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■ 人は運命を選べない

僕は小さい頃から吸血鬼として申し分ないほどの能力を持っていたけれど、食料であるはずの人間が好きという吸血鬼らしからぬ吸血鬼だった。だけど吸血鬼が人間が好きだなんて、そんなふざけた話を信じてくれる人なんていなかった。意味が分からないと花宮には気味悪がられたし(未だに花宮が僕を嫌っているのはそれが原因だったりする)、ぶっちゃけた話大輝なんて初めて僕に会ったときは嫌悪感を全面的に出してきたし。
だから僕は、吸血鬼という存在に対して誰よりも怖がるだろうと思っていた幼子に全く怖がられなかったことにかなり驚いたし、それと同時に嬉しかったのだ。

『お兄ちゃん!』

そんなにまっすぐな目で見られたのは初めてだった。全身で僕を信頼しているのだと表現する小さな子どもに僕は恋心を抱いた。ロリコン?何とでも言ってくれ。
だけど吸血鬼と人間は流れる時間が違う。人間は吸血鬼よりもずっと脆い生き物なのだ。永遠に近い時間を生きる吸血鬼と、すぐに年老いて死んでしまう人間。それは叶うはずのない恋だった。いっそこのまま吸血鬼にしてしまおうかと小さなかえでを腕に抱いたまま物騒なことを考えたけれど、また会いたいと言ってくれたかえでに気づけば僕は大きくなったら迎えに行く、という約束を結んでいた。

それから十年と少し経って、僕は18歳になったかえでを迎えに行った。記憶の中の彼女よりもすっかり大人びたかえでは僕のことなんて覚えていなかった。それはかなりショックなことだったけれど、それでもよかったのだ。かえでが僕の傍にいてくれるならそれで。

かえでからの信頼が欲しかったから無茶な約束を結んだ。その約束のせいで自分の首を絞めそうになり、かえでを深く傷つけた。
汚名を挽回すべく桃井や黄瀬に尋ねて女の子が何が好きなのか必死に考えたり、そんな中で花束や花冠をプレゼントするという発想に至ったり。形振り構わずに必死になったけれど、かえでは僕ではなく"過去に森で助けてくれた僕"が好きだった。同一人物なのにかえでの目には僕は映らない。気が狂いそうになるほど悲しくて苦しくて、切なかった。

かえでは僕が好きだけど、それは僕ではない。かえでを手に入れるためだったら何でもすると豪語した僕だったけれど、僕がどうあがいたって彼女の中には過去の僕が居座っていた。どうしようもなかった。
かえでを村に帰してあげよう。かえでを傍に置いておくことはできないけれど彼女の中には"僕"がいる。それだけでもう十分じゃないか。ただこのままかえでが"僕"のことを忘れているのが癪だったから、消した記憶も忘れた記憶も全部思い出させたけれど。
ああ、僕は幸せ者かもしれないな。最期に好きな子に看取ってもらえるなんて。そう思って意識を手放した、はずなのに。





「……かえで…?」

首周りを真っ赤に染めたかえでが僕の下で力なく横たわっている。
一体何が起こったのか。名前を呼んでも肩を揺すっても、かえでは目覚めるどころかぴくりとも反応しない。

「何で、」

いや、本当は分かっているんだ。口周りにかえでの血がべったりと付いていて、死にかけていたはずの僕がこうやって生きているのは、そう。
僕がかえでの血を飲んでしまったからだ。

「…赤司、」
「ぼく……僕は、」

どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕はただ、かえでを大切にしたいだけなのに。吸血鬼は誰かを大切にすることすら叶わないのだろうか。僕の目から零れ落ちた涙がかえでの頬に落ちたけれど、かえではやっぱり目を覚まさなかった。
大切な存在だった。だからこそ大事にしたかったはずなのに。

『僕は今日から一ヵ月間血を飲まない』

僕は約束を破った。その上こともあろうにかえでから吸血してしまったのだ。
たとえ自分が死んでしまったとしても、自分の想いがかえでに伝わるのならば構わないと。そう思って、血を拒絶したはずだったのに。

「赤司くんに噛まれた人間はみんな、失血死するか吸血鬼になってしまうんですよね…?
それじゃあかえでさんは、」

テツヤの言葉を聞きながらかえでの頬をそっと撫でる。浅い呼吸を繰り返しているようだけれど失血死はしないだろう。でも。

「……もう、村には帰してあげられないな」

こんな形で自分の傍に縛り付けることになるんだったら、一ヵ月なんて悠長なことを言わずにさっさと村に帰してあげるんだった。かえでが屋敷を飛び出したとき、そのまま村に送り届けていれば。

「ごめん……ごめんね、かえで」

僕は誰よりもこの子の幸せを望んでいたはずなのに。かえでから幸せを奪ったのは他でもない僕自身だった。

title/秋桜


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