篭るのが嫌でも分かる。

「だから早く帰ろうか」
「ひゃっ…!」

ぺろり、赤司さんの舌が首筋を舐め上げた。私の反応を見てクスリと笑った赤司さんは耳元で期待した?なんて囁いてくる。牙を突き立てる気は更々ないらしいけれど心臓に悪いからやめてほしい。あの再会したばかりの頃の、寂しそうで一途で不器用な赤司さんはどこに行ったのだ。そういう意味を込めて睨み上げれば、赤司さんは私の機嫌を取るように啄むようなキスを何度も落としてくるのだからもう堪ったものではなかった。

私はもう、片手で数えられる程度しか村には帰れない。いつかこの選択を後悔してしまう日が来るかもしれない。だけど。

「……征十郎」
「!」
「子どもばっかり可愛がって私を愛してくれなくなったら、嫌いになりますからね」

このぬくもりを選んだことを、私は一生後悔しないだろう。
征十郎が手放した日傘が風に乗って転がっていく。これでもかと言うほどきつく抱きしめてくる征十郎に応えるために、私も彼の背中に手を伸ばした。

title/サンタナインの街角で


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