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■ 子羊と迷子の狼

どうして僕と食事を取る気になったの?
もしもそう聞かれたら私は何と答えたらよいのだろう。

「えっと…。別に一人で食べるのが寂しかっただけであって他に他意は、」
「かえで?」

突然背後から掛けられた声に驚いて振り返ると、赤司さんが困ったような顔をして立っていた。どうしよう、この反応からして今の絶対聞かれてた。恥ずかしい。

「わ…わたしはべつに、」
「かえで」

咄嗟に述べようとした言い訳をさえぎるように、赤司さんに名前を呼ばれる。あまりの気まずさに俯く私の頭を優しい手つきで撫でた赤司さんは、頬に手を滑らせて私の顔を覗き込んだ。

「嫌なら無理しなくていい」
「!」
「一人で食べるのが寂しいなら桃井にでも頼めば喜んで一緒に食べてくれるよ。だから無理して僕と一緒に食べる必要はない」

僕はどちらでも構わないからと、そう言って微笑む彼は私にはとても傷ついているように見えた。
私の頬から手を離した彼はゆっくりと私から離れようとする。気づけば私は自分から、彼の頬に手を伸ばしていた。

「嘘つき」
「っ、」
「どちらでも構わないなんて嘘でしょう?本当は無理してでも一緒に食べてほしいって思ってるくせに」

吸血鬼は傲慢だと誰かが言った。でも。
私をこの屋敷に連れてきたこの人は、人間の小娘に気を遣ってばかりのただの小心者だった。

「私は何の説明も受けずにこんな見知らぬ場所に連れてこられたんですよ?何をしたらいいのかも分からない状況なのに、連れて来た張本人にそんなに遠慮されても困ります。むしろ迷惑です」

左右色違いの目が不安げに揺れる。彼が何かを告げる前に私は早口に捲くし立てた。

「だから遠慮とか気遣いとかしている暇があるなら、私が一ヵ月経つ前に村に帰ってしまわないように楽しませてくださいね」
「……それは困るな」

私の指先に触れるだけのキスを落とした赤司さんは、私が突然のことに固まっていることなどお構いなしに私をそっと抱きしめた。

「君は何が何でも手に入れるって決めたんだから」





距離が離れているのと部屋の照明がそこまで明るくないこともあって表情こそ見えないけれど、赤司さんはとてもご機嫌らしい。会ってからそれほど時間の経っていない私でも分かるのだから他の人たちもそう思っているのだろう。何でもないような反応をしながらも黄瀬さんたちはちらちらと赤司さんに視線を送っていた。

「僕はチェスが好きだよ」
「へー…強いんですか?」
「どうだろう。負けたことはないけど」

チェスはルールなら知っているけれど実際にプレイしたことはない。やってみたいなあ…。

「……あとでやってみるかい?」
「はい!」

赤司さんのお誘いに大きく頷く。自分で思っていたよりも弾んだ私の声に赤司さんは一瞬動きを止めたようだったけれど、彼はぎこちない動きで水の入ったグラスを傾けた。





「チェックメイト」
「あ…!」

また負けた…。がっくりと肩を落とす私の隣で私以上に悔しがっている緑間さんは、ルールしか知らない初心者である私のために赤司さんがつけてくれた私の味方である。結局、二人がかりだったのに負けてしまったけれど。

「すまないかえで…。ここまで連敗するなどオレの力不足だ」
「いえ…!私一人だったらここまで粘れなかったと思いますし、」

打倒赤司!と意気込んでいた緑間さんは今まで何度も赤司さんと対戦しているそうだが一度も勝ったことがないらしい。緑間さんだってそれなりに強いのだと赤司さんは言っていたけれど、自分より強い人にそう言われても嫌味でしかないだろう。緑間さんは不機嫌そうに鼻を鳴らして部屋から出て行ってしまった。

「機嫌悪そうでしたけど…。緑間くんはどうしたんですか?」

緑間さんと入れ替わるように部屋に入ってきた黒子さんが首を傾げる。チェックメイトでとった私のキングを片手で弄びながら、赤司さんはその質問に興味なさげな返事を返した。

「そんなことよりかえでさん、キミはそろそろお休みになる時間じゃないですか?」
「え?」
「もう日付が変わりそうですよ」

チェスに熱中しすぎて全然時間を見ていなかった。まだ眠る気配のない二人におやすみなさいと頭を下げて、自分の部屋へ戻るために扉へと向かう。

「……あ」
「かえで?」

扉に手をかけたまま立ち止まった私を不思議に思ったらしい赤司さんが私の名前を呼ぶ。恥ずかしさを堪えて赤司さんを振り返った私は、彼と視線を合わせることなく早口に捲くし立てた。

「また明日も一緒にやってくださいね!」

おやすみなさい!と叫びながら部屋を飛び出す。大きく音を立てて閉まる扉の向こうで、もちろんという返事が聞こえたような気がした。

title/サンタナインの街角で


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