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■ 引き裂いてでも繋ぎ止めた

吸血鬼は怪我を負っても血を飲めばすぐ治るらしい。たとえすぐに摂取できなかったとしても吸血鬼の治癒能力をもってすれば自力で治せるそうだ。
ただしそれは生命を脅かすほどの怪我ではなく、かつ健康な吸血鬼に限るらしい。つまり赤司さんはどちらの条件にも全く当てはまっていなかった。

「さすが赤司と言うべきか…かろうじで生きているのだよ」

触れた手は冷たいし、瞼は固く閉ざされて開かれる気配がない。集中しないと息づかいさえも聞こえないというのに、それでも赤司さんはまだ生きているらしかった。

「どうする黒子。やはり無理矢理にでも血を飲ませるか?」
「そうしたいところですけど…赤司くんはそれを望んでいません。赤司くんが望まないことは、ボクたちはできない」
「やはり…このまま、か」

この屋敷に住んでいる人たちは赤司さんに逆らうことはできないらしい。赤司さんに仕えているから、従者である彼らは主人の命令には逆らえないし望まないことはできないのだ。赤司さんを死なせたくはない。けれど赤司さんが血を口にすることを拒んだから、自分たちはもうどうすることもできないのだと言う。
赤司さんの死なんて、誰も望んでいないのに。

「…緑間さん、ナイフ貸してください」
「は?ちょ…何するのだよ!?」

緑間さんのジャケットのポケットに手を突っ込んで小型ナイフを取り出す。慌てたような緑間さんの制止を無視して、私はナイフの刃を思い切り握り締めた。
焼けるような痛みに、思わず呻き声が漏れる。力が入らなくなった左手からナイフが滑り落ちた。

「かえでさん…何を、」
「私には赤司さんの望みに従う理由なんてありません…!」

やっと思い出したのに、このままさようならだなんて。赤司さんは私にいろんなものをくれたのに、私は何も恩返しできていないのに。このまま終わりだなんて絶対にイヤだ。

「待つのだよ…!赤司の容態はかなり悪い。この状態で中途半端に血なんて飲ませたら、歯止めが利かなくなって本能的にお前から吸血しようとするのだよ!」
「下手したらキミは失血死するでしょう。運良く助かったとしても、もう人間ではなくなるんですよ?」

人間ではなくなる。それはつまり、赤司さんたちと同じように吸血鬼になってしまうということだろうか。人間ではなくなってしまうということはとても怖いことだったけれど、それでも私に迷いはなかった。
私はこの人に死んでほしくない。たとえそれで私が吸血鬼になってしまっても、これで私は"この人"に恩返しできるわけだ。食料であったはずの私を助けてくれて、十年以上も覚えていてくれて、忘れられていたにも関わらず私を想い続けていてくれた、吸血鬼らしからぬこの人に。

『……きみ、が……好き、だから』

迷っている暇なんてない。私は血だらけの手を赤司さんの口に押し当てた。
緑間さんも黒子さんも息を潜めて赤司さんの様子を凝視している。赤司さんの口にはたしかに血が入ったはずなのに、赤司さんはぴくりとも動かなかった。飲ませ方が悪いのだろうかと、とりあえず手を引っ込めようとしたそのとき。

「わっ!?」

死にかけているはずなのに一体どこからそんな力が出るのか。かなり強い力で腕を引っ張られて、私は赤司さんに覆いかぶさるようにベッドに倒れ込む。黒子さんたちが慌てたように私を赤司さんから引き剥がそうとしたけれど、それよりも先に鋭い何かが私の首筋を貫いた。

「いっ……あ、」

鋭い痛みが走った直後、全身に痺れが広がった。耳元から液体を啜る音が聞こえる。全身から何かが吸い取られていく感覚に私の口から漏れ出したのは、悲鳴なのか呻き声なのか。自分でもよく分からなかった。

「あ…かし、さ…っ」

どのくらい時間が経ったのだろう。数秒だったかもしれないし数分だったかもしれない。首筋に埋まっていた何かが引き抜かれたけれど、私の身体には全く力が入らなかった。

「っ!」

赤司さんの上に倒れこんだまま息を整えていたけれど、それを待たずに強い力でベッドに押さえ付けられる。くらくらする頭で自分の上に馬乗りになっている赤司さんをぼんやりと見上げた。口元に真っ赤な血が大量に付着している。
赤司さんの目が開かれていた。けれどそれは私を誘惑するような目ではなく、いつだったか見た飢えた獣のような目だった。

「うあ、っ!」

再び首筋に牙を埋められる。じゅるり、ぴちゃり。生々しい音に指先の感覚が無くなってきて、何も考えられなくなって。

「……かえで…?」

赤司さんに名前を呼ばれたような気がしたけれど私の頭はそれが現実のことなのかさえ判断できなくて。
私の意識は暗闇に沈んでいった。

title/秋桜


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